ターナー色彩株式会社

 



石井芳征=取材・文 池田晶紀=写真(作品図版を除く)

壁画ーSight III 2006 壁にアクリル絵具 約300×400cm キャンバス作品ーUntitled 2006 キャンバスにアクリル絵具
91×116.7cm 撮影=木奧惠三 取材協力=東京オペラシティアートギャラリー

Moving
2006 キャンバスにアクリル絵具 145.5×112cm
撮影=早川宏一


昨日見たハス
2005 キャンバスにアクリル絵具 53×45.5cm


架空の彼方
2005 キャンバスにアクリル絵具 91×146cm
撮影=矢澤一之

右●現在制作中の新作。幾重にも色を重ねていく。画面に描かれたドットは、細胞を意味する
左上●壁には植物の写真もあるが、制作にはスケッチや写真は直接使用しない
左中●今回の個展の制作前に指針として書いた言葉「人の心に花が咲く絵」
左下●制作の際に飛び散った色の飛沫が床に残る

ひらた・しの Shino Hirata
1974年千葉県生まれ。96年女子美術大学芸術学部デザイン科卒業。2005年ボルボペイントカーアワードグランプリ受賞。個展に、99年ギャラリーブレス(東京)、02年バー&ギャラリーブラックホール(東京)、06年「project N」東京オペラシティアートギャラリーなど。主なグループ展に、05年「シェル美術賞展2005」(ヒルサイドフォーラム、東京)、「岐阜フラッグアート展」(岐阜市内)など。壁画制作に、03年ラフォーレ原宿、04年ルミネ新宿、六本木ヒルズなど。7月7日から21日まで、グループ展「予兆の地平2006」展(アリカ・アート・サイト)に出品予定
初台にある東京オペラシティアートギャラリーで、ヒラタシノの絵を見た。主に植物を描いた絵が17点、細長い展示室に並んでいた。正確には14点のキャンバス作品と、展覧会のために美術館の壁面に直接描かれた壁画が3点、うち2点はキャンバス画と壁画が融合した作品で、美術館の直線と四角が支配するリジッドな空間の中で、すべての絵は静かに蠢(うごめ)いていた。

勢いがあり伸びやかな線、たどたどしく行き場を探しながら消えていく線、掠(かす)れや滲み、絵具の垂れ跡、幾層もの線と色の重なりが、動きとなって一時も絵をフリーズさせない。キャンバスのフレームの中で蠢く植物の力、いくつかはフレームを跳び出し、白い壁を侵食している。都心のコンクリートの箱の中で「もう一つの世界」を発見する。ヒラタの絵は都市の中にも存在している植物の記憶を、野生の時間を想像させる。

新宿区西新宿3丁目、山手通りと甲州街道が交差するポイントに美術館はある。そもそもこの一帯は、初台台地と呼ばれ、標高約39メートルの低い丘である。縄文の時代には岬だった。つまり周囲は海だった。美術館のある53階建ての高層ビルは、岬に立つ灯台としては申し分ないが、残念ながら今は海はない。

山手通りを少し南に行くと代々木八幡神社がある。境内は木々に囲まれて自然を残している。古代、この場所には、縄文人が住み、貝や木の実を採取して暮らしていた。竪穴式住居跡が発見され、境内には古代の家が再現されている。さらに南に下れば、そこには代々 木公園と明治神宮がある。海はアスファルトの道路の下に埋まってしまったが、この岬にも森が残る。古代から積もった土があり、木や花が根を下ろし、太古と今を繋いでいる。

この都市と植物のコントラストを空から眺めてみよう。せっかくだからセスナやヘリからではなく、都市の森をねぐらにするカラスの眼を借りて。ビルと道路、グレーの色面に囲まれて点在する緑色。風が吹き緑色が揺れる。動かず固まっているグレーの色面に緑が滲む。蠢いている。ヒラタの描いた絵のように。

江戸川区江戸川。太古すべてが海水に浸っていた場所に、ヒラタのアトリエはある。彼女が植物をモチーフにし始めたのは昨年からである。アトリエの近所には親水公園がある。整備された小川が流れ、川に沿って木々が植えられている。彼女は朝早くそこを散歩する。 「朝の非日常的な時間の中を、周りの世界と対話をしているつもりで歩くんです。植物が、私に対して何かを言ってきて、それに対して勝手に想像して膨らましていく感じで。その時の印象とか自分の中での感覚をのみ込んで、その気持ちの状態を絵にする。描かない まま何日も寝かせておくことはないですね。だから乾きの早いアクリル絵具を使っています」。

植物を描く以前のヒラタの作品は、女性の人体を描いたものが多かった。色面と線が境界を持ち、しっかりとしたフォルムを形づくっていて、スタイルも印象も今の作品とは違う。以前の絵からはより内省的な印象を受ける。これまで個人的な作品制作とは別に、彼女 はビルの改装などで仮設される塀に絵を描く依頼を何度か受けている。その時の壁画には、大胆なストロークと色彩と線が層になって混じり合った、今の絵に通じる画風を見ることができる。人が行き交う街中で見せる絵。必然的に意識は絵とそれを取り巻く環境へと向けられる。壁画制作は、少なからずヒラタの絵に対する意識とスタイルの変化に影響を与えたように思える。「壁画を描く時はとくに、客観的にどう見られたいか、人が絵を見た時にハッとしたりドキッとしたり、そういうものがないとダメだなと思ってます。だから今描いてる絵では蛍光色にも挑戦してます。恋愛でいうドキドキする感じが出せないかなと思って」。

折り重なる色の層、ある部分は半透明の膜のように、その下の層、向こう側を透けさせる。生成と消滅を繰り返す、生命そのもののような絵。隙間から覗く彼方には、都市の理ことわりの及ばない、野生の時間が流れている。

「好きなように描いて、好きなように消してというのを繰り返す。その過程の中で、それは死なのか、驚異的なものなのかは分からないですけど、植物の持つそういうものは、色や形となって必ず絵の中にあるんです。でも最後はそれでは終わらないもの、トキメキであったり、キラキラした世界、ポジティブなものにしたい」。

アトリエには彼女が書いた指針が貼られていた。
「人の心に花が咲く絵」。ストレートな言葉だ。再び想像する。東京に住む人の数だけ咲く花を。1260万本以上の花々が、都市を動き回る。 蠢く。うん、悪くない。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
ハンザイエローライト HANSA YELLOW LIGHT [45-B]
「普段はNEOCOLORを多く使っていて、今回はじめてGOLDENのハンザイエローライトを試したんですが、絵具の伸びと発色が良くて描きやすかったです。透明感もあるので、下に重ねた色も損なわれず表現できました。イエローライトは支持体のベースになる色で、ここから他の色も展開していきます。中間色やディープな色にも、イエローライトかイエローを混ぜて微妙なニュアンスを出します。新芽の茎のように、絵のはじまりには、この色が落ち着くのかもしれません」。