ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2009/9
稲葉まり
\sl235\slmult0それは魔法みたいなものかもしれない

石井芳征(KANZAN)=取材・文
松村隆史=撮影(作品図版を除く)
Text by Yoshiyuki ishii Photo by Takafumi Matsumura

関口和之featuring竹中直人・分山貴美子
「カーマは気まぐれ〜幸せの黄色いリボン(口笛とウクレレ2より)」ミュージックビデオ 2008

「ETRO CIRCUS」アートブース内展示作品(音楽=Gutevolk) 2008

BSフジ「We Can☆」タイトルバック 2009
舞台「星の行方」(演出=生西康典 音楽=Gutevolk、植野隆司/Tenniscoats 映像=掛川康典 アニメーション=稲葉まり、せきやすこ ダンス=寺本綾乃) 2008(初演)
©神宮巨樹

ワークショップ・稲葉まり「コマ撮りアニメで遊ぼう」(あきちのがっこう、KANZANあきち)で子どもたち相手に奮闘する稲葉せんせい
海の生き物を描く子どもたちにやさしくアドバイス

コマ撮り撮影のために稲葉自らセットを手づくりした
切り取った魚をカラダに貼って海の世界に飛び込む準備
コマ撮り写真をつなげて海の中で遊ぶ子どもたちの実写アニメがつくられた
稲葉まり Mari Inaba
2002年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業後、クリエイティブユニット生意気に勤務、06年より独立。主なMVに、05年YUKI「66db」(アニメーション)、07年UA「黄金の緑」(アニメーション)、08年OLIVIA「Rain」(デザイン)、髭(HiGE)「Electric」(ディレクション)、Rie fu「Home」(ディレクション)など。主なグラフィック作品に、木村カエラ「BANZAI」CDジャケット(デザイン)、主な展覧会に、07年「A Memory of The White House」展(KANZAN、恵比寿)、08年ETRO 40周年記念イベント「ETRO CIRCUS」(代々木)など。舞台に、08年「星の行方」(SuperDelax、東京)。
手描きのアナログ感が、見る者に温かみと優しい感情をもたらす稲葉まりのアニメーション作品。クリエイティブユニット生意気のもとで、4年間、映像制作およびデザイナーとしての活動を経て独立、現在はフリーでグラフィック作品や舞台作品も手がける。

ただ甘ったるいだけのかわいさではなく、かといってあえて狙って毒気を盛り込むようなこともなく、どこかシュールで、ファンタジック、不思議な世界観が人を魅了する。彼女の作品を見て、大人がてらいなく「かわいい」と口にしてしまうのは、きっと彼女の表現のあり方が誠実だからだろう。

「小学生のときに夏休みの宿題で、簡単な作品をつくってきた子が多かった中、自分は間接が動くマリオネットをつくっていき、本気すぎでちょっと恥ずかしかった思い出があります。やり過ぎちゃった感があるというか。でも恥ずかしいと思いながらも手応えみたいなものを感じていて」。

子どもながら「手応えを感じていた」という言葉を聞いて、彼女のおっとりとした雰囲気とのギャップに、思わず笑ってしまったが、冗談ではなくこの「やり過ぎちゃった感」と「手応え」は、彼女の作品づくりの本質だといえる。そこまでは求められていないのにやってしまう、予定調和を裏切る感じ。既存のイメージやニーズをちょっと逸脱する彼女の「やり過ぎ」に、最初人は戸惑うかもしれないが、ゆっくりと新しい風景として受け入れ、価値観が少し更新したことに気づく。

「超個人的だと思っていたことに人は意外と反応してくれるものなんですよね。ニーズが見えないもの、『星の行方』(ダンスと音楽と稲葉のアニメーション作品が融合した舞台作品)を発表したときに、一個のストーリーを見たいと思っている人がこんなに多いんだと感じました」。

最近子どもたちを対象にしたワークショップを行った彼女。子どもたちの「やり過ぎ」に刺激を受けたという。

「いま自分の中で、『たが』が外れはじめて、子どもとつながるプラグを持てるというか。ちびっ子とわかり合えるような気がするんですよね。自分が思うものに近づけるための行動をとっていくと、子どもの頭の状態になるというか、彼らの考え方が、いまならすごくわかる気がして」。

稲葉はあるときからシフトチェンジして、「やり過ぎ」、オリジナリティーを突き進める方向へと転進していった。自分にブレーキをかけることを止め、あえてアクセルを吹かす。そのとき重要なのは、きっとハンドリングのテクニックだ。たんなる暴走では人を魅せることはできない。稲葉の作品は、そうした意味で「たが」を外しながらも、しっかりハンドリングがされている。だからこそ見る人を作品の世界観の中へ没入させることができるのだ。

「何が起きても不思議じゃないというのが私の中に前提としてある。ビートルズのアニメーション映画『イエロー・サブマリン』が好きなのも、ナンセンスでシュール、起こりえないことだけど、その可能性をビジュアルにしているから。そこには、リアリティーがあると思うんです」。

アニメーションでは、起こりえないことを目の前の光景として実在させることができる。これしかないのではなく、別のこれやあれがあるかもしれない。起こりえない「可能性」を起こすこと、オルタナティブな世界の広がりを人に見せて、実感させる稲葉の作品は、まさしくファンタジーにほかならない。それを「魔法みたいなものかもしれない」と彼女はいう。

「人がいて楽器があって、音楽が生まれる。現実には手を動かして弾いていようと、そこに生まれた世界で魔法を感じることができれば、それはファンタジーだと思うんです。そこには確かにリアリティーがあって、メッセージで訴えるとかではなく、人の共感を生んでその世界に入り込ませることができるもの、それがファンタジー」。

彼女に今後の予定を聞いた。
「日々不思議に思ったこと、気づいたことを発表したい。最近大きな発見があって、一部は見えているんですけど、まだちょっとしか見えないから、それがなんなのか人にもいえないんですよね(笑)。発掘に近くてちょっとずつ土を払って全体を掘り出していく感じですね」。

その「発見」を表現するのには、アニメーションではなく実写になるかもしれないという。さらに「たが」が外れ、彼女が生み出す魔法とファンタジーを体験する日が待ち遠しい。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
私の一色 ハンザイエローライト [45-B]
アニメーション作品で使われるモチーフをアクリル絵具で描くことも多いという稲葉が選んだ1色はハンザイエローライト。「GOLDENの24色の中でパッと見た時に直感的に選んだのがこの黄色でした。明るくて元気な感じが、いまの気分にあっていると思って。他の色と混ぜてもあまり濁らず自分のさじ加減でキレイな色がつくれるところも気に入った理由です」。
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