ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2009/3
タナカカツキ
家庭に美を届ける人

石井芳征(KANZAN)=取材・文
池田晶紀=撮影
Text by Yoshiyuki Ishii Photo by Masanori Ikeda

ALTOVISION_ALIVE 01 2009 キャンバスにアクリル絵具 130×162cm

ALTOVISION_RIBON 01 2009 キャンバスにアクリル絵具 130×162cm

映像作品集「virtual drug ALTOVISION」の1カット
ALTOVISION_Orizzonte 01 2009 キャンバスにアクリル絵具 91×116.7cm
「わだはガッポになる」展会場でも制作をしていたが、行き詰まり構想に耽るタナカカツキの図
「美」の再現のための描き込みは、個展会期中続いていった

左ー会場での取材の様子が、ネットでライブ配信された
右ー伊藤ガビン(右)+いすたえこ(中)が飛び入り参加。 VJユニット(VJ QUIZ)の3人が集合

100号の画面が繊細な筆致で光の色に埋まっていく
タナカカツキ Katsuki Tanaka
1966年大阪生まれ。京都精華大学美術学部ビジュアルデザイン学科卒業。在学中に小学館「新人漫画賞」を受賞しマンガ家としてデビュー。テレビ番組の構成作家などを経て、94年映像制作会社”kaeru-cafe”設立。「うたばん」などのオープニングやジングル映像の制作を手がける。主な著書に『バカドリル』『オッス!トン子ちゃん』(扶桑社)など。主なグループ展に、2004年「六本木クロッシングー日本美術の新しい展望」(森美術館、東京)など。主な個展に07年「タナカカツキの顔ハメ☆パノラーーーマ!」展(南青山 ICHYS GALLERY)、「タナカカツキの太郎ビーム!」展(岡本太郎記念館、東京)、08年「炎の画家タナカカツキの生涯〜わだはガッポになる」展(CALM & PUNK GALLERY、東京)など。Blu-ray「virtual drug ALTOVISION」(ポニーキャニオン)が発売中。
「炎の画家タナカカツキの生涯〜わだはガッポになる」。CALM & PUNK GALLERYで開催された、この引きのある個展タイトルの意味が気になりタナカに意図を聞くと、タイトル自体と展覧会の内容につながりや深い意味は「まだ」ないという。
 
「はじめ伊藤ガビンさんから『炎の画家タナカカツキ』というタイトルが出て、炎の画家といえばゴッホか棟方志功だろうと。ほかと分類しやすいからつけているだけで、意味はないですよね。でも今後わかると思うんですよね。ああこれか、確かにあれは棟方志功だったと(笑)」。
 
展覧会は、昨年末発売された映像作品集「ALTOVISION」の上映展示とともに、45分間の映像(35万枚におよぶカット数)の中の1カットを絵にしたものが並んでいた。ブルーレイ版だけあり、膨大なデジタル情報を含んだその作品は、完成までに4年の時間がかかったという。元絵となる素材をタナカが用意し、それをコンピューターが延々と自動生成していく。

その映像群から厳選し、「どこをとっても美しい」ひとつの映像作品に仕上げるという作業。作者自身もコントロールしきれない、見たことのない風景がつねに彼の前に立ち現れる。「私」や「自我」を超越したものとの出会い、いうなれば4年間に渡る「未知との遭遇」体験を彼はしていた。
 
「一言でいえば『美』をやっているんだと思うんですよ。映像にしても、絵画にしてもきれいだなと思う、うっとりするようなシーンを描いているんです。絵画も観念的になる前は、自分がきれいだなって思うものとか圧倒されたもの、自分の手でなんともできないもの、例えば神とかに対して、『わーっ』と感動して、それをなんとか定着させようと描いていたと思うんです」。
 
そういう意味で今回展示されていた絵は、彼の言葉を借りればまさしく「ザ・絵画」だ。美しいものをただただ美しく画面に定着させる。絵画としての意味やそれをつくるにあたってのコンセプトといった「観念的・左脳的」なアートではなく、「スーパーベタな美術鑑賞に基づいたなんのてらいもなく」描かれたピュアな絵画だといえる。タナカカツキは、もっともアートや現代美術から遠くにありながら、もっとも近道で「美」を人に届ける術を心得ている。そこだけに集中している。
 
「子どものころにゲジゲジを見つけて、裏返すと脚がグシャグシャってなっていて、それをじっと見ていましたね。いま思えば、美しくて目を取られていたんだと思いますね。ある意味あの時間は、大人になって言葉にしてみると宗教的な時間だった」。

彼はコンピューターの中でも、これと同じような「経験」をしていたという。そのある種宗教的な時間、超越したものとの出会いにアナログ/デジタル、自然/人工といったような境界線はない。そこにはただ「美しいという基準」だけが存在する。そしてそれは誰にでも開かれている。

「見たことない、美しい風景、どうしようもない世界が現れてくるんです。自然のように手に負えないし、僕らの想像をどんどん越えてきますよ。これと同じような経験がコンピューターを見ていてもある。言葉ではなく、実感するしかない世界ですよね。その実感するということだけが重要なんですよね」。

コンピューターが吐き出す新たな「自然」に目を輝かす。まさしく人が「絵」を描く根源的な理由で、彼の絵は生み出される。タナカが目指すのは、そうしたうっとりする「美」の体験をより多くの人に届けることである。彼の制作の基準は「美術」でも「アート」でもなく「美」であり、その「美」を見に来てもらうのではなく、こちらからより多くの人に届けたいというのが彼の姿勢である。

「まずは食卓にあがってなんぼというか。人の家まで届くということだと思うんです。とくにテレビ(モニター)があれば届くようなものには興味があります! アートっていうといきなり閉じてしまうので、家庭に届く美をやっていきたいですね」。

DVD映像集、書籍、ラジオ番組など、まさに垣根のない平たいメディアを使ってタナカカツキが家庭に届けようとしている「美」。そんなうっとりする時間を私たちが日常的に受け取れる日が早く来てほしいと思う。取材の帰りがけ、ギャラリーにほど近いビルのエントランスにふと目をやると、そこには棟方志功の絵が何気ないにも程がある自然さで掛かっていた。その偶然の遭遇に「わだはガッポになる。ああこれか」と妙に納得した。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
私の一色 パーマネントグリーンライト [52-B]
タナカカツキが選んだ一色は、パーマネントグリーンライト。実際に絵具を制作途中の作品に使ってもらい、彼の緑に対する思いを聞いた。「葉っぱとか植物類をなんで緑にしたんだろうって思いますね。神様か誰かが決めたとして、光合成とかなんで緑にしたの?って。色って波長があるというけど、写真のヒストグラムでも緑はすごくきれいなラインが出るらしい。なぜ緑か? 理由は『美しいから』なんでしょうね」。