ターナー色彩株式会社

   
美術手帖2012年7月
マリアーネ
マリアーネ


小吹隆文=取材・文
平野愛=撮影(作品図版除く)
Text by Takafumi Kobuki Photo by Ai Hirano

一番遠い満月の日  2011 和紙にアクリルガッシュ、パネル装 56×175cm Courtesy of studio J


ここで落ち合おう 2011 和紙にアクリルガッシュ、パネル装 56×175cm Courtesy of studio J

一番遠い満月の日(部分)


ここで落ち合おう(部分)

はちきれそう 2011 和紙にアクリルガッシュ、
パネル装 53×45.5cm Courtesy of Gallery jin projects

鎮痛剤6 2011
和紙にアクリルガッシュ、軸装 62×23.5cm 
Courtesy of Gallery jin projects

独特の筆の持ち方で、小さなモチーフの内部にさらに細かな模様を描き込む

アトリエは、大阪市東部の下町にある六畳一間+台所の古い木造長屋。壁紙を張り替え、壁面の一部を紫や赤に塗り替えるなど、自分流に改装して居心地良い空間をつくったという

7月開催の「ART OSAKA」のstudio Jブースに出品する小品(制作中)

筆は使いやすさ優先で、銘柄にはこだわらない。捨てるタイミングがわからず増える一方なのだそう
海洋の軟体生物、菌類、器官などを連想させる不思議な生物を描いているマリアーネ。そのフォルムと同様に色彩も鮮烈で、血が通うような赤、典雅な紫、緑青のような緑を多用して、妖しくも艶やかな存在感を強調している。また、細密描写も彼女の特徴で、生物の表面は驚くほど細かな線と粒でびっしりと覆われている。自分に内在する、しかし自分でも制御ができない得体のしれない何ものかと向き合い、それらを直観重視で描き上げるのが彼女の本領だ。

マリアーネの出生地はブラジルである。といっても、彼女はれっきとした日本人だ。父が勤務していたブラジルのサンパウロで生まれ、その後2歳になるのを待たずに帰国し、小学4年から中学1年にかけては転勤によりシンガポールで過ごした。

「当時のブラジルの記憶はほとんどありませんが、私にはすごく思い入れがある特別な場所です。自分の生地というのもありますし、ポルトガル語の色っぽい音色やイントネーションにもすごく惹かれています。マリアーネという作家名もブラジル由来なんです。シンガポールに住んでいた小中学時代はいろんな国籍の人と出会い、その文化を肌で感じていました。また、よく一人でプールの底に沈んで、息が続く限り水中を眺めたり、逆に水面から下を覗いて遊びました。水の中で力が抜けて開放されるのが大好きだったんです」。

しかし、海外生活に起因するアイデンティティー・クライシスも経験。自分は日本人になり切れていないというコンプレックスを長年にわたり持ち続けていた。

物心ついたときから絵を描いたり、ものをつくっていたマリアーネだが、学校の美術部や画塾には在籍せず、「中学時代は友だちに絵をあげると喜んでくれるのが嬉しくて描いていました。高校3年のときには友だちに誘われて大阪の画廊で2人展を経験したこともあり、美大への進学を決意しました」。

美大ではイラストレーションコースに在籍したが、自分が描きたいものが明確になるにつれ、授業とのズレが大きくなった。「例えば課題で包装紙のデザインを描くときに、自分がやりたいことを少しずつ入れ込むと、先生に怒られることもありました。デザインは規制が多いので『自分がやりたいものとは違う』と。ただ、その一方で大学とは別にクリーンブラザーズという、ビルの清掃を請け負う代わりにアトリエを提供してもらうプロジェクトに参加し、そこで現代美術を学びました」。

当時の作品は、テキスタイルデザインのように模様が反復するものと、現在にも通じる正体不明の形が出現するものが混在していた。現在はそれらが合流して一つの形になっている。

今の制作方法は、アトリエに座って、ぼんやりしているうちに見えてくる生物のようなものをトレーシングペーパーに線描し、それをパネル貼りした和紙に描き写して仕上げているという。

「傍から見たら心配になるぐらい、ぼんやりしている時間が長いです。でも、その時間は結構好き。趣味は何かと問われたら、『ぼんやりすること』というぐらい。宙を見ていると何かがモワッと出てきて、『あっ、いた!』という感じで追いかけていくと、どんどんスピードが上がって形ができあがります。一つの絵を描き終わると、内面に溜まっていたコンプレックスが昇華されたような満足感があります。

エスキースや下描きは行わない。また、最初から完成形を意識していないため、失敗を恐れる感覚もあまりない。「下描きをしないのは性格によると思います。決まったものを描くのは面白くないし、一回つくると飽きてしまう。同じ作業を繰り返すのが苦手なんです」。

ただ、近年は「『この生き物たちはどんな世界に住んでいるの?』と聞かれたことをきっかけに、モチーフが存在している空間や構成にいっそう気を配るようになりました」。

細密描写が災いして手首を痛め、昨年末から今年4月まで制作を小休止していたマリアーネ。今まではもっぱら根を詰めて作業をしていたが、これからは絵とは別に趣味を見つけようと思っている。同時に、一人でも多くの人に作品を見てほしいし、海外でも発表をしたいというのが現在の目標だ。

これまでの地道な活動が実って近年は地元の関西だけでなく首都圏にも活動の場が広がってきた。これまでの努力が開花する日はもう間近であろう。
大小島 真木
mariane

1982年ブラジル生まれ。2003年京都嵯峨芸術大学短期大学部イラストレーションコース卒業。主な個展に、08年「mariane」(Gallery itohen、大阪)、10年「食べる」(studio J、大阪)、「BOM SONHOS -良い夢を- 」(artdish、東京)、11年「ja dormiu? -もう、眠りについた?-」(Gallery Jin Projects、東京)、「人肌」(studio J)。10年「第10回 群馬青年ビエンナーレ」で奨励賞を受賞。今年は7月6〜8日に「ART OSAKA」、7月13日〜8月11日に企画展「Art Court Frontier2012 #10」、10月17日〜11月10日に個展(Gallery JinProjects)を開催予定。

www.marianemaikomatsuo.jp
私の一色 キナクリドンクリムソン 22-C
「〈キナクリドンクリムソン〉は、私が好きな、女性を感じる色です。私は油絵具のような艶々した感じが得意ではなく、アクリルガッシュのような粉っぽい質感が好きなのですが、この絵具は濃いときと薄いときで赤から紫に色合いが変化するところが気に入っています。薄く溶かして滲ませて使うことで、新しい色使いや発見ができるのではないでしょうか」