ターナーアワード2024 受賞作品発表

審査員特別賞

黒田真未明誠学院高等学校


帰り727×606mm

午後8時過ぎ、外は真っ暗。鏡のように目の前のものを反転して映している新幹線の窓を見ると、さらに奥にも別の世界が続くように感じられる。そんな状況をぼーっと眺める。 いつもと変わらない学校からの帰り、でも、体の調子も考えていることも毎日違う。 O JUN講評 車窓にもたれ頬杖をついて学校から帰宅中の様子を描いたもの。ていねいな観察と描写は 日常の或る情景をよく表現している。見るべきところは車内の明るさに対して車窓に映る 像の方だ。明彩度の比較とそれに応じた絵具の塗りと筆触。実像と虚像の描き分けが徹底 して試みられ効果を上げている。あらゆるメディウムで表現される“自然に見てしまう日常 の光景”は、注がれる画家のまなざしと技術の賜物であり秘めたる本懐だ。

鈴木希音女子美術大学付属高等学校


認識1030×728mm

賞に選んでくださりありがとうございます。この作品は人の視覚の曖昧さや歪みをテーマに、人が見たときに強く目を惹かれる作品を作ろうと思い描きました。今後も記憶に残る作品を作り続けるので期待していて下さい。 長尾謙一郎講評 資本主義的大量の広告、完全監視されたうつろな人々、インターネットsns至上主義社会、世界中に巻き起こる戦火、まるでおかしな世界に迷いこんだのかと錯覚を覚える現代。そんな世界に対する「怒り」や「苛立ち」を僕はこの絵から感じた。キャンバスの前で絵描きは創造主。あれやこれや世界には色々あるけれど、あたしから言わせればこの世界の全ては単なる幻よと言わんばかりに空を破いてみせた。シビれた。これは現代のシュルレアリスムなのかもしれない。社会に対する「反撃」であり、絵描きの勝利宣言なのだ。2024年頃に渋谷のスクランブル交差点を描いた風景画として、100年後に鑑賞してみたい。君の勝ち。

高橋美也子トーリン美術予備校


風に浮かぶ803×1000mm

この作品は、首や髪の毛の隙間に通り抜ける風の存在感をテーマに描いたものです。ゆるく開けた口の表情が一瞬の場面を表し、普段から記憶や記憶の中の五感に基づいて制作しています。来年4月からの入学が決まった多摩美術大学ではより多彩な表現を目指していきたいと考えています。 松井えり菜講評 高橋美也子さんの作品群は、一次審査の時から、言語化できない魅力を感じていました。その中でも受賞作の「風に浮かぶ」は、作品を見た時に自然とアナザーストーリーを思い浮かべてしまいました。地下鉄の階段を駆け降りている時に、急な突風に体が煽られ過ぎゆく電車。「あっ!」と茫然と見送り遅刻を確信してしまった時の私。記憶にこびりついているシチュエーションとコネクトし、強く印象に残りました。コンペなどの賞レースでは、多くの学生があり余るパワーとやる気で隅から隅まで描き尽くしてしまう傾向がありますが、隅から隅まで意識を保ちながらも力の抜き方を熟知し、思い切りの良い筆致がキャンバスの中で三次元的な空間を作り出すことに成功しています。作者の意図とは違うかもしれませんが、高橋さんの絵画は、その絵画の後先を想像する余地がある秀作です。

安藤愛花東京学館船橋高等学校


ひとり部屋910×1167mm

この度は審査員特別賞に選んでいただきありがとうございます。この「ひとり部屋」は一つの画面に二つの空間を作るという表現に挑戦しました。絵らしい自由な表現とリアルな生々しさを感じる質感の描き分けにこだわったのでぜひ注目してみていただけると嬉しいです。 山口晃講評 床と正面の壁のみ見える室内。画面を構成するに足るギリギリのサイズまで小さく描かれたモチーフ。小さく描かれたことで、周囲に発する固有の振動や、モチーフ同士に働く引力や斥力が感じられてくる。モチーフに比して床や壁を描くタッチは曖昧で、壁が茫洋とした奥行きのある空間にも見える。すると、はめ殺しの窓が宙に浮かぶ温室のように見えてきて、赤瀬川原平「宇宙の缶詰」的な内と外の転換が起こる。「ひとり部屋」が「世界」と「二人きり」の部屋となる。熊は床に寝そべるが、象は背後の空間をえぐって床を壁に変えている。重力軸を知覚して打ち消している、地面が水平線に消失する傾斜面として見えていることを思い出させる。地面の不確かさ。窓の外にはせり上がってゆく地面。際限なく転がり落ちてゆく恐怖。筆を持つ手が全てを平面上のイメージへとリセットし、画面中央の鉄道玩具よろしく、円環が始まる。全体は端的な描写ながら、所々に性質の異なる転換の端緒が潜む油断のならない絵。