ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2010年7月
しんぞう しんぞう
  \sl235\slmult0暗いんだか明るいんだか。 \sl235\slmult0世界は私を平気で裏切る。

いしいよしゆき=取材・文
池田晶紀=撮影
Text by Yoshiyuki Ishii Photo by Masanori Ikeda
CDs
カンガルー 2009 紙にアクリル絵具 90×90cm

念仏 2009 紙にアクリル絵具 54.6×78.5cm

中原2丁目 2009 キャンバスにアクリル絵具 
60.6×72.7cm


老少女 2009 キャンバスにアクリル絵具 31.8×41cm

子供 2008 キャンバスにアクリル絵具
48.5×46cm


さまざまな色をパレットで混ぜ合わせ「暗い」色はできる

近作の《幸》。人物画は、どれも眼が特徴的な作品が多い

―影部分はパレットをそのまま画面に押し付けて描いたという

―実家の自室をアトリエに改装。画面中央の大作は、《…に向かって》
彼女が住む横浜の地域一帯は、色彩で言えばグレー。駅前にはボーリング場があり、基本的には住宅街だが、2、3階建てほどのコンクリートの商業建築が多く立ち並び、国道沿いのため車の往来も多い。最寄りの駅は40年前に開通したというから、この街自体も当時はきっとピカピカの新興住宅街であったに違いない。しかし古くなった新興住宅街特有の老いの寂しさがある 。

子どもの頃からこの街に育ち、いまも住み続けているアーティスト、しんぞう。その絵に頻繁に描かれるビルや家、そしていっしょに暮らす家族、その印象はやはりグレーだ。その「暗さ」は、街自体の持つ色彩だけでなく、本人の心情的な「暗さ」に起因していると彼女は言う。

「4人兄妹で、末の妹が生まれたとき、一時期おばあちゃんの家に預けられていた時期があって。実家に戻ったら、どこか馴染めなかったんです。その頃は家に帰りたくなくて、近所をよく徘徊していました」。

画家として絵を描くことに正面から向き合ったとき、孤独感を抱いていた幼少期の気持ち、家族と自分の距離が、描くことの理由の一つだと気づいた彼女は、その「暗さ」をより意識的に絵として扱うようになった。例えばビルや車の絵には、子どもの頃徘徊していたとき抱いていた不安感や寂しさが、客観的に描かれている。

「帰りたくなくて、なんとなく歩き回りながら、近所の家を人の顔に見立てて探して歩いてました。あの家はすごく怒ってるな、あれはにやけてるなとか。家の外観からその中に住んでいる家族がどんな気持ちで暮らしているんだろうと想像して、家の外観に投影して遊んでましたね」。

この話だけを聞けば、ただ内向的で閉じられた絵ということになるが、しんぞうの絵のもつこの「暗さ」は、それとはまた別の何かを感じさせる。

「昔の不安な気持ちを作品の中で吐露していくうちに、私が思っていたほど、家族(他人)はみんなつらい人生を送ってるわけではないと気づいた。だれもが実はすごく苦しい想いをしてるにちがいないと思っていたけど、全然そうじゃなかったりするんですよね。いまはとてもニュートラルに世界を見ています」。

おそらく彼女の中で醸成された「暗さ」は、相当立派なものだったに違いない。その立派な「暗さ」でコーティングされた世界の闇の中を、彼女は深く潜っていったのだろう。その「暗さ」が中途半端でなかったからこそ、そこからの反転も鮮やかで、「暗さ」と「明るさ」の絶妙なバランスの取れた絵が描けるのだろう。

「昔と今では、見えている風景が違う。妹に赤ちゃんが生まれて、最近赤ちゃんを描くようになったんです。昔は人の内面をつかみ取って描いていたけど、赤ちゃんってそもそも内面とか外面とか、そういう存在じゃない。生まれた瞬間の赤ちゃんって半分内臓、半分人間みたいで、物質と生き物の間のような存在。なんだかわからないけど強烈な存在感を放っていて、私からすればそんなに出しちゃっていいの? というくらい、むき出しの感じなんです」。

「なんだかわからないが強烈な存在感を放つ」赤ちゃんというものは、それまでの彼女に、完璧な敗北をもたらしたのかもしれない。自分のつくりあげてきた堅牢な世界が、簡単に崩れ去り、白旗を揚げるしかない状態を経験したのではないだろうか。爽快感すら憶える敗北感を味わったとき、人はもう笑うしかないのである。

「命をかけて描いたと思っていた作品なのに、見た人に『本当に面白い絵描きますよね、プーっ』て笑われて、私、真剣に描いたんですけどって(笑)」。

仏教にはまりお経を読む母親、かわいいのか憎たらしいのかよくわからない笑みを浮かべる老少女、暗いのか明るいのか、怖いのか面白いのか、悲劇か喜劇か、それこそなんだかわからない。「でもなにか、存在してるよね」という感想が、個人的に言えることのすべてである。

「自分はこうだと決めて道をつくっていくのではなく、私自身も『私』を知らない、ということを常に意識して、変わっていく自分にその都度向き合って、作品に入れていきたいと思う」。

世界は平気で彼女を裏切った。彼女の想像を超えて容赦なく。そしてこれから先も世界に裏切られ続けてほしい。敗北し、その都度なんだかわからないものを生み続けてほしい。そのほうが絶対に面白いに決まってるから。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
 
しんぞう Sinzow
1974年横浜生まれ。97年武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業。主な個展に2007年「しんぞうのキモチ」新宿眼科画廊(東京)、08年「SINZOW」Gallery DAM(ソウル)、09年「スキンシップ」(新宿眼科画廊、東京)、10年「Memento mori」Gallery DAM(ソウル)。そのほか、09年「大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ」、「座布団レース 偶然の出会いから急激に広がるイメージ」トーキョーワンダーサイト本郷(東京)、10年「第29回損保ジャパン美術財団・選抜奨励展」損保ジャパン東郷青児美術館(東京)などに出展。 http://www.sinzow.com
私の一色 フタロブルー(レッドシェード) [78-B]
「自分が生まれ育った場所の色というか、青い透明色は人工的なこの街の空気感にすごく合っています。夜、車が走る国道沿い、信号のネオンライトとか、子どもの頃徘徊してたとき見た風景の色で、自分にとって縁のある色なので好きです。GOLDENはずっと使っていて、チューブから出したときの柔らかさがちょうどよくて、気持ちいい。発色もよく水を使わずそのまま描けるのが気に入ってます」。