齋藤今回、はじめて審査に参加させていただき、また一次審査から全体を見た印象としては、応募者の熱量不足ということがあります。この賞を絶対にとるぞ、といった意欲を感じる作品がとても少なかったですね。もう一つは、応募者の内面があまりにストレートに吐露されている作品が多く、ショックを受けたことがあります。言いたいことのカサが大きすぎて、手元の技術がおろそかになっている。2次創作が一般的になっている現状を反映した結果かもしれません
本吉私も一次審査からかかわりました。一次は写真審査なのでスケール感が分かりにくく、抽象性の高いものが外されがちなので、今回はあえてそうした作品を残すようにしました。
八木たしかに突出するものがなかったですね。前回見られたような、規格外のサイズ感であったり、異質な立体や、独特なテクスチャーなどで勝負してやろうという作品が見当たりませんでした
岩渕齋藤さんがおっしゃったことともつながりますが、とても素直な作品が多かった。審査員としては、もう少しこちらに挑んでくる姿勢が見たかったというのもありますが。
中村フレッシュさは昨年と比べて増したかな。学生を対象としたコンペならではで、とてもいいと思います。反面、技術的な完成度が低いのは気になります。逆に言えば、しっかりと時間をかけて完成度を高めた作品は、少なくとも一次審査は通っていますから、応募する学生さんは、そこに力を入れてほしいかなと。
齋藤漫画やイラストレーションの影響からか、地と図といった単純な二層でできている絵が多かったというのも印象の一つです。その中で、大賞の大人倫菜さんの作品は、きちんと絵画空間を作ろうという意識が高く、その点を評価しました。絵画空間の中で小さなユートピアを描こうという作品です。
岩渕タイトルは「もっと自由に生きればいいのに」。絵としてのサイズもあって、やろうとしていることが大きい。潜在的な力を感じますね。
本吉ファンタジックな世界観で、妖精のようなフォルムが画面に配置されています。中心の人物だけが生身の人間で、そこにどういった意図があるのかを聞いてみたいと思わせますね。
八木専門学校最優秀賞は池田彩華さんの「1K、トイレ風呂別」。今どきの若い女の子の部屋というリアリティが、白と緑の色で鮮やかに構成されています。
岩渕タイトルも面白い。主観的な作品が多い中、突き放した感覚があって、風通しのいい作品だと感じました。
齋藤大賞とは対照的にディストピア感のある作品で、そのフラットさが私は好きですね。色数も制限して、画面が統制されている。
中村次は高等学校最優秀賞、阿部妃那子さんの作品「捕食」です。高校生の作品を見るときは、ちょっと審査基準が違っていて、テーマ性だとか構成力はそれほど重視していません。この作品がほかの高校生の作品と比べてよかったのは、とにかく丁寧に仕上げている点です。1年後には全然違った作品を作っているのでしょうが、丁寧さを持ち続けてほしいですね。
岩渕ナイフの配置などに、構図の妙も感じます。
八木続いて未来賞。一人目は、坪井一さんの「day after day after day…」。私は初見からずうっと推してきた作品です。緻密な世界感の中にたくさんのキャラクターが描かれていて、見ていて飽きない。楽しんで描いている雰囲気が伝わってきます。
本吉画面の中に世界を作る意味では、池田学さんなどを彷彿とさせます。空中都市のイメージなんでしょうか、浮いているようにも見えますね。未来賞では、私は前川湧さんの「Tortoise Walk」を推しました。亀の甲羅を背負っているのですが、その質感にとてもリアリティがある。
中村この全体的に柔らかな質感は、石膏に絵具を塗るという技法によるもので、画材メーカーであるターナーのプライズにふさわしい作品だと思いますよ。もったいないのは、この作品はシリーズの中の1作品であるために、1点としての強度が少し弱いかな。インスタレーションなどで見せていくのに有利な作品だと思うんですよ。次は、1点勝負の作品を見たいですね。
齋藤未来賞の3人目は、坂本龍哉さんの「おしり×4=」。タイトル通り、おしりが描かれているのですが、見方によっては抽象作品にも見えます。具象を元に抽象となっていく絵画の過程を見るようで面白かった。
八木肉々しい質感ですよね(笑)。ぐにゅっと音が出そうな。肌の質感1点にフォーカスして、そこをとことん追求していくタイプの作品で、異彩を放っていました。
中村僕はお尻が好きなので、ひとこと言いたいのですが、坂本さんはあまりお尻が好きではないと思うんですよ(笑)。それと、タイトルが強い分、絵が負けている。お尻はこういう形でないんですよね。これは桃。肌に対するアプローチはとてもいいと思うので、お尻ではなく、「二の腕」とか、別の部位のフォーカスしても面白いかもしれません。
八木同じく未来賞で、石川貴大さんの「The Man Who Sold The World」。審査員の中で、初めは誰も興味を持っていなかったのが、じわじわと評価が上がってきて、最終的には受賞まで来たという不思議な魅力を持った作品です。。
本吉坂本さんのお尻が光の下で描かれたものだとすると、こちらは太陽のない世界。時間が止まってしまった印象を受けますし、人であって人でないような現実感の薄さも作品に力を与えています。
齋藤心の闇がテーマなのでしょうか。このほかにも、闇の部分にフォーカスした作品は見られたのですが、この作品が唯一闇を描くことに成功していたと感じました。
八木未来賞の5つ目は、羽鳥康代さん。タイトルの「空間」はピーマンの内部の「空間」の意味でしょう。ピーマンの内側が洞窟のように描かれていて、ピーマンの中ってこんなに面白いんだという発見の喜びを与えてくれます。
中村色彩が美しく、とても気持ちがいい絵ですね。初見で気に入ったのですが、タイトルでさらに好きになりました。写実的に描かれているのかと近づいてみると、案外大胆なタッチが置かれている。何よりも色がきれいで、審査会場に入った瞬間に目に入ってきました。白と黒とのコントラストが鮮やかで、みずみずしい印象を受けました。とても好きな作品ですね。
齋藤ここからは、専門学校優秀賞の3人です。まずは、中塚將太さん。絵具のつけ方が評価のポイントでした。アクリル絵具に特有のぴたっとした絵具のつけ方をした作品が多い中、硬質なマチエールを出したいという思いをストレートに感じました。ただ、同時に命取りにもなりかねない硬さもあるので、もう少しぬるりとした描き方にチャレンジしてみてもいいかもしれません。
本吉私も票を入れた作品です。タイトルは、「海域0」ということでメッセージ性を含んでいる。画面の左下にはさまざまな化学記号が書き込まれているのも関連するのでしょうが、その意味性よりも構造上うまく機能したかなという印象を受けました。
八木専門学校優秀賞の2人目は、甲斐麻菜美さんの「好奇心」。お風呂場の光景なのですが、湿気を帯びた温かみのある空間が、線描と色のトーンできれいに表現されている。とても気持ちの良さを感じますね。
本吉3点の連作のうちの1点でしたね。光の表現がうまくいっている点を私は評価しました。
齋藤顔のディテイルを描かないことで、情景に焦点がきちんと合うように作られていますね。
岩渕改めて見ていると、どんどんよく見えてくる。鏡の表現など、細部まできちんと描き込まれているからでしょう。
八木堀越さくらさんの「海」は、画面いっぱいに精緻に海のいきものたちが点描で描かれています。キャラクター化されていてとても愛着が持てます。カラフルでいて、色の統一感もあるので、色彩感覚に優れた人だと感じました。
中村タッチもいいし、色も感覚がいい、モチーフも面白いと、三拍子揃っているのですが、どこか一つ絵を見る人との接点を作ってあげるといいかなと思います。今のままだと、見た人が「不思議な絵だな」という印象で終わってしまう可能性がありますから。あるいは、作品のサイズを2倍くらいにすれば迫力が出てきますから、それで見る人を圧倒するというやりかたも接点の持ち方の一つです。いいものを持っているので自信を持って、やりきってほしいですね。
八木中村さんから「迫力」という言葉が出ましたが、審査をする立場からすれば、枠に収まらない迫力みたいなものを見たいということがあります。1点ではなく、連作で出してくるのも一つの迫力ですし、審査員はそれらに必ず目を通していますから、訴えてくる力の強いものには自ずと反応してしまう。
中村審査を振り返ってみると、一時審査で落ちてしまった作品のほとんどが、制作時間の少なさに起因していると感じます。例えば大賞の賞金である30万円分をアルバイトで稼ごうとすると、どのくらいの時間が必要か。そう考えれば、出品作にかける時間というのはそんなに短いものであっていいはずがない。先ほども言いましたが、審査に残ってくる作品は丁寧に時間をかけて描かれていますよ。コンペというのは落ちてしまうと、全てを否定されたと思いがちですが、それ以前に、人前に出せるだけの労力をかけることができていないことで、落選している人が多いというのが実感です。
齋藤私は東京藝大の油画科で生徒に絵画の指導を行っていますが、中村さんのおっしゃることは教育の現場でも問題となっていることです。作品に時間をかけるということがおざなりにされているんですね。しかし、絵画に取り組む以上、手数とか技術力は必要となるものです。ぜひ、力を込めたとっておきの1枚を出品してほしいと強く思います。