ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2010年9月
大庭大介 大庭大介
「絵画」を描く人

いしいよしゆき=取材・文
ペドロ・チョー=撮影
Text by Yoshiyuki Ishii Photo by Pedro Cho
CDs
UROBOROS(spectrum) 2008 キャンバスにアクリル絵具 180×180cm
CDs
UROBOROS(woods) 2008 キャンバスにアクリル絵具 140×170cm


SAKURA 2010 キャンバスにアクリル絵具 
200×200cm (2枚組)



壁に掛けたまま、プロジェクターを投影し下描きなしで
描いていく。集中力のいる作業


アトリエの壁面には近作の桜を描いた作品が飾られていた。
光の当たらない所ではグレーのモノクロームの絵画のように
見える


調合された絵具が並ぶ。数パーセントの違いなど微妙な
混色がされ、すべて色が異なる


2年前に描かれた手法を試した習作。「ずっと気になって
いるけど、まだ作品としてどう扱うかを探っているところ」
描かれているものすべてが、パール系の絵具を使ってできたその「絵画」は、光の当たり具合で表情を変える。光に反射した部分は、パールがかったピンクやグリーン、パープルなどの色彩を帯び、モチーフの輪郭を柔らかに浮かび上がらせる。一方、光の当たらない部分は白いまま静かに身を潜めている。

「生と死、現実と非現実、その中間にあるような、両義性を画面に持たせたい」と作者である大庭大介は言う。

例えば、アトリエに置かれていた桜を描いた作品。窓を塞がれ、外の光が遮断された状態で見たとき、その「絵画」は眠っていた。何が描かれているのか判然とせず、近づき目を凝らし、闇を見るような注意深さが鑑賞に必要とされた。

しかし窓を開けた瞬間「絵画」は息づきはじめ、桜の花がピンクやパープルに色づき浮かび上がってきた。おそらく時間帯も違えば、光の強さも変わり、異なる印象で、別の「絵画」としての体験があったはずだ。

大庭の作品は、光や鑑賞する位置など「絵画」以外の要素によって変容する、確定されない「絵画」といえる。かつて彼がモチーフとして幽霊を描いていたのも、現実と非現実の境界線上、そのどちらにも確定されない=両義的存在としての幽霊に、描く理由を見つけたからだと想像できる。

ではなぜ大庭はそのような両義性や確定しない体験を「絵画」として描くのか? 意味として読むのではなく、純粋な視覚体験としての「絵画」への志向は、ある種モダニズムからポストモダン的絵画の展開、「絵画とは何か」の追求を継いで出てきた表現ととらえられてもおかしくない。

「色そのものがもつ恣意性、人の感情とか印象を示唆する感じ、色が絵の世界を支配するのが嫌なんですよね。それと空間についても安易に一点透視法を使うのに抵抗がある。一つの方向性、中心に向かう空間のつくり方は、ある種政治的な意味合いも孕んでくるので、自分としては点在して見えてくるような空間のあり方が重要だと思っています」。

大庭が使う色は、下地の白、偏光パール系の絵具とそこに微量に混色される虹色の7色に限定されている。その色も光(環境)によって微妙に浮かび上がる程度のものだ。

「絵画」が色に支配されない配慮がそこにはある。また空間のつくり方にしても、画面の中に入り込める空間をつくるのではなく、金屏風など障壁画の影響があると本人が言うように、「絵画」を全体で体験する場としてとらえている点など、「絵画」というものの定義、その限界と可能性を探る姿勢は明白である。

その意味で大庭の作品はやはり「絵」ではなく「絵画」として語らなければならないのだが、彼が表現として、今なぜ「絵画」にそこまでこだわるのかが気になった。これだけ多様なメディア、表現の方法が溢れている中で、選ぶ理由。

「端的に言うと感動とか感情に訴えかける世界って何なのかってことなんですけど、美術史を勉強して絵画とは何かを突き詰めるような客観的な説得力だけでも、自分の実感を伴った主観的なエモーショナルなものだけでも、見ている側には伝わりづらい。客観と主観をどう折り合いをつけるかが重要なんです。両方が常に拮抗している状態。最終的には自分が信じているものは美術史ではなくもっと主観的なものだったりするけど、だからこそさまざまな『絵画』の伏線を張っておかないといけないんです」。

大庭を「絵画」に向かわせるきっかけとなったのは、ルーヴル美術館で見たジャック=ルイ・ダヴィッドの《ナポレオンの戴冠式》だったという。

いまの作風に直接関係はないものの、文化も異なり、作品の背景さえ知らなくても感動を与えることのできる「絵画」というものの魅力をそのときはじめて知り、「絵画」をここまで考えるきっかけとなった。

「絵画を描くのはサッカーとか将棋の世界に似ている。すごくシンプルで、限られたルールやフレームの中でどれだけのパフォーマンスができるか。今の時代からは逆行するかもしれないけど、一枚の絵でどれだけ面白い空間をつくれるかに興味があります」。

取材の中で印象に残った大庭の言葉がある。

「でも結局、『だから何?』ってことなんです。マニアックに『絵画』を追求してもみんなが見たいものはそういうものではない。美術、絵画に対する愛はあるけれど、一方でどうでもいいと思っている面も自分の中にはある。何でこんなにキツイ生活をしているのかって。

だからこそ自分が主観的に信じているものがないとやっていけないんです」。

「だから何?」。すべてを反故にして何でもありにしてしまいかねない強い言葉だが、ある意味大庭はむしろそうならないために、「絵画」の面倒くささを一手に引き受け、「絵画」を忘れさせるほどの「絵画」で感動を生もうとしているのかもしれない。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
 
大庭大介 Daisuke Ohba
1981年静岡県生まれ。主な個展に2006年「LABYRINTH」(magical, ARTROOM、東京)、09年 「The Light Field」(magical, ARTROOM/SCAI THE BATHHOUSE、東京)。主なグループ展に、07年「O コレクションによる空想美術館(デザインと魂)」トーキョーワンダーサイト本郷、東京)、「イリュージョンの楽園」、08年「BEAMING ARTS #001」(International Gallery BEAMS、東京)、10年「VOCA展2010」(上野の森美術館、東京)など。現在「時の遊園地」展(名古屋ボストン美術館)に出展(9月12日まで)。
私の一色 ファインパール [190-c]
パール系の絵具で構成される大庭大介の「絵画」。彼が選んだ一色は、当然パール系の絵具、ファインパール。「ふだんは偏光パール系の絵具を使っています。ベースとなるパール系の絵具に他の色を調合して、光に当たった時に微妙な色の違いが出るような工夫をしています。絵具の状態で並べると違いはほとんど分からないですけどね。GOLDENで選ぶならやっぱりこのファインパール、どうしてもパール系の絵具になりますね」。