ターナー色彩株式会社

 
美術手帖2006/11
山口聡一


石井芳征=取材・文 桜井ロクスケ=写真

ずっとくり返していくんだ 2006 木製パネルにアクリル、ジェッソ 194×260cm

左●藝大の学生との共同アトリエ。壁際の2点の作品はGEISAI#10での出品作
右●シリコン用の注入器で絵具を立体的に盛る、光のあたり具合で影ができ、色合いも変わって見える

上●立体的に絵具を盛るために、ゲルメディウムを混ぜる。輪郭線も同じ技法で描いている

下●日記のように毎日一つ制作していた立体作品。現在は「手癖がつき過ぎてしまった」という理由で休止中

このそのあのどの? 
2006 木製パネルにアクリル、ジェッソ 80×100cm

イナイナイナイト 
2006 木製パネルにアクリル 91×91cm

more than paradise
2006 木製パネルにアクリル 91×91cm

やまぐち・そういち Yamaguchi Soichi
1983年千葉県生まれ。2004年東京藝術大学油画科入学、現在同3年在学。06年GEISAI#9 金賞受賞、スカウト審査員hiromi yoshii賞受賞。バーゼルアートフェア「VOLTA show02」(カイカイキキブースより出展)。個展「More Than Paradise」(magical, ARTROOM、東京)
http://www.magical-artroom.com/
アメリカ大陸を最初に発見したのは中国人だったという説がある。コロンブスよりも70年も前、明の時代、鄭和率いる船団がアメリカをすでに発見していたという。真偽のほどは確かではないが、この話がこれまで誰もが抱いていたのとは全く別の新大陸発見のイメージを想像するきっかけになったというのは確かな事実だ。

新大陸を望む中国船、そこにはジェノバ生まれの航海士も十字の描かれた帆もない。甲板に立っているのは黒い髪の東洋人である。想像するとワクワクしてくる。長い間当たり前に思っていたイメージが突如更新され、世界の不確かさが露わになる瞬間。少しばかりの混乱と底なしの解放感が、「生」の実感を与えてくれる。

山口聡一が描く絵もまた、そんな「生」の実感を絶え間なく与えてくれる作品である。甘い砂糖菓子を思わせる独特な色使い。一見して何が描かれているのか分からないが、目を凝らしていると、抽象的なカタチの重なりの中に、蝶や鳥、樹木や人間など、動物や植物があちこちに姿を現してくる。

さっきまで見えていなかったものが、今は目の前に確かに存在している。同じ一枚の絵でありながら、発見する前と後では経験している絵は確実に違う。何かを絵の中に認識する度に、絵の見え方がスイッチを切り替えるように変化していくのである。

「予備校に通っていた頃からカタチというものに興味がありました。名前では示せないような、もののカタチ。『イス』や『木』と名前で呼ぶ時、人がイメージするカタチは限定されてしまう。でも名前を外して別の視点でそれを見た時、全く違うカタチが現れてくるんです。ずっと分かっていたつもりなのに、何かをきっかけに、急に知らない側面が見えてくる瞬間を絵で表現したい」。

山口の絵はシンメトリー(鏡像的)な画面構成の作品が多いため、ロールシャッハテストの絵との類似性をよく指摘されるという。しかし本人は特別それを意識しておらず、また心理学的な資料を何か参考にするようなこともない。「カタチ」は、日常の中で彼自身が感じ、自分の目で見たものの中から生み出される。本人曰く「日記のようなもの」という作品がある。毎日一つ、その日見つけた、名前で括れない「カタチ」を紙粘土で造形したものである。どこかで見たことのある「カタチ」、しかし記憶にモヤがかかったように上手くイメージの焦点が定まらない。名前という輪郭を外され、ゆらゆら揺れ続ける「カタチ」はどれも魅力的だ。こうした日常の中で見つけた日々の「カタチ」が、幾層にも重なってあの終わりのない画面をつくり出すのである。小さな鳥が群舞する空。その空のシルエット自体が大きな鳥の姿へと移り変わり、小さな鳥の群舞は入れ子状に巨大な鳥の体を飾る羽模様に変わる。空が鳥になり、鳥が空になる。意識の違いでイメージは反転し、今見ているものが、次の瞬間にはそれではなくなる。今見えている絵と、あの時見えていた絵のズレ、見るものは同じ絵の中で奇妙な距離感を経験することになる。

しかしおそらくそのどれもがその時の真実なのだ。一つの真実がもう一つの真実へと重なり歪んだまま繋がっていく。山口の絵はそのような矛盾を矛盾のまま、見るものに受け渡す。そんな世界の不確かさを受け入れた時、底なしの解放感が得られるのである。

「以前小学生の子どもたちに絵を見せる機会があって、大人よりも簡単にそこに何が描かれているというのに気づいていましたね。描いてはいないんですけど、ある絵を見てマンモスの絵だと言う子がいて。他の子たちは『見えないよ、どこが?』ってその子に聞くんですけど、説明はできず、ただ頑にマンモスだって言い張ってましたね(笑)。その子にとって、その絵は絶対にマンモスの絵だったんでしょうね」。

もしこの子どもたちに、どんな絵を見たのか尋ねたら、一体何枚の絵を見たのかと大人は困惑するかもしれない。彼らは同じ絵を前に同じ時間を過ごしながらも、一人一人が別々のイメージ、一つとして同じもののないバラバラな真実を持ち帰ったはずだ。真実は一つではない。流動的な世界のあり様を山口は描いている。現在、東京藝術大学油画科に在籍する学生でありながら、GEISAI#9での金賞受賞後、すでにプロのアーティストとしてのキャリアを踏み出している山口。6月のバーゼルでの展覧会ヘの出品や、個展を通して、制作への意識が変わったという。その変わった意識で今後どんな「カタチ」を生み出していくのか、さらに期待が高まる。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
ミディアムバイオレット MEDIUM VIOLET [96-C]
「意識して紫色を使おうと思ってはいないんですけど、あらためて見てみたら、作品のほとんどに紫色を使ってました。強い調子で画面を引き締めるために使うことが多いですね。紫系の色はほとんどミディアムバイオレットをベースに使っています。色の幅も出せるので使いやすいです。発色もよくムラなく塗れて、混色しても濁らず綺麗な色が残るところが気に入っています」。