ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2008/1
大竹司
六畳間から生まれるポップでキッチュな「微妙な日本」

石井芳征(KANZAN)=取材・文 
長谷川聡=写真(作品図版を除く)

左●交換日記 2007 麻、アクリル絵具 145×90cm
右●DOUGHNUT 2006 麻、アクリル絵具 160×76cm 2点とも撮影=木奥恵三Courtesy of YAMAMOTO GENDAI


左●日本画専攻の大竹。画材をアクリル絵具へ変えたことで絵のスタイルも変わったという
右●現在制作中の新作。静物画に対してもつ記憶とその違和感がテーマ
左●小学校の頃から得意とする切り絵。絵画の上に切り絵を貼った作品もある
右●絵のモチーフにも使われるフィギュアが数多く部屋に並ぶ
Common Story
2006 麻、アクリル絵具、紙(ペインティングの上に切り絵)、額装 50×74.5cm
撮影=木奥恵三Courtesy of YAMAMOTO GENDAI

Live forever
2007 キャンバスにアクリル絵具 91×116.7cm

おおたけ・つかさ Ohtake Tsukasa
1978年名古屋市生まれ。99年金沢美術工芸大学日本画専攻卒業。03年GEISAI4銅賞受賞。主な個展に、03年個展(ウエストベスギャラリーコヅカ、名古屋)、06年「クリーム」(山本現代、東京)。主なグループ展に、04年「弐千四年睦月展」(ウエストベスギャラリーコヅカ、名古屋)、05年「GEISAIメダリスト展」(東京ビッグサイト、東京)、07年グループ展(MOGADISHNICPH、コペンハーゲン)。
大竹司HP http://ohtaketsukasa.art758.com/
大学では日本画を専攻していた大竹司。日本画的な構図や平面性とポップな色遣いで、日本独特のキッチュなモチーフを描く彼のスタイルは、GEISAI受賞者という経歴もあり、取材前には村上隆からの影響を漠然と連想させた。しかし大竹のアトリエで眼にした描きかけの新作や、彼自身の話を聞くことでその連想が、少し的外れだったことに気づかされた。影響を受けたアニメはという問いには、「保育園の頃、再放送の『銀河鉄道999』はよく見ていましたけど、それ以外はアニメもマンガもあまり見なかったです」。また村上隆と比較されることはあるかという問いには「今までほとんど言われたことはないし、意識していないです」とあっさり否定された。

確かに日本のポップやキッチュをテーマとして扱っているという点において大竹の作品もまた「日本」という場所でこそ、生まれえた表現であることに変わりないが、大竹の極めて私的なアプローチで描く絵、つまり名古屋郊外の六畳ほどの部屋から眺めた「微妙な日本」は、ポスト村上隆の時代を強く印象づけるとともに、村上以降の世代にとって「日本」という場所にまだ描かれきっていない未開墾の地が残されていること教えてくれる。

Z 「最近は、あまり意味のなさそうなもの、日本的、西洋的というふうに括り切れないもので、当たり前に日常の中にありそうなものをモチーフとして組み合わせています。知らない間に生活に入り込んでいるというか、何となく受け入れてきたものに興味がある。たとえば最初は西洋的なものでも、受け入れていくうちにカタチとかも少しいびつになってきますよね。冷静になってみると変な感じのものが結構ある」。招き猫や七福神の人形、アニメキャラ的な擬人化された動物、日本の住宅ならではの四角い笠の電灯、ブラウン管のテレビ、アメコミ的な描法で描かれた煙りや渦などのモチーフが、たとえば掛け軸を思わせる縦長の画面に、80年代風のファンシーでポップな色遣いで描かれる。このように一つの絵として描かれると、違和感のある奇妙な風景ではあるが、私たちはその組み合わせが醸し出す違和感を日常の中で経験している。それはたとえば、色褪せた陶器製の七人のこびとが飾られた築20年くらいの一戸建ての軒先や、銀行でもらってきたゆるいキャラクターの貯金箱と鶴亀を描いた掛け軸がいっしょに並ぶ床の間など、いびつで「微妙な日本」の風景である。

単純にインテリアの趣味が悪かったり、スタイルの統一に失敗しているだけの話かもしれないが、あえて深読みすれば、それは統一した世界、物語(図)が展開できるだけの風景(地)を成り立たせようとすることへの日本的な無頓着さを象徴する風景だ。そして大竹の絵が日本のポップやキッチュをテーマとしていると言える理由は、まさにその物語が成立しえない、地と図が混然となった無頓着な風景のもついびつさを彼が再現しようとしているからである。

「何となく見たことあるような、みんなの記憶のどこかに残っていて、そこに少しだけ擦かするようなもの。匂いなんかを思い出すような雰囲気はつくっておいて、でも掴みどころがなくて、入り込もうとしてもその先には何もないようなものを描きたい」。

何ごともなく日常に溶け合った液体のように滑らかに過ぎていく風景。大竹はそんな風景から、埋没した異物を取り出し、異物のまま並べてみせる。いびつさと微妙さがわかりやすく整理され、見るものの記憶を「擦る」モチーフが思わせぶりに並ぶ風景は、一瞬その先に何かの意味や物語を期待させる。しかしそこには何も用意されていない。ただあの「微妙な風景」に触れた時のザラっとした手触り、感覚的なリアリティーだけが与えられ、見るものをその場に置き去りにする。

「違和感みたいなもの、ひずみみたいなもの。そういうものを見逃さないようにはしたいと思っています。最近ステンドグラスをやりはじめて。ステンドグラスもちょっとギリギリな感じがするじゃないですか。ステンドグラス風シールとか、結局何なんだろうみたいな。そういう怪しいとか、信じきれないようなものをつくりたい」。

そんな「怪しくて信じ切れない」風景が、日本中どこにでもありそうな、普通の郊外の住宅地の六畳の部屋から日々生み出されているという事実がまた、ポップでキッチュな「微妙な日本」の姿そのものであると言えなくもない。アトリエに置かれた制作中の微妙な違和感を漂わせる静物画を前に、そんな考えが過よぎった。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
イエローオーカー YELLOW OCHRE [104-A]
「動物を描くことが多いのでよくこの色を使います。キャンバスに塗った時も、チューブから出した時の色がそのまま出るので、絵が想像しやすいですね。薄く伸ばしても発色がいいので、他の色の上に薄めて重ねて使ってもいいかなと思います。いま描いてる新作には、最後に古びた油絵の表面っぽさを出すためにこの色を薄くかけようかと思ってます。