ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2009/11
天明屋尚
名乗りを上げて、戦場。

石井芳征(KANZAN)=取材・文
ペドロ・チョー=撮影(作品図版除く)
Text by Yoshiyuki Ishii Photo by Pedro Cho

鎧袖一蝕 容貌魁偉 英姿颯爽 2008 木にアクリル絵具、金箔 178×86.2cm(中央)、178×60cm(左右2点)
撮影=宮島径 個人蔵 ©TENMYOUYA Hisashi Courtesy Mizuma Art Gallery

乱舞纏繞 2008 和紙にインクジェット 35.5×38.5cm(左) 36×34cm(右)
撮影=宮島径 ©TENMYOUYA Hisashi Courtesy Mizuma Art Gallery

龍神来迎図 2007 木にアクリル絵具 186×106cm
撮影=村山正俊 
©TENMYOUYA Hisashi Courtesy Mizuma Art Gallery

アトリエには作品と画材のほか、数多くの文献資料などが整然と置かれ静かな時間が流れていた
知人から譲り受けた血みどろの兵士が描かれた月岡芳年の掛け軸
多くの作品は、刷毛や面相筆などの日本画の道具を使いアクリル絵具で描かれる

天明屋作品のアウトラインの美しさは、トレースされた新作の下描きにも現れている
天明屋尚 Hisashi Tenmyouya
1966年東京生まれ。レコード会社のアートディレクターなどを経て、美術家として活動。主な個展に2003年「傾く(かぶく)」、08年「闘魂」(以上ミヅマアートギャラリー、東京)。グループ展に02年「One Planet under a Groove : Hip Hop and Contemporary Art」(ウォーカー・アートセンター、ミネアポリス)、03年「The American Effect」(ホイットニー美術館、ニューヨーク)、06年「ベルリン - 東京展 」(ベルリン新国立美術館、ベルリン)、08年「ネオテニー・ジャパン - 高橋コレクション」(鹿児島県霧島アートの森、鹿児島)など。受賞に「第6回岡本太郎記念現代芸術大賞展」優秀賞など。
天明屋尚については、その独自性ある作品によってすでに読者にとっては、多くの説明を必要としないかと思う。本誌9月号特集「アウトローの美学」でも監修者として登場したばかりではあるが、あらためて彼が何者なのかを簡単におさらいして、今回のアクリリックスワールドをはじめるとしよう。

学生時代、ブレイクダンスやグラフィティなどのヒップホップ・カルチャーに触れ、独学で絵を学び、その後大手レコード会社のデザイン部に就職、アートディレクターとしてグラフィック制作を行う。その後、現代美術家=絵師へ転身するが、早くから権威主義的な美術の体制に対して、絵で闘うことを宣言し、自らを「武闘派」として標榜する。室町、江戸後期、幕末明治など、日本伝統流派の絵の様式を作品(題材)によって使い分け、自らの作品を「ネオ日本画」と命名している。彼の作品に見られるスタイル、複数の歴史(過去と現代)、文化(ハイとロウ)などの混交と価値の転倒は、ヒップホップの影響であることを自ら公言している。

また、近年再評価されている河鍋暁斎など、とくに幕末から明治にかけての、正統な日本美術史においてはあまりフィーチャーされていなかった絵師を意識的にメディアで紹介する(本人曰く「当時は暁斎の広報係という思いがあった」)ことで、正統な日本画から外されているもの(アウトロー)に光を当ててみせるなど、作品そのものだけでなく「言動」でも体制と闘う姿勢は一貫している。

と彼の説明をつらつら書いてきたが、注目すべきは天明屋尚という絵師の語りやすさである。作品とコンセプト、そして作家の考えを探り、掘り起こすといった語る側の作業負担が非常に軽いという点だ。その理由は、どんな場合も掘り起こすべきものが天明屋自身の手によってすでに掘り起こされているためだ。「武闘派」と称し絵で闘うことを宣言して以来、天明屋は「何者であるか」、その作品が「何なのか」を一貫して私たちに提示してきた。なぜそうする必要があるのか。それはおそらく「闘い」だからなのだろう。まるで戦国時代の武将が戦場での決戦の際に名乗りを上げるかのように、天明屋は仮想敵=体制に対して自分が何者かを明らかにして闘いに挑む。

「美術でいうと新しく更新していくことこそが、いま生きているアーティストたちがやるべきことだと思っているわけですよ。美術の体制が権威だとすると僕はその反対側。当たり前のことをやっていると思ってくれればいいのかなと。呑み込まれるのではなく、一対抗者というか……」。

しかし厄介なのは、相手が名乗りを上げてこないということである。それどころか戦場にすら姿を現さない。姿が見えず、掴みどころのない、まるで天明屋の作品で描かれた《鵺ぬえ》(2004年)のような怪物。それが、彼が闘いを仕掛けている相手なのだ。そんな相手だから闘いの支度は万全を期さないといけない。相手を知り、戦術を練り、武器を磨く。つまり日本画の歴史を綿密に調べ、テーマとスタイルを選び発表の場や見せ方を考え、作品のクオリティーを上げていくのである。彼の作品、彼の発言、彼の活動のすべてにおいて、私たちが目にしているのは、天明屋尚という絵師の闘いの物語の一断片だといえる。

「枠があると枠がないより新しいものは生まれにくいという考え方もありますが、僕は逆に生まれやすいという考えをするタイプの人間です。歌舞伎に例えると、昔からそのまま継承されているものがある一方、スーパー歌舞伎というのがありますよね。舞台上で滝を流したり、いままでの歌舞伎を継承しつつ、壊して新しい境地へ昇華していく、そういう発想こそが本来の歌舞伎の本質だったと思うんです。権威、守る側がいるから壊す意味、俺がいる意味がより引き立つといいますか。両方あって成り立つというか。守るべきものはしっかり守ったほうがいいと思うけど、僕はそっち側の人間ではないということでしょうね」。

既存の枠というものを前にして、絶えず更新していくことがいまを生きる人のやるべきことという彼の言葉は、ストレートに胸に響いてくる。天明屋が挑んでいるこの闘いにおそらく終わりはない。しかしこの闘い、体制とそれを破壊しようとするものがいるという事態を人が知るということ時点で、もしかしたら成功しているのかもしれないとも思うのだが、いやそれでは生半可と金箔地に描かれた、刀を振り上げる入れ墨の男に叱咤された気がした。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
私の一色 コバルトブルー [77-D]
武闘派天明屋尚が選んだ1色はコバルトブルー。「昔から青は好きで、この色を選んだのは単純にキレイな色という理由です。ふだんアクリルガッシュを使うことが多くて、原色はそれほど使わずくすんだ色を好むので、あまり作品に使うことはないですけど……。とくにイヴ・クラインが好きだからというわけでもないです(笑)。ただこの鮮やかさが好きです」。