ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2011年5月
中山玲佳 中山玲佳
収斂していく異世界

酒井千穂=取材・文
okajimax=撮影
Text by Chiho Sakai Photo by okajimax
CDs
或る惑星 2010 キャンバスにアクリル絵具、鉛筆 130.3×388cm 撮影=上野則宏 
©Reika Nakayama Courtesy of MORI YU GALLERY

迷宮 2010 キャンバスにアクリル絵具、鉛筆、コラージュ 130×163cm©Reika Nakayama Courtesy of MORI YU GALLERY

Safarism - Jump 2010キャンバスにアクリル絵具、鉛筆142×119cm©Reika Nakayama Courtesy of MORI YU GALLERY

自宅のアトリエ。制作中の新作にはモチーフの写真が貼られている
鉛筆の線で細かく描いていく表現は、つや消しの黒のアクリル絵具の画面上で豊かな表情を発揮する

鉛筆の繊細な線。接近したり離れたり、距離や角度を変えながら見ると、その充実した振幅をあじわえる

床には、絵具のほか、留学していたメキシコの日常的な光景を思わせる写真など、 モチーフや色彩のイメージの元となるさまざまなマチエールが置かれていた
おびただしい鉛筆の線で克明に描かれたオオカミ、動物たちの潜む森、闇の中に輝く草花。F60号のキャンバス4枚に並列で構成された《或る惑星》は、各々が独立した場面やスケールを示す。こちらの視線を遮るかのように一連の画面に渡って伸びる木の枝や、浮遊する白い光ようなモチーフは、それぞれの世界をつなぎ、時間を取り込んで不思議な奥行きの深みへと見る者を誘う。

上野の森美術館で開催された18回目のVOCA展、「VOCA展2011 現代美術の展望—新しい平面の作家たち」に出品されたこの作品でVOCA賞を受賞した中山玲佳。中山は、かつて留学滞在したメキシコで出会った光景や動植物、その自然風土が育んだ特有の色彩などからインスパイアされたイメージを、アクリル絵具と鉛筆を用いて描いている。

ただし、そこに示されるモチーフが直接的にメキシコという土地を連想させたり、そのイメージを誘発するかというと、そうではない。中山の作品における「メキシコ」というキーワードはむしろ、その多様な色彩と絵具の層、厚みという筆致の奥底に沈潜している印象だ。画面には夢と現実がじわじわと接近し、いつしか連続した時空として溶け合うような、あるいは一瞬のデジャヴに出会うような儚さが現れる。

中山は、留学中には版画を学んでいたのだという。「版画自体には魅力を感じていたのですが、表現の手段としてずっと続けようという感覚ではなく、どちらかと言えば、版画のような表現をキャンバスでできないだろうかと模索していました」。

そんななかで試みたものが、マットな黒のアクリル絵具の上に鉛筆で描くという手法だった。光の加減や角度によって、細やかな線の光沢や凹みなど、その都度印象が異なる面白さ。この表現手段と出会ったことは、中山にとって制作の方向性の突破口を開くヒントとなったようだ。

2008年頃より発表しているシリーズ「Safarism」は、 《或る惑星》の起点となった作品でもあるが、そこでは彼女の卓越した色彩感覚も発揮された。地のブルーやピンク、黄色など多彩な水平方向のボーダーは重なり、レイヤー状に層をつくっている。さらに、それぞれの色から垂れた絵具の無数の筋によるリズミカルなストライプの様態が、より多層的な色の透明度と空間的な振幅をもち、比類ない豊かさで目を楽しませる。一見、図と地という対照的な世界は、くっきりと明暗で分断される印象だが、そのダイナミックな表現には、幾重にも重ねられた色のひだが潜み、深淵な世界が繰り広げられる。

「裏と表、夢と現実、内側と外側といった相反するものごとを、同時に表現するようなことができないかと、以前からずっと考えていました。《或る惑星》は、これまで制作したいくつかのイメージを、スケールを変えて組み合わせてみたり、順序を差し替えてみたりしながら、そのイメージを試みた作品です」。

中山の制作は主に、写真と自身の記憶のイメージをもとにして、直接画面に描き重ねられていく。キャンバスに向かう前にイメージスケッチやクロッキーなど、エスキースを起こすことは滅多にないという。

「朝目覚めて、まだ意識が浅い状態のときなど、 メキシコのただただ青い空だとか、その風景だとか、 そこで体験したリアルな感覚がふと頭をよぎったり、思い浮かぶことが日常的にあります。その印象や、そこから連鎖的に思い出すことをモヤモヤと引きずって過ごすこともあるのですが、そんな曖昧なイメージをなんとなく抱えたまま描き出すことが多いです。イメージは絵具を重ねていくなかでどんどん膨らみ、勢いがついてできあがっていく感じ」。

思いつくがままとも言える方法だが、しかし現在の中山の制作において、その向心力の源にはブレがない。「描きたいものと表現自体のバランスがうまく釣り合わず悩んでいた時期がありましたが、今それは解消しつつあります。版画を学んだ経験もプラスに働いて、制作は私が向かいたい方向に近づいている感覚があります」。

中山は夢と現実、内界と外界とが収斂していく無意識の世界をしっかりと捉えている。そして、私たちの無意識が意識へと浮上してくる瞬間の儚さと深淵な時間を描き出す独自の色彩感覚は、強度を高めている 。
 
中山玲佳 Reika Nakayama
1974年、大阪府生まれ。2000年、京都市立芸術大学大学院美術科絵画専攻油画終了。07年、メキシコ国立自治大学大学院美術学部版画専攻課程修了。05年以降はMORI YU GALLERY(京都、東京)でコンスタントに個展を開催。グループ展は、08年「Bunkamura Art Show 2008 恐れから親しみへ」 (Bunkamura、東京)、10年「絵画の庭-ゼロ年代日本の地平から」(国立国際美術館、大阪)など。2010年12月、「VOCA展2011」にてVOCA賞を受賞した。
私の一色 フタロブルー(グリーンシェード) [79-B]
「塗り重ねるごとに深くなってゆくブルーが好きで、ずっと前から〈フタロブルー(グリーンシェード)〉は結構使っています。例えばジェルメディウムを混ぜるとその透明感がよくわかる色なんですよ。《或る惑星》でも何度か塗り重ねていて、黒い画面はよく見ると青黒い。黄色とか金色とか、他の色の上に塗り重ねると、どんどん色が変化して面白いです」。