ターナー色彩株式会社

   
美術手帖2011年11月
谷口真人
谷口真人


石井芳征=取材・文
有高唯之=撮影(作品図版除く)
Text by Yoshiyuki Ishii Photo by Tadayuki Aritaka

右─Not yet titled 2011 アクリル板にアクリル絵具、グリースペンシル、木枠、鏡 76.5×55×13.05cm 撮影=宮島径
左─No name for now 2011 アクリル板にアクリル絵具、グリースペンシル、木枠、鏡 38×27.5×8cm 撮影=木奧惠三


グループ展「Daughters of the Lonsome Isle」より No name for now(部分) 2011 Photo Courtesy of SPROUT Curation

Series of“Summer 2011” 2011 撮影=森本美絵


Summer 2011 2011 キャンバスにアクリル絵具、グリッター 45.5×65×2cm 撮影=木奥惠三

Not yet titled(部分) 2011 アクリル板にアクリル絵具、 グリースペンシル、木枠、鏡 133×113×19.5cm 撮影=宮島径

最近の少女の絵は、だんだん描く部分が少なくなってきているという

アトリエ風景。展示搬出の直後だったため、制作の痕跡がそこかしこに見られた

作品のベースとなるフレーム。手前の透明のアクリル板と、その奥の鏡面2層のつくりになっている

壁に貼られたエスキース。1980年代アニメの匂いを感じさせる少女は、基本「聖子ちゃんカット」
小さいときから、アニメをよく見ていました。自分にとって、アニメのキャラクターはとてもリアルな存在で、人間と同じくらい、時にはそれ以上に感じていました」。

1980年代、アニメ文化全盛の環境で育ち、物心つく頃からアニメのキャラクターに触れてきた、アーティストの谷口真人。彼が描く少女たち(モチーフ)は、その影響をダイレクトに受けたものだが、なぜわざわざ鏡を使って、少女たちの充足したイメージの世界を壊すような現実、絵具の塊=マテリアルを同時に見せるのか、そのことがまず気になった。この少女たちには、見たとおり背景(物語)がない。アイコンとして自律する、背景を必要としない「キャラ」ともまた少し違う気がする。はっきりとしたアイデンティティーを持たず、輪郭がぼやっとした曖昧さがあり、イメージと現実(マテリアル)の狭間に浮かび、少女たちはふらふらと捉えどころのない距離感をとる。

「背景にストーリーのようなものはありません。なるべく純度が高く、モチーフの存在感そのものを表現したいというか。実在はしないけれど、生きているみたいに感じてくる。そういった存在の仕方みたいなものをテーマにしたい」。

子どもの頃に慣れ親しんだアニメのキャラクターは、谷口にとって「大事なもの」で、生身の人間よりも先に感情移入できる自分以外の存在、「他者」であった。彼はその「大事なもの」を意識的に作品のモチーフとして“使う”。そこには対象と自分を一度切り離し、「大事なもの」と自分との距離を測るという客観的な検証が介在している。だから描かれたモチーフは、とても親密でとても疎遠な、相反する磁力を持つ不思議なオーラを発しているのかもしれない。

「個人的というよりもっと社会的なもの、いまの日本の社会の中で自分以外の他人に感じる存在感というか、他者との距離感を表現したい。Twitter のように、相手の背景を知らずにコミュニケーションが成立するとき、例えばその相手が30歳なら、その30年でどのような生き方をしてきたとか、連続したものとして捉えることは難しくなっている。共時性、その瞬間の共有でしかないような距離感。いまの自分と他者、人と人の距離感、それを表現するためのモチーフとしてのキャラクターなんです」。

昨年の夏、動物園に遊びに行ったときに撮影した映像の一コマをもとに描かれた近作《Series of“Summer 2011”》。彼にとって「大事なもの」、楽しかった記憶≒記録を、ラメを使って印刷したこの作品でも、テーマは共通している。自分にとっては大事だが実際にはカタチのないもの、モチーフと自分との距離感をカタチにすること、そしてそれを他人とどう共有できるかを彼は試みている。

「自分とは関係のない人の想像力をどうかき立てるかっていうことだと思うんです。正面では見えないので斜めから見たり、離れて見たり、能動的に関わらないと像がなかなか見えてこない。追体験とは違う何か発見のようなもの、その人にとっての思い入れがそこに生じるようにしたい。それが見えたとき、経験として鑑賞者の中に溜まるんじゃないかと思うんです」。

谷口にとって「大事なもの」は、他人にとっても「大事なもの」ではない。そこがスタートである。彼が言うように、連続性のない共時性だけで成り立つ他者との関わり方が主流だとするなら、この作品は「いま」を表現しながら、想像力を使って新たな連続性を生み出していくこと、「先」を見るものに働きかける。

東日本大震災が起きた直後に描いた彼の作品がある。少女を描いた鏡のシリーズだが、その絵は輪郭線がほとんどなく、ドローイングに近い描き方で、他の絵に比べてより親密さが滲み出ている。

「描いてから気づいたのは、母親に似ているなってこと。とても現実味のある出来事が起きたとき、まず心に浮かんだ自分以外の存在、他者という存在が母親だったのかなって。普段、自分の個人史みたいなものを押し出さないように作品をつくろうとしているので、コントロールしていくけれど、非常にプリミティブなところで、そのイメージに行き着いたのかもしれない。……できるだけ素直でいたいとは思います。自分は世界をこう見ているんだという絶対的なものを表したいわけではないので」。

自分の周り、時代や環境、いまの変化に影響され、反応し、立ち止まり、考える。そのフレキシブルでストレートな姿勢が、彼の信頼に足る表現と、作品の説得力を生み出しているのだと思った。
谷口真人
Makoto Taniguchi

1982年東京都生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。主な個展に、2009年「MakotoTaniguchi : Your Cinderella」(来来、東京)、11年「Summer 2011」(Lampharajuku B1 gallery、東京)、「アニメ」(SUNDAY ISSUE、東京)。グループ展に、09年「neoneo展part1[男子]」(高橋コレクション日比谷、東京)など。展覧会の他に、writtenafterwardsとのウィンドウインスタレーション(Lampharajuku window gallery)など活動を広げている。

http://makototaniguchi.com
私の一色 チタネイトイエロー 47-A
この色はモチーフの女の子の髪の毛の色によく使っています。このイエローは、記号的な感じもありつつアニメ的にもなりすぎない、リアリティーを出せるので。GOLDENはどれも発色がいいんですけど、特にこの色は明度が高いわりにはっきりとした印象を与えて、ポップなかわいさがあるから好きですね。厚塗りをしても粘度が高いから、ほとんどひび割れすることもなくて使いやすいです。