ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2006/11
中岡真珠美


石井芳征=取材・文 
福永一夫=写真(作品図版・個展風景を除く)

Drip 2006 キャンバスにアクリル絵具、油彩、カシュー(人工漆) 140×152cm
©Masumi Nakaoka / O Gallery eyes 写真提供=Oギャラリーeyes


左上●ジェッソにモデリングペーストを混ぜたものを塗り重ね、仕上げにサンドペーパーで 磨き、平らなプレート状にする
右上●自宅からアトリエへ通う道すがら撮影した風景のスナップ。「絵画としての風景」は この中から生まれる
左下●アクリル絵具、油絵具、人工漆など複数の画材を併用、多様な質感で複層的な画面が つくられる
右下●作品の基本となる、風景から抽出された線とシルエットの下絵が壁を埋める
上●silent repetition 2006 キャンバスにアクリル絵具、油彩、カシュー(人工漆) 91×96cm
下● poker face 2006 キャンバスに油彩、カシュー(人工漆) 23×16.5cm
©Masumi Nakaoka / O Gallery eyes ともに写真提供=Oギャラリーeyes


上●ヤマスソ 2006 キャンバスに油彩、カシュー(人工漆) 18×16.5cm
下● 今年の6月にOギャラリーeyes(大阪)にて開催された個展展示風景
©Masumi Nakaoka / O Gallery eyes ともに写真提供=Oギャラリーeyes

なかおか・ますみ Nakaoka Masumi
1978年京都府生まれ。2002年京都市立芸術大学美術科卒業。04年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。個展04年(Oギャラリーeyes・大阪)、05年「project N」(東京オペラシティアートギャラリー・東京)、06年(Oギャラリーeyes)。主なグループ展に、02年「VECTOR 12」(海岸通ギャラリーCASO・大阪)、03年「トゥールビヨン」(Oギャラリーeyes)、04年「神戸アートアニュアル2004-トナリノマド」(神戸アートビレッジセンター・兵庫)、05年「第1回倉敷現代アートビエンナーレ西日本」(倉敷市立美術館・岡山)、06年二人展(川口奈々子・中岡真珠美)「Drawing-Exposed essence」(Oギャラリーeyes)など。05年第1回倉敷現代アートビエンナーレ西日本・準グランプリ受賞。2007年3月15日−30日に開催される「VOCA展2007」(上野の森美術館)に出品予定
自分の絵が抽象画だという意識はあるかという問いに、中岡真珠美は首を横に振った。「いいえ、思いません。何を描いてる人かと問われたら、自分は『風景画家』だと答えます。半分は違う意味が含まれていますけど」。中岡
の言う、半分違う意味が含まれた「風景画」≠ニは何か。それは、「風景の絵画」と「絵画という風景」の違いである。中岡が描くのは、その後者、「絵画という風景」である。

かつて油彩で描いていた頃の中岡の作品は、植物や家など単体のモチーフを、その輪郭を歪めたり、デフォルメしていくような画風であった。現在の作品ほど抽象性は強くなく、家は家、木は木として、まだモチーフの属性を消失しないまま描かれていた。「昔からカタチそのものに興味があったんですが、一つのモチーフだけで描いていると、絵が収縮していく感じがして、もっと広がりがあるように描きたかった。それで風景を描くようになったんです」。

中岡の「風景画」は、写真をもとに描かれている。自宅からアトリエへ通う間に目に触れた風景を彼女自身が撮影したものを利用することが多いという。写真はごく普通に景色を撮ったスナップで、とくに特徴的なものが写っているようには見えないが、そこには彼女にとっての絵になる「カタチ」が潜在している。被写体は山や樹木などの自然の景色が多いが、その一方で街中のビルと街路樹、コンクリート塀の上に映る木の影、人の手で刈り込まれた植木など、人工的な造形と自然の造形が融合した風景も目立つ。

「心地よく、完美≠ネ形態。車内から見る高速道路の描き出す曲線や、まるでそうあったかのように刈り込まれた木々。日常にとけ込んでいるものの中に、私は心地よさと、人工的作為の共生を見ては悦びを感じる。それらを取り入れ、反芻していく過程で彼等は元の意味を失い、ただフレームを残し、画面上に膜となって現れる。日常と作為の境を抽出し、描いていきたい」(2003年グループコメントより)。

中岡は、下絵をつくる段階で、撮影された風景を繰り返しコピーやトレースし、そこから絵となる「カタチ」だけを抽出していく。この過程で、現実の風景やモチーフが持っていた属性(意味、マチエール、色)は、消失する。人工物と自然といった区別も、樹木の木肌やコンクリートの質感の違いも消え去る。空、山、木、ビル、高速道路、すべてが「カタチ」を縁取る線へと還元され、シルエットとなり、等価的に扱われることになる。現実の風景(実体)から切り離したシルエットを、「絵が破たんしないように、最初に風景を見た時に抱いた印象は最後まで保ちながら」、彼女にとっての理想の線やカタチへと自由に変形していく。

風景というものが、空は空であり、木は木であるという、差異(各々違うもの)の集合体だとするなら、下絵として描かれたシルエットの重なりは、もはや風景ですらない。それでも中岡の作品が完成時に「風景画」として成立しているのは、彼女が風景という差異の体系をいったん無効にした上で、風景ですらなくなったシルエットを、絵画というもう一つの差異の体系の中に再び組み込んでいるからである。

画面の多くを占める白い色面、よく見ると、それは二つの白で構成されている。キャンバス地をそのまま残した白地と、ジェッソを塗り重ね、仕上げにサンドぺーパーで磨き、プレート状になった白いもう一つの地。二つの地が隣接し微かな凹凸をつくり、白の中に白いシルエットが浮かび上る。輪郭のはっきりしたシルエットがある一方、黄色や紫などの鮮やかなアクリル絵具の色彩が、滲むようにその境界線を溶かしていく。アクリル、カシュー(人工漆)、油絵具、キャンバス地、ジェッソ、複数の異なる質感によって、内側を満たされた各々のシルエットは、等価的であることを止め、それぞれが違うものとして、再び差異の体系の中へ戻っていく。

ツルツルと光沢のあるシルエット、画面からプレート状に盛り上がったマットなシルエット、流れるような色彩にお互いの輪郭が混ざりあうシルエット……。草原、水面、アスファルト、投影された場所によって表情を変えて、それぞれ一つの風景となっていく影のように、中岡が描き出すシルエットのバリエーションは、既視感と新鮮さをあわせ持つ「絵画という風景」を私たちの目の前につくり出す。意味や物語性からも自由であり、なおかつ抽象ではなく風景として認識できる絵を描いている彼女は、やはり紛れもない風景画家である 。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
ファインブロンズ FINE BRONZE [176-C]
大きな白い色面に浮かぶ鮮やかなパステルカラーが印象的な中岡の絵画。色彩のアクセントとして、彼女はファインブロンズを好んで使うという。「通常のアクリル絵具の使い方と異なるかもしれませんが、絵具に水分を十分に含ませて、あえて絵具のムラを利用しています。ブロンズ色の中に含まれている緑色が水に浮き出てきて、それがキレイで気に入ってます。私の絵には欠かせない名脇役ですね」。