ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2011年1月
渡辺おさむ 渡辺おさむ
記憶の中のスイーツ

大城譲司=取材・文
吉次史成=撮影
Text by Joji Oshiro Photo by Fuminari Yoshitsugu
CDs
monochrome 2010 プラスチック、モデリングペースト、ワックス、アクリル絵具 91×116.7×10cm

Fake Cream Art Project 世界遺産にデコレーション
金閣寺 2008 モデリングペースト、アクリル絵具


KARESANSUI 2010 モデリングペースト、
アクリル絵具 116.7×91cm


Sweet Dragon 2010 プラスチック、モデリングペースト、ワックス、アクリル絵具 300×200×50cm
Heaven 2009 プラスチック、モデリングペースト、アクリル絵具 15×20×20cm

―2011年の干支である兎をモチーフにした新作。アルチンボルドを思わせる奇想に満ちた世界。細部の集積が作品に強度を与える

作品を制作するための“部材”。こうした材料はアシスタントを動員し、あらかじめつくりおきしておく

制作中の渡辺。絞り袋にモデリングペーストを詰め、クリーム状に絞り出していく

アトリエにて。作品はお菓子のように見えるが、当然のことながら制作の光景は菓子工房とはまったく異なる
渡辺おさむは1980年生まれのアーティスト。フェイク・クリーム・アートの第一人者だ。そもそも、フェイク・クリーム・アートとは、渡辺が生み出したジャンル。渡辺は、フェイク・クリーム、つまり、食用のクリームとよく似た画材、具体的には、モデリングペーストやメディウムを用いて、デコレーションケーキを思わせる立体作品を制作している。また、食品サンプル技術を用いて、身の回りにあるさまざまなものに、お菓子のようなデコレーションを施している。渡辺の手から生み出されるのは、おとぎ話に出てくるような、カラフルでファンタスティックな世界である。

「もともと、母がお菓子の先生だったんです。子どもの頃から、その姿を目にしていたので、こうした作品を制作するようになったのは、ごく自然な流れでした」。

東京造形大在学中から、渡辺は試行錯誤を重ねつつ、フェイク・クリーム・アートの技法を磨いていった。モデリングペーストを絞り袋に入れ、手慣れた様子でホイップしていく姿は、まさにパティシエそのものだが、しかし、デコレーションされているのは、本物のお菓子ではなく、あくまでも偽物(フェイク)。一見、本物のように見えるマカロンやプディングも、実は紙粘土やワックスなどで形づくられている。

「一見、本物のように見える」と書いたが、しかし、実のところ、そこにはズレがある。渡辺の作品は、本物以上に本物らしいフェイクなのだ。どういうことか。

「実際のスイーツを、そっくりそのまま真似ているわけではないんです。ぼくの作品は、ほんの少し、デフォルメされています。というのも、作品を見る人の記憶の中にある甘いイメージを再現したいと考えているからです」。

そう、渡辺の作品は本物のスイーツよりも艶々としているし、ツルンとした質感をたたえている。しかし、ここが絶妙なのだが、バロックやロココにも通じるような、ある種の“やりすぎ感”が横溢しているにもかかわらず、グロテスクな印象を与えることはない。むしろ、幼年期の甘い記憶を刺激するような、多幸感に満ち満ちている。渡辺の作品を前にすると、オーディエンスは皆、お菓子の家に釘付けになった、ヘンゼルとグレーテルのようになってしまうのだ。

「あえて色彩を取り除いた、モノトーンの作品も制作しています。スイーツの場合、かたちも重要なのですが、それ以上に、色で構成されている側面も大きい。それなのに、白と黒のモノクローム、あるいは、青色だけにしてしまうと、また別の面白さが生まれてくる。本物のお菓子では、絶対にできない試みです」。

フェイク・クリーム・アートは、徐々にその領域を拡大しつつある。近年、渡辺が力を入れているのが「世界遺産にデコレーション」プロジェクト。これは、文字通り、世界各地の世界遺産をデコレーションしようというものだ。

「世界遺産って、ものものしさや重厚感を感じるじゃないですか。ぼく自身、それをもっと身近なものに感じたいし、他の人にも、そう感じてもらいたい……。気になる存在だからこそ、どうにかして近づきたいと思ったんです。また、デコレーションすることで、風景が変わってしまう面白さもある。違った見え方が生まれる気がしているんです」。

歴史的な建造物をホイップクリームで彩ること。それによって、世界はおとぎの国へと反転してしまう。赤瀬川原平の《宇宙の缶詰》や小沢剛《JIZOING》などと比較したい衝動に駆られる作品である。なお、今後、デコレーションしてみたい世界遺産は、インドのタージ・マハルや、ヴェルサイユ宮殿とのこと。前者は墓廟の形態がクリームを思わせるし、後者はデコレーションの総本山とも言える存在。渡辺の作品は「装飾」とは何か、「様式」とは何かを問い直すきっかけになっている。

2009年には、ジャスパー・ジョーンズやデミアン・ハーストの作品を引用し、なかば強引にスイーツ化した作品を発表している。これは美術史に「かわいい」を導入し、現代美術の文脈を再編成しようという意欲的な企画だった。

「この先、フェイク・クリーム・アートが、美術の一分野として認知されれば。そんな思いで、作品を制作しています」。

渡辺の快進撃は、旧来のアートシーンとは異なる場所で、熱狂的に支持されている。5年後、10年後、その世界はどう進化しているのだろうか 。

◎大城譲司[美術ライター]
 
渡辺おさむ Osamu Watanabe
1980年山口県生まれ。2003年東京造形大学卒業。主な個展に、00年「渡辺おさむ展」(東京造形大学)、08年「渡辺おさむ個展」(シブヤ西武、東京)、09年「LSD -Love Sweet Dream-」(GALLERY TARGET、東京)など。主なグループ展に、07年「ECO×DESIGN」(上海現代美術館MoCA)、08年リニアート(ベルギー)、ミラノ・アート・フェア、09年、大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレなど。2010年12月15日〜25日にはグループ展「Artistic Christmas Vol.IV」(新宿燗屋)を開催。
私の一色 バーントシェナー [113-A]
「チョコレートを思わせる作品を制作するときなどは、いつもGOLDENのバーントシェナーをそのまま使用しています。GOLDENは、もともと艶のある画材なので、改めてニスを塗る必要がないのがいいですね。発色も、鮮やかであると同時に、深みを感じさせてくれるので気に入っています。ターナーのモデリングペーストに混ぜていろんな色のホイップクリームをつくることもあり、重宝しています」。