ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2010年11月
ヒョンギョン ヒョンギョン
この世界の化身

いしいよしゆき=取材・文
okajimax=撮影
Text by Yoshiyuki Ishii Photo by okajimax
CDs
ドブ&ピース 2009 キャンバスにアクリル絵具、和紙 194×260.6cm
CDs
つぶやき 2010 パネルにアクリル絵具 180×225cm

超ブルー 2009 パネルにアクリル絵具
162×162cm


制作中の個展出品作品が並ぶアトリエ。アクリル絵具だけでなく蛍光塗料やラメなどの素材を画材として使う

描いているうちにだんだんと無になっていくという。
制作が彼女自身の感情が転換していく過程となっている

ドクロの目の中にたくさんの目。作品には複数の目が描かれた「顔」が多く見られる

布を何層にも重ねては、ハンダゴテで焼いて線描して出てきた「顔」の作 品

様々に加工されたくつが並ぶ、ビデオインスタレーション風景(2010、サイズ可変)
「人の不幸や負の感情を違うものに転換していく過程にすごく興味がある」。韓国出身のアーティスト、ヒョンギョンは作品全体のテーマについてこう語る。彼女のほとんどの絵には、人の輪郭はしているが、明らかにこの世のものとは呼べない存在が描かれている。妖怪、化け物、なんと呼べばいいか正直わからない存在。これらが彼女の言う「不幸や負の感情を違うものに転換してゆく過程」を描いたものだとして、これから作品について語っていく上で、せめてその呼び名だけは決めておかないと都合が悪いので、ここでは仮に「化身」と呼んでおこう。

「化身」とは、本来神仏がこの世に人の姿をとって現れたものだ。ちなみに元の姿を正体という。またカタチのない抽象的な観念がカタチをとり現れるもので、例えば「愛の化身」などがそれだ。

しかしヒョンギョンが描く「化身」からは、その正体が見えてこない。《カリスマ》《オチコボレ》といった個性を具体的に示すようなタイトルの作品もあるが、その言葉から人がイメージするものと描かれたものには明らかな断絶がある。また《いよいよ》《ドブ&ピース》など、そもそもそこから何をイメージしたらよいのかわからないものもある。文字通り正体不明なのだ。

ではヒョンギョンの描く「化身」の正体とは何なのか。そのヒントは、「顔」の描き方にある。「顔」は個性=キャラクターを特定する重要な要素だ。だが彼女の初期の作品を見ると、ほとんど顔が描かれていない。髪の毛で隠されていたり、目、鼻、口は揃うことなく、周囲の景色と溶け合っている。

「顔を描くことで誰かになってしまう。一人の特定のポートレートになるのが嫌だった。匿名性を出すために、顔を消したり、髪の毛で隠したりしていました」。

だが近作ではその「顔」が描かれるようになる。

「ずっと顔を描かなかったけど、それは逃げているなと感じていた。でも絵画でそれをやろうとしたら、どうしても『誰か』になってしまう」。

そんな中、ヒョンギョンが「顔」を描くのにとった手段が、布を重ね、その上からハンダゴテで溶かしながら描く手法だった。

「それは彫刻に近くて、顔を描くというより、顔が出てきた感覚だった。その感覚で絵画でも描くことができるようになった」。

描く本人もはじめて出会う「顔」。個性や内面の表出とは違う、個を超越した「顔」には、怒り、悲しみ、喜び、笑い、あらゆる感情がごちゃまぜになって、渦巻き、ぶつかり合い、異なるベクトルのエネルギーが相殺された後の凪のような静けさがあり、よりいっそう正体のわからなさが増している。まるで、幸も不幸も、正も負も、善も悪もあらゆることをのみこんで、生成と消滅をくり返しては調和しているこの世界のあり方そのものが彼女の描く「化身」の正体なのではないか。

韓国の祖母の四十九日の儀式に参加したときの体験は、彼女の作品に大きな影響を及ぼしたという。

「日本にいて葬儀に行けず、ずっとモヤモヤしていた。韓国に戻って、その土俗的な儀式に参加したとき、葬儀に出られなかったことや、いままでおばあちゃんにしてあげられなかったこと、どうしようもないモヤモヤした気持ちが、その場で浄化していくような感覚を感じた。人の心の中にあるどうしたらいいかわからない感情が転換していく過程を絵に表現できないかという気持ちが芽生えて、自分の作品も見る人がそういった気持ちになる空間、場所にしたいと思った」。

彼女の作品をみる人の中には、その不気味さや気持ち悪さに拒否反応を示す人もいる。しかし目を凝らしてよく絵の中を見てみるといい。そこにはそれとはまったくく反対のポップでおちゃらけた、異なるレベルでの様々な出来事がしっちゃかめっちゃかに起こっている。

「例えば死というものは悲しいものだけど、それを受け入れたことによってまた別の風景が見えてくるはず」。

しかし人は忘れやすい生き物だ。また別のモヤモヤが生まれ、その繰り返しが死ぬまで続く。それが生きることなのかもしれないが、作家として延々とそれにつきあう覚悟を彼女はいま抱きつつある。この世界そのものの「化身」を描くヒョンギョン。完結するのではなく広がっていくその作品に、僕たちは解放される。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
 
HyonGyon
1979年韓国生まれ。2002年MokWon大学西洋画科卒業。08年京都市立芸術大学大学院絵画専攻油画修了。現在同学大学院美術研究科博士課程在学中。主な個展に、08年「TWS-Emerging 009『ぞくぞく』」(トーキョーワンダーサイト本郷、東京)、「iyoiyo/いよいよ」(magical art room、東京)、09年「iyoiyo」(Gallery EXIT、香港)。10年個展第T期「たまふり」(g3 gallery、東京)。9月28日〜11月7日まで3331 Arts Chiyoda内、g3 galleryにて個展第U期「ギラギラ」開催中
私の一色 チタニウムホワイト [11-A]
「色も絵画と一緒でこれというのはないけど白はよく使います。どこに使ってるんだと思われるだろうけど(笑)。GOLDENの白は濃くて、描くときに欠かせない。メインで使うことはないけれど、他の色に混ぜたり、白を塗った上に蛍光色を重ねたりすると、発色がよくなるのですごくいい。動物の毛を描くときにハイライトとしても使ったりします」。