ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2011年11月
伊藤彩 伊藤彩
ユーモアと毒

加須屋明子=取材・文
平野愛=撮影(作品図版除く)
Text by Akiko Kasuya Photo by Ai Hirano
CDs
MAMI 2010 キャンバスに油彩、アクリル絵具 38×50.3cm
Photo by Yasushi Ichikawa ©Aya Ito Courtesy of Tomio Koyama Gallery

穏やかに臭う 2011 キャンバスに油彩、アクリル絵具、カラーパステル、クレヨン 137.5×200cm
Photo by Kei Okano ©Aya Ito Courtesy of Tomio Koyama Gallery


おつかれ 2011 キャンバスにアクリル絵具、パステル、クレヨン 130×161cm Photo by Kei Okano ©Aya Ito
Courtesy of Tomio Koyama Gallery


ある夫婦の習慣 2011 キャンバスに油 184×130.3cm
Photo by Kei Okano ©Aya Ito 
Courtesy of Tomio Koyama Gallery

アトリエ全景。白いカーテンで部屋全体を包むと、ホワイトキューブの中で作品がどう見えるのかをシミュレーションすることができる。奥の部屋にあるのが、「六甲ミート・アーツ芸術散歩2011」のための陶芸作品

筆を長い棒に取り付け、少し離れたところから描くのが伊藤流。絵と距離をとりつつ、全体のバランスを見ながら描く

右に積み上げられているのが、作品の下絵となる出力の束

引き出しには、ジオラマづくりの素材がたくさん詰まっている
「抽象は描けないんです、具体的なものしか」と語る伊藤彩の作品には、しばしばキャラクターめいた、しかし謎の多い形態が登場する。その平面と空間が一体化した、夢の中のような不思議な世界は、抽象的に見えなくもない。だが、それはすべて「写実」で描かれている。彼女は「フォト・ドローイング」と自ら名付ける制作方法をとっている。「ドローイングを元に絵画制作を行うと、どうしても線が固くなりがちで、元のドローイングと並べてみたときに、ドローイングのほうがいいやん、と思うことがよくあって、それをどうにかしたかった」。そこから散々苦労の末、絞り出した手法であるという。具体的には、まずドローイングの切り抜きや紙粘土でつくった人型、おもちゃや洋服など、様々な素材を組み合わせ、照明も工夫しながらアトリエ内に小宇宙とも言えるジオラマを構築し、それをいろいろな角度から2〜3日にわたって撮影する。写真は2000枚以上になることも少なくないという。そこから気に入ったカットを選んで出力し、それを下絵にキャンバスへ向かい、写真に忠実に質感まで再現していく。描かれるのはシュールな世界だが、確かにそうした世界が一度はこの世に(伊藤のアトリエ内に)出現したことがある、という事実にも驚かされる。

一つひとつの作品には、特に決まったストーリーはなく、むしろ複数の物語設定(複数の主人公たち)が、偶然一つの画面の中で出会ったりすれ違っているような、同時並行の世界の実現を目指しているという。確かに、思ってもいなかったものが偶然写り込んでしまう、ということが、撮影においてはしばしば起こるものだが、その偶然をうまく利用しながら、いっそうシュールさに磨きをかけている、とも言えようか。

伊藤は油画領域の大学院在学中にRCA(ロンドン)へ短期留学した経験を持つが、フォト・ドローイングのための立体表現や空間構成を学びたいという気持ちから、あえて彫刻科を選んだという。現地にて巨大なシリコンの立体を制作、なんとタイトルは《asshole(ケツの穴)》。反応を聞くと、下ネタは万国共通で大変受けた様子。その後も、子どもっぽい下ネタ(あまりエロティックではない、思春期直前の男子が喜ぶような)満載の作風には驚かされる。からっと乾いたようなユーモアと、そこに見え隠れする毒のようなものとの絶妙なバランスが、彼女の持ち味だろう。

5人兄弟の末っ子。小さい頃から、すぐ上の兄の影響もあってか、『りぼん』よりも『週刊少年ジャンプ』を好み、ファミコンも大好き。いまだに少年のようなところを残す伊藤であるが、その作風も、ユーモラスでナンセンス、時に中学生男子の悪ふざけめいた遊び心が顔を覗かせている。それは、まったくの子どもでもない、しかし大人でもない不思議な妖しい世界である。危うい均衡は今にも崩れそうで、その不安定さと、開き直った底抜けの明るさとが見る者に鮮烈な印象を残す

最近、アーティストユニット(ゆ)の一員として、グループでの活動を始めた伊藤。グループで作品に取り組むのは初めての経験ということで、とても新鮮で楽しいと話す。(ゆ)は2011年に結成された、あらゆる場所を「湯の場」に変容させるお風呂制作ユニット。現在、神戸で開催中の「六甲ミート・アーツ芸術散歩2011」に参加中で、 ちょうど取材に訪れたのが、その搬入直前だったため、銭湯にまつわる、お風呂や裸の老若男女、六甲にちなんだケーブルや「六甲山」の文字をかたどったものなど、陶芸作品がアトリエに並び、壮観であった。展示だけでなく、身体を使ってのパフォーマンスも予定されているそうで、今後の展開が期待される。

9月上旬、和歌山県有田市のアトリエへ出かけた日は晴天で、南国のムード満点。途中の車窓から海を眺めながら、彼女の作品に思いを馳せた。アトリエはみかん畑に囲まれた古い和風住宅を改装した2階。見晴らしのいい窓からは、風が吹き抜けてとても気持ちが良い。屋上から見る眺めは360度遮るものがなく、素晴らしかった。自然の色がキラキラと煌めくこの地を訪れて、彼女の作品によく見られる鮮やかな色彩の由来も、わかるような気がした。
 
伊藤彩 Aya Ito
1987年和歌山県生まれ。2011年京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻修了。主な個展に、09年「生まれつきJ」(Art Jam Contemporary、東京)、10年「TKG Projects #2 伊藤彩」(TKGエディションズ京都)、11年「穏やかに臭う」(小山登美夫ギャラリー、東京)。主なグループ展に、10年「VOCA 2010 新しい平面の作家たち」(上野の森美術館、東京)、「レゾナンス 共鳴 人と響き合うアート」(サントリーミュージアム[天保山]、大阪)。現在、アーティストユニット(ゆ)として「六甲ミート・アーツ芸術散歩2011」(9/17〜11/23)に出展中。
私の一色 キナクリドンレッド [23-C]
「GOLDENは、すぐ乾くことと刷毛跡が付きやすいところが気に入っています。鮮やかな色も多くて、なかでも〈キナクリドンレッド〉の色が好きでよく使っています。名前がヘンなのも気になりますよね……(笑)。絵具はチューブから出した色のままでは使わず、蛍光色などと混ぜることも多いです」