ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2011年7月
大塚いちお 大塚いちお
記憶の中のスイーツ

いしいよしゆき=取材・文
藤原江理奈=撮影
Text by Yoshiyuki Ishii Photo by Erina Fujiwara
CDs
au「IFIF」 2008-09 紙にアクリル絵具、水彩、カラーインク 42×59.4cm

au「IFIF」 2008-09 紙にアクリル絵具、水彩、カラーインク 42×59.4cm

au「IFIF」 2008-09 紙にアクリル絵具、水彩、カラーインク 42×59.4cm

東京ガス主催コンペ・ポスター原画 2011紙にアクリルに絵具、水彩、カラーインク 各10×10cm
NHK BS-hi『わたしがこどもだった頃 谷川俊太郎』スタジオセット 2007 アクリル板にアクリル絵具撮影=小林岳夫

アートディレクターの森本千絵との共著『GIONGO GITAIGO J゛ISHO』、作品集『MAGIC!』など、これまで手がけた書籍や作品集が並ぶ

近年は水彩ペンや鉛筆で描くことも多いという

大塚のアトリエ。たのしい絵が生まれる現場。基本的に作品はこのデスクの上で描かれる

以前はよく制作時に音楽を聴いていたという。音楽のつくられ方に少なからず影響を受けることもある
大塚いちおの絵はたのしい。絵を描くことのたのしさ、絵を見ることのたのしさ、絵から想像することのたのしさ、絵に裏切られるたのしさ、これら絵にまつわるすべてのたのしさに触れることができる。しかも日常の中でというのがいい。大塚の絵=イラストレーションを私たちが目にするのは、雑誌・書籍や広告、商品パッケージ、テレビ番組など暮らしの中である。

本誌2010年1月号「日本イラストレーション史」特集での都筑潤の言葉を借りれば、イラストレーションとは「大衆メディア文化の一つ」であり、「絵そのものの性質を指すのではなく、その絵がおかれた状態を指す」ものである。さらに絵画と違って、「図版として活用」されるもので、依頼主とお題(外部)があって初めて描かれるものである。こうして書くと、自由な絵画/不自由なイラストレーションという図式を考えてしまいそうだが、大塚のイラストレーションは、そのような図式に当てはまらないイラストレーションのあり方を教えてくれる。大塚の描く絵がたのしい理由はまさにそこにある。

デザインの専門学校を卒業後、デザイン会社の内定を受けていたが、絵で食べていくことを決めて、フリーランスのイラストレーターの道を選んだ。中高と美術部で油彩を描いていたこともあり、当時の絵は絵具を厚く塗り重ね、マチエールでオリジナリティーを表そうとする画風だったという。ちょうど1980年代後半、日比野克彦に代表される素材やマチエールに特徴を持つイラストレーター全盛の時代から移り変わりの時期だった。

「自分なりの看板というか、大塚と言えば○○みたいなものがほしいと思っていて、当時は自分なりの画法とか素材が見つかればそれでプロになれると勘違いしてたんですよ。でもあるとき、一度いままで自分が個性だと思っていたものを取っ払って、ペンと紙だけ、誰でも使える道具で、机の上で誰でもできることで描いてみようと。それでも自分の個性みたいなものが外に伝わるのであれば、そのほうが面白いなと思って」。

なんの拠り所なしに描くようなものだから勇気のいることだと思うが、それに対して大塚は、「むしろそうすることで自由になれたし、そのぶん絵を描くのがたのしくなった」という。そうして得た大塚いちおという個性。一見して画風の異なる絵でも、そこには大塚らしさが確かに存在している。自由になって以降の作品で構成された作品集『MAGIC!』を見るとそのことがよくわかる。

「過去の絵をまとめて見て、よくも悪くもああ自分だなって(笑)。最初は個性のために何かを身につけようとしていたけど、すべて取っ払って自由になってからは、そこから逃げよう逃げようとしている。
写真をそのまま絵に描いても、色鉛筆で落書きのように描いても、全然違う画材を使っても、それこそワークショップみたいなことをやったとしても、なかなか自分らしさからは逃げられないんですよね。逆にそのほうが何をやっても自分らしくなっていくんだなって」。

自分らしさから逃げて、自由でいること。このスタンスは、イラストレーションという制約のある場で、自己表現と依頼主が求めるものを衝突させず、絵を自由にしてやるにはこれ以上ない方法なのかもしれない。不自由さを不自由さとして捉えず、自己をこうあるべきという拘束から解き放ち、軽やかに自分自身も周りも裏切っていくことで生まれる絵の広がり。その意味では、大塚は自己表現というものに関心がないのかもしれない。こうあるべきではなく、こういうのもありなんじゃないかと絵筆を動かす大塚の姿が目に浮かぶ。

「絵を信じすぎないことだと思うんです。自分の感情みたいなものをうまく描いたとして、それが人に伝わるかどうかはわからないですよね。こう話すと絵を諦めているみたいに思われるかもしれないけど、逆にそれが絵のすごさなんじゃないかなって、最近は特に思うんです。見る人が、街中で一瞬キレイだなとか好きだなって感じたりしてくれる、その程度で自分のやっている意味があるんじゃないかと。なんかそんな小さなことのほうが大事だなと思えたんです」。

イラストレーションという場所で描かれる自由な絵。引かれた線の一本一本、塗り方もさまざまな色面、画面の隅々に、描くことのたのしさが滲み出ている。そんな大塚いちおの描くたのしい絵に、私たちは日常で出会い、たのしい気分になる 。
 
大塚いちお Ichio Otsuka
1968年新潟県生まれ。書籍や雑誌、広告、音楽関係のイラストレーションなど数多く手がけるほか、展覧会やワークショップなどの活動も積極的に行っている。『GIONGO GITAIGO J゛ISHO』(ピエブックス)で東京ADC賞受賞。著書に『スウィート・サインズ』(ピエブックス)など。主な個展に09年「10:12 Ichio Otsuka’s Dozen」(ブックギャラリーWALL、東京)など。作品集に『MAGIC!』(誠文堂新光社)がある。主な広告の仕事に「8月のキリン」(キリンビール)のパッケージイラスト、横浜ゴム「PRGR」ブランド広告、TBSドラマ『ハタチの恋人』タイトルバックアニメーションなど。現在放送中のNHK教育テレビ『みいつけた!』のキャラクターデザインと総合アートディレクションを手がける。
私の一色 セルリアンブルー [74-C]
「正直セルリアンブルーが好きかどうか、自分でも疑問なんですけど。美術部だった頃、空の色で迷っていたら、顧問の先生が『空はセルリアンブルーだよ』って(笑)。それ以来、空っぽいものを描くときは、他にもいろいろあると思うんですけど、無意識にセルリアンブルーを手に取っているんですよ。その呪縛からまだ離れられないという意味では好きというか、気になっている色ですね」