ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2008/1
パラモデル
閉じられた世界を守ってゆく 守られた少女たちが開く別の物語

石井芳征(KANZAN)=文 
間部百合=写真(作品図版を除く)

上●パラモデリック・グラフィテー「新・公募展」(広島市現代美術館)展示より 2005 
プラレール、プラモデル、砂、カラーパウダーなど 400×700×400cm
下●幽霊の落書き―夜の金型工場 2006 ラムダプリント 100×120cm 
協力/株式会社タカラトミー Courtesy mori yu gallery


未知なる既知 2007 杉板に鉛筆、色鉛筆、アクリル絵具 27.6×57.6×3cm Courtesy mori yu gallery
どうか、建築が気ままに続いてゆきますように、、、(conclete volcano) 2007 杉板に鉛筆、色鉛筆、アクリル絵具 57×45×4cm Courtesy mori yu gallery

中野のアトリエ兼自宅。絵画作品は主に中野が担当している。アトリエ内に置かれているのは、制作中の絵画作品。「以前は下絵を描いてトレースしてましたけど、最近は直接板に描いています」
月光さす夜、無敵のキッド・パラモデリックに変身できますように、、、 2007 焼桐板に鉛筆、アクリル絵具 130×180×4.5cm Courtesy mori yu gallery
パラモデルの作品コンセプトを象徴する「画材」のプラレール。インスタレーションの際には、大量に必要となる

協力/株式会社タカラトミー、mori yu gallery 「プラレール」は、株式会社タカラトミーの登録商標です

パラモデル paramodel
林泰彦(ディスプレイデザイナーを経て、2001年 京都市立芸術大学構想設計専攻卒業)と中野裕介(02年 同大学日本画専攻修了)が01年に結成したアートユニット。03年にユニット名を「パラモデル」に。共に東大阪出身。主な個展に、07年「ぼくらのプラント建設」(mori yu gallery、京都)、「パラモデル展」(高知県立美術館、高知)など。主なグループ展に07年「『森』としての絵画ー『絵』の中で考える」(岡崎市美術博物館、愛知)、美麗新世界:当代日本視覚文化(long marchi、北京/広東美術館、広州)など。

2003年に正式にその名で活動し始めた、林泰彦と中野裕介のアートユニット「パラモデル」。インスタレーション、絵画、写真など複数のアプローチで「para-model:極楽〜パラドックスの模型/設計図」というコンセプトを核に制作活動をする。子どもの頃、誰でも一度は遊び、目にしたことがあるプラレール(プラスチック製の玩具の線路)が、床や壁、天井、展示空間全体を覆いつくすように広がり、図像(風景)を描く彼らの作品。
 
描かれる場所は、美術館やギャラリーといった、いわゆるホワイトキューブに限らず、ビルの屋上、体育館、工場、池など屋外にまでおよぶ。空間に沿って、さらには、空間をはみ出してもいく青い描線は、抽象的な図形でありながら、木や雲や河のようにも見立てられる。作品によってはミニカーや小さなフィギュアが配置されたものもある。
 
写真にせよ、インスタレーションにせよ、絵画にせよ、パラモデルの作品にはどれも、枠組みを取り払ったところで繰り広げられる箱庭(ジオラマ)遊びの感覚がある。そしてその没頭する箱庭遊びの軌跡が、オートマティックな線路のドローイングとなり絵として立ち上がるのである。
 
大学の同級生でそれぞれ構想設計と日本画を専攻し、異なるバックボーンをもつ二人。ユニットといっても、二人それぞれの作品を見ると、得意とする領域や趣向性の明確な違いがある。メカニック的なものを好み、システム的な発想とアプローチをする林、かわいらしいキャラクター風の絵やフィギュア作品をつくりながらも論理的アプローチをする中野。二つの異なる個性が共存している様を、彼らは漫画家の「藤子不二雄」の存在にたとえる。

「いわゆるユニットですけど、独特なあり方ができたらいいなと思っているんですよ。緩やかに同じ世界を共有しつつ、独立もしている。藤子不二雄みたいなあり方が理想ですね」(中野)。

「お互いが同じ空間にいるけど、違う時間で遊んでいて、それがある瞬間混じり合うときもある。模型や積み木で子どもがゴッコ遊びをやっているようなニュアンスですね。そういう遊びからフッと何か不思議なものに飛躍する瞬間があって、その辺のおもしろさをずっと考えていますね」(林)。
 
ユニットとして活動する彼らが、コラボレーションなど、「共同」を意味する接頭語「co-」ではなく、あえてパラレルやパラドックスなど異なるものが自律しながら一つの空間に同居する意味をもつ「para-(パラ)」という言葉を選んでいる点は、彼らの作品を知る上で大きな手がかりとなる。

玩具を素材に使っているということで、思い出すのが、1990年に発表された中原浩大の、レゴ・ブロックを17万個使用した作品だ。小さくて軽い、ポップな色あいのブロックでできた重くて巨大な「彫刻」。その歪さが、「日本の現代彫刻」の持つ根拠の不確かさ・あいまいさを露にし、その批判性が評価を受けた作品である。
 
しかし同じ玩具を素材にしていても、パラモデルの作品にはそのような「批判性」は強く匂い立ってはこない。中原―村上隆という系譜を経て、ポスト村上隆世代の彼らは、90年代のシミュレーション的なアイロニーといったネガな方向からの攻め方をとらない。彼らの「模型遊び」は、アイロニーやアンチテーゼ(批判)ではなく、本気で遊んでいるからこそ可能な、具体的なカタチを持ったクリティカル(批評)モデルなのだ。

「模型遊びからの飛躍が生み出す何か」。そのポジティブな響きを、無自覚な未来志向と読み誤ってはいけない。彼らは、そうした考えが起こしてきた過ちを十分認識している。闇雲に可能性や希望を唱い、一つの未来へ導いて行く「co-(共同)」の幻想ではなく、どこに行くかわからない、何になるかわからない、交わったり交わらなかったり、矛盾や不確実性をもった、終わりのない「para-(パラ)」な世界を彼らはモデル(模型/設計図)にするのである。

「工事現場が好き」だという彼ら。建物の完成とともに消えてしまう過程の風景。スタートでもゴールでもなく、プロセス(生成過程)の時空間そのものに価値をおく態度は、人の願いや祈りをカタチ(模型/設計図)にした「絵馬」をテーマにした絵画作品にも現れている。願いが叶うことがゴールだとするなら、願いそのものをカタチ(模型/設計図)にされた絵馬は、まさに過程の風景だといえる。
 
不確定な未来を受け入れ、本気で遊んではじめて、立ち現れてくる過程の風景。平行する二つの線路上を走る林と中野それぞれの列車。異なる二つの個性が、スイッチポイントで交差し瞬間混じり合っては、また離れて行く。二人の「模型遊び」が永遠に続くよう願う。どうか線路がどこまでも続きますように……。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
私の一色 スカイブルー SKY BLUE [72-B]
「プラスチックっぽいブルー、子どもの頃からベタな青が好きですね。ブルーシートとか現代の日本的な色といえるかもしれない。初の展覧会が『青空ランドスケープ』で、いま考えるとけっこうつながっているんですよ。何となくずっと青が作品の基調としてあった。このスカイブルーはまさに僕らが使う青色に近いですね」。