ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2009/1
加藤千尋
ハイブリッドが物語を増殖させる

石井芳征(KANZAN)=取材・文
吉次史成=撮影(作品図版を除く)
Text by Yoshiyuki Ishii Photo by Fuminari Yoshitsugu

花鳥交雑長尾髷 2008 キャンバスにアクリル絵具 91×89.4cm Photo Kei Okano

左ー夢見る頃を過ぎて 2007 キャンバスにアクリル絵具72.7×33.3cm
右ー狂生 2008 キャンバスにアクリル絵具 91×116.7cm Photo Kei Okano 3点ともCourtesy Yuka Sasahara Gallery

ハイブリッド(写真右) 2004 石粉粘土、 樹脂粘土、アクリル絵具 11.0×13.0×15.5cm 撮影=佐藤英
ハイブリッド 2006 石粉粘土、樹脂粘土、アクリル絵具、 アクリル系繊維 サイズ可変 撮影=佐藤英
図鑑的な表現をするために使うのは日本画の面相筆とアクリル絵具
エスキスが描かれたノート。モチーフの周りには、物語の種が散らばる

左ー薄く繊細に何層にも色を重ねて描かれた新作。自然と人工が混じり合う
右ー資料も図鑑的なものを使う。植物は、自ら写真に撮ってリアルさを追求

アトリエで新作2点を前にする加藤。新たなハイブリッドな絵画が待ち遠しい
加藤千尋 Chihiro Kato
1974年宮城県生まれ。2003年東京藝術大学美術学部絵画科卒業。05年東京藝術大学大学院美術研究科修了。主な個展に、07年「花信」(Yuka Sasahara Gallery、東京)。主なグループ展に、04年「サスティナブル・アートプロジェクト2004 言の問い」(旧平櫛田中邸、東京)、05年 「夏の蜃気楼 ー自然をうつしだす現代の作家たちー」(群馬県立館林美術館、群馬)、06年「YSG project vol.1 加藤千尋/三宅砂織」(Yuka Sasahara Gallery、東京)、07年「アートみやぎ 2007」(宮城県美術館、宮城)、08年「JAPAN NOW」(Inter Alia Art Company、ソウル、韓国)。08年「宮城県芸術選奨新人賞」受賞。
人工と自然が奇妙に結合し一つの生命をカタチづくる加藤千尋の絵画。植物と動物(鳥や昆虫、海の生物)、そして古くから日本にある意匠などが混じり合い、それぞれの形態の相似を生かして結合してできたハイブリッドな新種の生物は、それ自体はあり得ない存在であり異様さを放つが、それはあくまで自然に、何事もなく当たり前に存在するふうに描かれている。画風の上でボタニカルアート(図鑑の挿絵)を参考にしているという事実もまた客観性を与え、その存在の自然さを保証することに寄与していると言える。

その意味で加藤自身は、イレギュラーさを強調するというよりも、イレギュラーな存在が、自然に適応した後の世界を描くことに興味があるように思える。

「花屋に並んでいないような植物。最近温暖化のせいか東京でも路地とかに、熱帯性の植物が生えていて、もともとは誰か人の手で育てられたものが半野生化したもの、例えば伸びきったサボテンとかに惹かれます」。

この話を聞いて思い浮かんだのが、古川日出男の小説『サウンドトラック』に描かれた東京の風景だ。ヒートアイランド現象により熱帯化した東京、神田川には中東系移民がボートで暮らし、神楽坂一帯はゲットーと化す。作者はこの新たな自然=変わってしまった東京を肯定する。男/女の性別を切り替える文字通りトランスジェンダーなゲットー出身の少女(小説内では、一人称を「あたし」から「俺」「僕」と変化させる)の存在など、ハイブリッドな風景としての東京を舞台にした純血主義に対するレジスタンスの物語である。

加藤の絵画は、この小説のような明確なレジスタンス性を帯びているわけではないが、彼もまたハイブリッドを肯定し、その混沌に惹かれた人間の一人であることに違いはない。そしてその混沌が物語というものを引き寄せる。

「ハイブリッドなものが生息している環境だとか、それが生まれた理由とか、どんどん物語が生まれてきて。植物の名前の中にも謂れ、ストーリーが内在しているものもあり、物語を感じずにはいられなくなった。いろいろな寄せ集め、物語のハイブリッドで、さあ何ができるか」。

こうした加藤のハイブリッドへの関心は子どもの頃からのものだという。幼少期に庭先に植えられた五月の花の品種改良を試みて、赤と白、異なる色の花の花粉を交配させてみたというエピソードから、なぜ生物学ではなく美術の道に進んだのかという疑問が最初に浮かんでくるが、もともと絵を描くのが好きだったということ(植物の絵ばかり描いていた)、そして父親が書道家だったことなど、いろいろな要因が考えられる。が、いちばん大きいのは、彼にとって絵画という場所がどこまでも自由に、思いのままにできるハイブリッドの実験場であったからだろう(一方立体は、そのものをつくるという意味でハイブリッドを実現化する場である)。そして加藤の関心は絵画そのもののハイブリッドへと移行しつつある。

「理想としては、ここは平面的に、ここは立体的に、ここはドローイングというふうに、描き方自体もハイブリッドであること。植物や動物、モチーフ間の掛け合わせから、ハイブリッドの定義が変わってきている。違和感こそがハイブリッドなのかなと思っています」。

おそらく加藤の考えている違和感というのは、単なるコラージュなど異なる素材を同一画面に配することで、地と図の関係を問題にして、かつて当たり前に物語の生まれる場であった絵画そのものをいまさら解体し批評すること、物語の不可能性を絵のテーマにすることではない。おそらく時代はそのフェーズをとっくに終えている。そして加藤の発言からは、彼自身そのことを感覚的に感じていると推測できる。加藤の中ではハイブリッドであり混沌であることが自然なのであり、その新たな自然を前提とした「違和感」というものは、間違いなく前述の絵画の違和感とは別種のものである。おそらく加藤が目指す違和感は、物語を解体するのではなく、創造していくものであろう。異なる物語(血)を持ったもの同士が、自分の手を介し、全く新たな物語が生まれる。彼はその蜜の味を知っている。

「掛け合わせる要素が増えてきていて、増えすぎて何を言いたいのかよくわからなくなる時もある」。
ハイブリッド、掛け合わせの数を増やせば増やすほど、それは自分でもコントロールできない壮大な物語の渦となって回転し、彼を巻き込む。その翻弄される快楽に抵抗することは誰もできない 。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
私の一色 ローアンバー [116-A]
「基本的にすごく薄く絵具を塗るんです。今回使ってみてGOLDENのこの色は、自分が求めていたローアンバーだと思いました。理想の色ですね。少し影をつけたいときに、この色を薄くかけるように使うことが多いんですが、乾きが速いので僕のように重ねて描いていく画風には適していると思います」。