ターナー色彩株式会社

   
美術手帖2012年11月
はまぐちさくらこ
はまぐちさくらこ


池上司(西宮市大谷記念美術館学芸員)=取材・文
平野愛=撮影(作品図版を除く)
Text by Tsukasa Ikegami Photo by Ai Hirano

君の小指に誓ってみたいな、やつやった 2012 キャンバスにアクリル絵具、ペン 145.5×112cm

なんてゆーてんの、あたまおかしーのん 2012
キャンバスにアクリル絵具、ペン 65.1×53cm


手のひらに神ってかいてのみこんだ 2011
キャンバスにアクリル絵具、ペン 90.9×72.7cm

からだをこすったにおいだぜ 2012
光沢紙にアクリル絵具、ペン 27.2×19.5cm

この服のぶつぶつ 2012 光沢紙にアクリル絵具、ペン 
27.2×19.5cm

最新のマンガ『はだかちゃん』。絵本にもなったキャラクター「はだかちゃん」が主人公の物語

作品や素材などがたくさん並ぶカオス的アトリエにて。最近は「描きこんだ一枚の絵が、ばらばらにほどけて形になってきた」というはまぐち

左から《グッバイ マイロンリネス アクトレス クリネックス》(2011)、《ゆるすランド》(2011)。絵具の層の重なりが厚みを増す

細い筆で思いつくまま筆を走らせる。力を込めて描くため、筆はすぐに曲がってきてしまうという
はまぐちさくらこの表現の魅力は、純粋さと粗暴さが混在するような、ある種、未分化な感情が生み出す破壊力にある。しかしアトリエ取材の当日、「これが最新のマンガです」と言って手渡された原稿を見て驚いた。

変わらずに破壊的な作風ではあるものの、そこには鉛筆による下描きの消し跡とともにホワイトまで入れられていたからだ。

「キャンバスに描くときも鉛筆で下描きをします。でも、描いているうちにその線がだんだん嫌になって変えてしまう。絵の中で生まれていって、その後どんどん死んで、また生まれていく。アクリル絵具だとすぐ乾いちゃうので、きっと下描きがないとダメなんだと思います。つくっていく上で、太い筆だけではあまり何もできなくて、いろいろ細い筆やペンとかで細かく描く。それは、画面の中にうごめきがほしいからなのかもしれない。絵具を重ねれば重ねるほど、下に描いたものに厚みが出てきて、それを残すかどうかという判断も、本当に瞬間、瞬間にありますね。

マンガで何枚も使って描き分けていることを、一枚に詰め込んだ状態が絵なんだと思います。マンガだと展開があって、コマごとにそれぞれの視点がある。でも絵ではあまりそういうことはしたくなくて、どこを見てもいい。説明も言葉もなくて、『ここからこう持っていくか?』みたいな飛躍がほしい。ブレイクしていきたい。そのために、下描きをいっぱい細かく描くんじゃないのかな。キャンバスは大きければ大きいほどいい。で、そこに細かい生き物がたくさんうごめいている、というのが私の描き方ですね」。

つまり、はまぐちの作品は即興のように見えながら、入念な下描きをもとに、破壊と再生を繰り返して構築されたものと言える。「描 いているものは全部オッケー」というシンプルな言葉の裏には、自らが着実に積み上げてきた制作手法への確信がにじむ。

「この10年の間に、だんだんそう思えるようになっていきましたね。絵はすべて自画像みたいな感じなので、けっこうオープンな絵ですね、全部。だから暗喩とか、それに意味を込めてとか、そういうものじゃなくて、絵から何かが出ているというか。脳が全部ぱかーんと開いて、こんにちは!みたいなね」。

自画像とは言うものの、表現の確信を得るためにアトリエにこもってキャンバスと格闘する作業には、身を削るような凄絶さがともなうものだ。そのなかで、近年は画面に明るい色調も現れている。

「私の描く絵は、結構泥臭い気がします。あまりかわいらしい絵は描けなくて、ドロドロしてる。でも、少しずつ明るい色が多くなってきたのは、たぶん私自身の気持ちが突き抜けてきたからだと思う。明るく楽しく人生を生きられるようになってきたんじゃないかな。今までは、このただ汚い部屋も『ああ汚い』って思うだけだったけど、それを面白く思えるようになった。自分の描きたいものを出せば出すほど、周りとつながれるような気がしてきたから。だからどんどん出すほうがいいんだと思って、ちょっと開放された。

この夏の「サマーソニック」でのライブペインティングはすごくいい経験でした。音楽が聞こえるし、いろんなものが自分の中に入ってきて、出しても出しても、補完される。家の中でずっと描いていたら、しばらくすると出し尽くして死ぬんですよ。で も見てくれる人がいるし、出してもまた入ってくるから制作が途切れなかった。それって本当に大事なことだなって。描いて出したら、ちゃんと入れる。だからめっちゃ身体を大事にしようと思いました。ちゃんと生きてる感じで描くっていうのが大事ですね」。

自分を偽りなく出すことで、世界とつながり、世界を開く。アーティストにとってもっとも重要な精神を、はまぐちさくらこは自らの絵の中に見出しつつある。

「ペインティングは私にとって何か特別で、自分のそのまますべてが直接的に現れるもの。だから、時には描いた線ひとつで、もうよかったりする。それってやっぱり絵のすごさだと思う。そして『私、絵が描けるんだ』って思えるだけですごい救われているから。今は何もできなくても、いつかもっとうまく描けるはずだって、ちょっと感動しながら描き続けてきた。

私の原点は、そういうところから始まったので。きっとこれからもいろんなことを言い出すかもしれないけど、自分や周りが変わっても、ずっと側に絵があったらいいですね」。
Sakurako Hamaguchi
Sakurako Hamaguchi

1981年京都生まれ。2001年京都嵯峨美術短期大学絵画コース卒業。主な個展に、06年「ここでハルとまちあわせ」(ar tdish g、東京)、08年「STORY」(YOD gallery、大阪)、10年「絵本ぱぱごはん原画展」(ビリケンギャラリー、東京)、12年「はだかちゃん」(island、東京)ほか。主なグループ展に、10年「絵画の庭ーゼロ年代日本の地平からー」(国立国際美術館、大阪)など。02年「GEISAI#2」奈良美智個人賞、05年「みづゑ賞」絵本部門・大賞(美術出版社)ほか受賞。
私の一色 キナクリドンレッド 23-C
普段から赤が好きです。血の色だから「生きているぞ」って感じがします。なかでも〈キナクリドンレッド〉は、見ていて元気が出る色。絵具は単色で使う場合が多いですね。GOLDENはすぐ乾くので、どんどん上に重ねて描いていけるところが気に入っています。