ごあいさつ
1990年にスタートしたTURNER AWARDは、若い学生アーティストの第一歩を応援する公募展として今回で29回目を迎えました。
日本全国から集まった作品は716点。デジタルアートが当たり前になった現代において、絵具を使った作品に限定した公募展ではございますがたくさんのご応募をいただくことができました。
審査員の、白根ゆたんぽ氏(イラストレーター)、山口裕美氏(アートプロデューサー)、平川恒太氏(アーティスト)、亀井篤氏(ターナーギャラリー)の4名による審査の結果、菊地伊織さんの「COLOR」が大賞に選ばれました。大賞を含む36点の受賞作品は、東京、京都を巡回し、多くの人々にアーティストの情熱をお届けします。
これからもTURNER AWARDを通じて、「時代を切り拓く作品」「限りない可能性をもつ作品」「明日の色をつくる作品」と出会えることを楽しみにしております。
最後になりましたが、ご協力並びにご支援をいただきました皆さまに厚く御礼申し上げます。
2019年1月 ターナー色彩株式会社
審査員コメント
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白根ゆたんぽ(イラストレーター)
今回初めてターナーアワードの審査させていただきました。下描きからフルデジタルで作品制作をする人も増えている中、絵具を使ってのアウトプットに絞った学生向けのコンペで、現状ではどんな作品をみなさん描くのか興味をもって審査にあたりました。また、今まであったファインアート部門とイラストレーション部門というカテゴリが無くなったとの事で、普段イラストレーションの仕事をしている立場から、日頃感じていることなどを反映しつつ選考が出来たと思います。
全体での印象は高校生の作品に勢いを感じました。新鮮な題材、描き方が多く見られたように思います。専門学生と大学は分ける必要もないのかもしれませんが、専門学生のほうが職能的な意図を感じるイラストレーション向きの作品が多かったように思います。大学生の作品は題材的にも既視感のあるものが多めで勢いが少し弱い印象を受けましたが、そんな中で大賞の「COLOR」(菊地伊織)は魅力的な作品でした。西洋絵画を再解釈したような作風も面白いのですが、大きなキャンバスと対話しながら描いたかのような筆致や配色や、描き上がるまで常に変化していったかのような構図にも惹かれました。ディティールやマチエールなどに荒さはあるのですが、華があるというか作品全体から出ている雰囲気の明るさのせいか、むしろこのくらいのほうが見る側には気持ち良いなと感じました。他の作品も見てみたい作者です。
未来賞に関しては新鮮さ、というよりは作品の構成の巧みさで評価されたものが多いかと思います。「スタンバイ梨」(桐原玲奈)は一見簡単な絵のようですが、このキャラクターをこのタッチや色調と構図で描いたことを考えると奥深ささえ感じ、抗えない魅力がありました。そして先にも書いたように勢いのあった高校勢の中から選出された「イカメカ君」(木村実華)の描写力は高校生の中でも群を抜いていました。細かい部分の塗りやディティールなどに拙さもあるのですが、プロのイラストレーターの作品にも時々見受けられる、印刷されたりモニタに表示された際に映えるタイプの原画だと思います。なによりこの描画方法に向き合ってしっかりと描きあげてる所は評価に値すると思います。
いろいろな情報が多い中それぞれの嗜好も分散しているからなのか、流行のようなものは無く、コミックやアニメーションからの派生を感じる絵から写実的で細密な絵、抽象画まで同列で並ぶ状況はとても健全だと思いました。どういった作品が世の中に受けるか?とか今のシーンを考えて描くというよりも、まずは描きたいものを描いてそこからいろいろ考える、というのが良いと思うからです。 -
山口裕美(アートプロデユーサー)
大賞を受賞された菊地さん、おめでとうございます。作品「COLOR」では過去の歴史的な名画へのオマージュを感じる部分や思い切った色使いに面白みを感じました。歴史あるターナーアワードの大賞受賞は作品に対しての賞賛だけではなく、今後の活躍に対しての期待値でもあります。ぜひこれからも頑張ってください。
さて、総評ということですが、今回、私が審査の中で感じていたのは美術大学で学ぶ学生が何を考えているのか、ということでした。これまでもターナーアワードの審査員をさせていただきましたが、正直なところ以前であれば、美術大学で学ぶ学生の基礎的な技法・技術の面や作品のコンセプトというのは、一般大学で学ぶ学生や専門学校生・高校生と比較して確実に差を感じる作品が多かったのです。ところが最近では、その差を感じることが少なくなってきています。美術大学の出身でない方でアーティストとして活躍する人も少なくないし、公募展の作品の中には非常に魅力ある作品を発表する方も出てきています。美大に胡坐をかいていると、本物のプロにはなれないですよ、と言いたいです。一方で、絵を描きたいという純粋な気持ちから、毎日毎日、絵を描くトレーニングを積み、どんどん技術を身につけている方々も少ないけれども、確実にいます。そちらの方々のほうが、可能性があるのではないかと思います。
もう1つ、昔であればセザンヌやモネといった画家に憧れ、それらを手本にする作品を描いていたわけですが、その憧れの対象が、身近な先輩や若手注目の画家といった、まさにお手軽な尊敬から作品が似る、ということも起きています。私はそうした風潮は好きではなく、あくまで自分の描きたい欲望を作品にきちんと出し切る覚悟のある若手に出会いたいです。その意味では、今回は高校生の方々に可能性を感じるものがありました。また、立体作品も非常にユニークな魅力がありました。高等学校優秀賞の新山珠羽さんも工夫が感じられ、いいな、と思いましたし、入選した田中文さんの動物も気になりました。絶滅した動物の小さな立体なのですが、不思議な魅力がありました。ターナーアワードに入賞なさった皆さん、これからも頑張って、自分のやりたいことを信念を持って取り組んでください。いつでも応援しています。 -
平川恒太(アーティスト)
昨年に引き続き審査員をさせていただきました。今回は昨年と一転、デザインとファインアートを一緒に審査しなければならず評価軸をどこに置くかが課題となりました。しかし、デザインも絵画も立体もそのオリジナリティーと完成度という点では変わりありません。それぞれの表現できちんと向き合い制作している作品を選びました。また僕も学生時代に数多くの公募展に応募した経験から新しい表現や自分の可能性に挑戦している作品を評価しました。
大賞の菊地伊織さんの「COLOR」はマティスやブリュッケの作家を彷彿とさせる画面にリンゴやレモンといった伝統的な静物画のモティーフが並びます。その隣にはモデルと思わしき人物が…ここはアトリエでしょうか?奥にはキャンバスと黒い人影と大きな目のようなものが2つ。伝統的な絵画のモティーフが絵画の中で再構築され不思議な画面を作っています。絵具の使い方やブラッシュ・ストロークは今後の課題のように感じましたが力強い作品です。未来賞の川本渓太さんの「だいしんゆう」は絵画作品として絵具が魅力的です。大量のイメージが溢れる現代、絵画は絵具や筆触による物質性も重要な要素であると考えます。同じく未来賞の町田隼人さんの「World」も表現と素材の関係性という点で評価します。
未来賞の石﨑綾菜さんの作品は、完成度の観点から「Burning Brain」が受賞しましたが、個人的には入選作品の「Burning BrainII」が、一つ一つ手作りのフィギュアをカプセルで閉じ込めることで表層と内部という作品の奥行きを生み出しており受賞作のダブルイメージの構造よりも複雑ですが作品としてまとめているところを評価したいです。
専門学校優秀賞の冨永あすかさんの「宙」は、一見シンプルに見えますが、画面の描き分けによって魅力的なテクスチャーになっています。同じく専門学校優秀賞の狩野友里香さんの「永遠の刹那」は授業課題の平面構成のようですが、デジタルネイティブ世代を思わせるイメージの構成を評価しました。色彩の選び方も上手いです。
そして今回は、高校生の作品が力作揃いで目立っていました。高校生で見事に未来賞を受賞した木村実華さんの「イカメカ君」は質感表現と描き込みで審査員を驚かせました。また、新山珠羽さんの「女子高生が『天上天下、唯我独尊』をやってみたの図」は台座の装飾から立体まで全て作り込まれており素晴らしい力作です。その他、受賞を逃した作品も力作がたくさんありました。作品を作るのが好きっというエネルギーが伝わってきます。その気持ちを忘れずにこれからも素晴らしい作品を制作してください。 -
亀井篤(ターナーギャラリー)
絵具メーカーの立場から、絵具や色の特性をどのように絵画的表現に活かしているか、またアイデアや工夫をもって絵作りできているか。という視点から審査しました。
大賞 菊地伊織さんの「COLOR」について、構図や色使いなど狙いは分かり易い作品なのですが、一般的な美術学生とは異なる方向から絵画制作にアプローチしています。鮮やかな色味を多用する中、各々の配置が慎重に吟味されているところに好感を持ちました。筆使いの繊細さに欠けていますが、力強さと華やかさを評価しました。
未来賞の5作品についてですが、川本渓太さん「だいしんゆう」は描かれている人物は、存在感が有るような無いような、なにか懐かしさを感じる作品ですね。トーンに統一感があり繊細に描きあげられています。町田隼人さんの「World」うろこのような形の紙を画面全体に貼りつめています。少しづつ形の異なる紙には筆のタッチがあり、寄って見た際の変化を楽しむことができる作品です。色の配置が詰まり過ぎず爽やかな印象を受けました。石﨑綾菜さんの「Burning Brain」色味や形、描き込みなど要素に統一感があり妙な説得力があります。成型物を流用するのではなく、モデリング材で造形しているところにもこだわりを感じました。桐原玲奈さんの「スタンバイ梨」色味や要素を極端に絞っています。描かれているのはコミカルなキャラクターで笑顔なのですが、なにやら物寂しい雰囲気で存在感を放っていました。木村実華さんの「イカメカ君」透明なイカの内部が機械式に描かれています。繊細な筆使いをみせる作品が多数出品されているなか、この作品は描画力の高さが群を抜いていました。
高等学校優秀賞 生方佑樹さんの「黒いっぱい」は黒を重ねて画面を構成しているのですが、艶あり・艶消し、またマイカやラメなど微妙に異なる質感の絵具を使い分けています。少し空いた余白も連動し、心地よい空間が感じられる作品となっています。
今回、荒削りな作品が多いものの、パワフルで色味豊かな表現が見られ、審査のなか私自身多くの刺激がありました。
一方で、盛り込める余地を残した、もう一歩踏み込んで欲しい印象の作品も見受けられました。まだまだ良くなる可能性を秘めた作品たち。更に密度を上げていってもらいたいと思います。