ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2008/11
長井朋子
描ききれない壮大な物語世界

石井芳征(KANZAN)=取材・文
吉次史成=撮影(作品図版を除く)
Text by Yoshiyuki Ishii Photo by Fuminari Yoshitsugu

しだれざくら 2008 キャンバスに油彩、アクリル絵具 131×162p Courtesy Tomio Koyama Gallery

Housekibaco 2007 キャンバスに油彩、アクリル絵具 131×162p Courtesy Tomio Koyama Gallery


森での話 2007 
キャンバスに油彩、アクリル絵具 
182×227.5 p Courtesy Tomio Koyama Gallery

みんな染めて貰いに行った 2007 
キャンバスに油彩、アクリル絵具 
194.3×520.8 p Courtesy Tomio Koyama Gallery

絵の中に入り込みながらも、画面の上のリズムはつねに意識している
様々な画法と質感が1枚の絵の中で重なり合う

左―ドローイング1枚1枚すべてが彼女の中の空想の世界の断片
右―人形や小物など身の回りのものが絵のモチーフとなる

制作中の3枚の大作が並ぶ。3つの物語世界を同時並行して描いているという
長井朋子 Tomoko Nagai
1982年愛知県生まれ。2006年愛知県立芸術大学美術学部美術科油画専攻卒業。現在、神奈川県在住。個展に、07年「バラも馬に歌にミドリも庭」(トーキョーワンダーサイト本郷、東京)、08年「project N 33」(東京オペラシティ アートギャラリー)など。グループ展に、05年「マンドラゴラと3本の角」(YEBISU ART LABO、名古屋)、06年「カウパレード東京 in 丸の内2006」(丸の内/屋外展示、東京)、「トーキョーワンダーウォール公募2006」(東京都現代美術館)。11月1日から小山登美夫ギャラリーにて個展開催予定。11月22日〜2009年1月12日トーキョーワンダーサイト本郷でブラジルと日本の若手アーティスト展に参加予定。

彼女の絵の前に立つと、劇場に入り込んだ時のような気分になる。それは限られたセットの中で起こる劇のワンシーンを見る感じに近い。しかしその場面が、そもそも物語全体の中でどのような位置づけで何を意味するのか、その前後のシーンはどのようなものなのかは不明なままだ。それを知る術を与えられていない私たちは、彼女が描いた物語をただ見守るしかない。

「基本的に私の中で空想の世界があって、その中の出来事の一つが、一枚の絵になっているんです。だから場所は違うかもしれないけれど、この森とあの森、この部屋も、みんな大きなところでつながっているんだと思います」。

自分でも描ききれないほどの広がりを持つ長井の空想の世界。一場面一場面は決して雄弁とは言えない物語。雄弁ではないけれど、なぜだか充足していて、見るものの気持ちを優しくしてくれる。彼女は、子どもの頃よく人形遊びをしていたという。そのドールハウス的な世界のつくり方(想像力)が、いまの絵の描き方にも影響を与えているのは確かである。

「絵の中のモチーフ(登場人物)は、言葉をもっている場合もあるし、何も言わない子もいる。描いていくうちに、表情が出てくるのを見て、眠そうな感じだなとか、おっとりしてるんだろうなとか。絵って100%自分が思った通りには描けない。偶然の固まりだから、できあがるまではわからない」。

どこかの森で、女の子がただただコタツ布団を縫っている。またどこかの部屋では小熊がベッドの中で鳥の夢を見ている。小熊を囲んでいろんな鳥が集まっている。そしてしだれ桜咲く原っぱには、宇宙飛行士やら猫のバッグやらがお花見している。

「誰か」がいて、その「誰か」が「何かをしている」。ただそれだけのことで物語を成立させてしまう彼女の絵画。それ以上でもそれ以下でもない、とても具体的でシンプルな一場面に遭遇すると、「なぜ」と問いかけることが無意味に思えてくる。この場面が何を意味するのかなんてどうでもいいことで、物語が確かにそこにあるということ、それを見ている自分がいるということ。他に何を望む必要があるだろうとさえ思ってしまう。

 彼女の絵の舞台は室内か、森であることが多いが、それは人形遊び的なイマジネーションによるところと、単純に絵のサイズ、紙が小さいから部屋、少し大きいキャンバスだから森と、画面のサイズによって絵の舞台が決定されている部分もある。大きな作品を描く機会が多くなったことも影響してか、最近は宇宙的な設定の絵も描くようになった。しかしたとえ設定が室内から森、そして宇宙へと大きくなっても、彼女が描く物語特有の、有限のフレームの中に世界が凝縮している、あの感覚は変わることはない。

「思い浮かんだら、早くしないと頭の中のものが消えちゃうから、忘れないように言葉にしてメモするんです。スケッチで成功しちゃったら満足してしまうから、下描きはしないです」。

断片であり同時に全体のようなその物語のあり様は、「はじまり」と「終わり」という物語の法則から自由で、つねに「現在(いま)」として私たちの目の前に現れる。それは音楽に身を浸らせている時の体験に似ている。私たちは一枚の絵を前に、彼女の頭の中にある壮大すぎて、当分は完成することのない未完成な交響曲のワンフレーズを聴かされているのかもしれない。

母親が書道をたしなみ、家にあった書の本を広げて見ていたという長井。書もまたリズムと余白、一つの形の中に時間を含んだ音楽的な視覚表現と言える。そうした「絵のリズム」は、彼女が絵を描く際に重要な要素となっている。色の配置、油彩、アクリル絵具、ペン、鉛筆など画材によるマチエールの違い、シールなど素材による違い、いろいろな「違い」がリズムを生み、一つの画面を充満させる。止めどない音源=空想のイメージを、彼女は作曲家のような客観的・俯瞰の視点で描いている。

「描きたいのに、壮大すぎて描けない。たくさんのイメージが頭の中にあるんですけど。枚数を重ねていつかはもっともっと思うように描けたらと思います。どのくらい壮大か? 言葉には変換できないです。いまも浮かんでいるけれど、絵だから言えない」。

どこまでも壮大な空想の物語世界。そのすべてを体験できたらと夢見る私たちは、すでに彼女の物語の中に参加している。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
私の一色 ファインゴールドディ―プ FINE GOLD DEEP [174-C]
「シャンデリア、チェーン、星などキラキラしたものを描くことが多いので、ゴールドはほとんどの絵の中で使っています。ファインゴールドディープは、絵をきゅっと引き締めてくれる。水を混ぜずにチューブから直接筆につけて、使えるところがいいですね。絵具を画面に盛るように描いて、チェーンらしさを表現できたり、とても使いやすいです」。