ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2011年3月
中川トラヲ 中川トラヲ
作品に宿る日本的なもの

小吹隆文=取材・文
石川奈都子=撮影
Text by Takafumi Kobuki Photo by Natsuko Ishikawa
CDs
ラブヶ崎 2011 ベニア板にアクリル絵具 60×90cm
CDs
Iris 2011 ベニア板にアクリル絵具 94.5×91.5cm

回想の階層 2011
ガラスにアクリル絵具(6セット) 40×60×100cm


すべてフィクション 2011
デジタルイメージをプリント 32×51.5cm


アクリル絵具の乾燥の早さが今の自分に合っていると言う中川。「油絵はいつまでも待ってくれるけど、アクリル絵具は『次はどうするの?』って、絵具の方から聞いてくる感じがします」
「下地にあるイメージを借景にして、上から描き足していくような感覚」で色を塗り重ねていく

数十枚の作品が重なり合いながら並ぶアトリエ。複数の作品を同時に制作している。制作中は「描く時間より、絵の前をうろうろ歩き回る時間の方が圧倒的に長い」そうだ
京都市左京区の町家に自宅兼アトリエを構える中川トラヲ。住宅街の細い路地を入った奥にあるその場所は、お世辞にも広いとは言えない。しかし、付近に銀閣寺や哲学の道、京都大学がある落ち着いた環境は、画家の制作場所として決して悪くはないだろう。

玄関を入ったすぐ隣にあるアトリエには、次の個展(児玉画廊|京都、1月15日〜2月19日)で披露される新作が大量に立てかけられていた。どの作品も、風景や抽象的な形態、ストロークなどが、浅く表現された空間の中に混在する中川らしい画風である。ただ、ほかのアーティストと決定的に違うのは、それらがキャンバスやパネルではなく、薄いベニヤ板に描かれているということだ。

「ベニヤ板のほか、同じぐらいの厚さのガラスに描いた作品もあります。これらを選んだのは、絵画というものが今でも意外と素材や質感、厚みなどの物質的な側面によって評価されているのではないかという疑問があったからです。厳密に言えば、絵画にそんなものはなくてもよいはず。もっと純粋にイメージを抽出するために、できるだけ支持体の物質感をなくしてみたらどう見えるのだろうと考えました」。

ならば、板ではなく紙に描くほうが、より支持体の存在感をなくせるのでは? と思うのだが、「僕は昔から紙に描くことができませんでした。紙は描き込むと破れるから、怖い」とのこと。破れるまで描き込むとはどういうことか。ここで中川の作品について説明しておこう。

中川の絵画は、具象とも抽象ともつかない曖昧模糊とした画面構成に特徴がある。制作のきっかけは自身が出会った風景や事象に由来するのだが、描いた線や色彩に触発されて抽象的な形態が挿入されたり、それを受けてさらに新たなイメージが重ねられるプロセスが何度も繰り返される。この描き込みが、「紙だと破れてしまう」という発言の根拠であろう。

また、「散文的につくったイメージを繋げていく描き方なので、それこそ自分でも『なんでこんな絵ができたのだろう』と驚くことがあります。絵を描くのは制作というよりも生活の一部みたいな感じで、日記ではありませんが、毎日の痕跡のようなものかもしれません」とも。作品を前にした観客は描かれた世界の中へと視線を進ませるのだが、やがて落ち着く場所がどこにもないことを悟って、自分が迷路の中にいることを知る。この、絵の中をあてどなくさまよう感覚を楽しめるか否かで、彼の作品との相性は大きく分かれることだろう。

「僕は自分の制作方法はすごく日本的ではないかと思っています。例えば、日本人は何事においても白黒をはっきりつけず、全体から醸し出される雰囲気でなんとなく落としどころを見つけます。僕の制作プロセスもそんな感じで、イメージが何層も積み重なることでクリアに見える部分もあれば、モヤがかかったような感じでよくわからない部分もあります。でも、作品全体を眺めたら何か感じられるところがあるんじゃないか、作品単体では無理でも展覧会場全体なら見えてくるものがあるんじゃないかと。だから、曖昧とか抽象的とか言われると、むしろ『よくわかっておられる』って感じなんです」。具象と抽象、プロセスと結果、部分と全体、それら両極端を一枚の画面に統合すること。そんな難題にひるむことなく取り組む中川は、実はとてつもなく貪欲な画家なのかもしれない。

実は、新作の中には絵画ではない作品も4点混じっている。動画をある方法で一時停止することで発生する、ストライプ模様をプリントアウトしたシリーズだ。

「今は画像を作品として取り扱うことが多くなっていますが、そういう状況に対して絵画はなんらかの回答を示さないといけないのではないか。質感や素材感はデータになった瞬間に消えてしまいますが、絵画が自らそれを脱ぎ捨てたときに一体どう見えるのか、何が残るのかに興味があります。先ほど絵画が物質感に頼り過ぎているのでは、と言ったのも、この問題と関係があるからです」。

どうやら中川の頭の中には新たなテーマが芽吹き始めているようだ。それは今後どのような形で出現するのだろう。今の時点ではまだわからないが、彼独特の絵画世界がさらなる進化の時を迎えようとしているのは間違いない 。
 
中川トラヲ Torawo Nakagawa
1974年大阪府生まれ。97年、成安造形大学卒業。京都市在住。96年ギャラリーココで初個展。2000年以降は児玉画廊でコンスタントに個展を開催。グループ展は、「神戸アートアニュアル’97−art port」(神戸アートビレッジセンター)、04年「タイム・オブ・マイ・ライフ」(東京オペラシティアートギャラリー)、「VOCA展2005」(上野の森美術館、奨励賞受賞)、07年「Portrait Session」(広島市現代美術館)、09年「drowning room」(神戸アートビレッジセンター)など。
私の一色 ミディアムバイオレット [96-C]
「昔、紫は嫌いな色でした。でも苦手な色を使うというテーマで制作した際に使ってみたら『案外いいじゃないか』と。紫は自己主張が強い割に周囲との馴染みがいい。他の色を殺しながら目立つ黄色と違って、キャラ立ちしているのに周りを生かす色なんです。特に、このGOLDEN《ミディアムバイオレット》の鮮やかさは、僕の作品に合っていると思います。