ターナー色彩株式会社

 



石井芳征=取材・文 池田晶紀=写真(*作品図版を除く)

デッド・ヒート 2005 パネルに貼ったキャンバスにアクリル絵具 150×300cm
撮影(*印すべて)=末正真礼生 Courtesy Gallery Iseyoshi

左●モチーフとなるぬいぐるみの数々。作品には欠かせないアイテム
右●猫か? クマか? 招待不明の動物の陶磁作品。壁にはラフに描かれたブタの絵。味がある



こばやし・ひろし Hiroshi Kobayashi
1967年福島県生まれ。91年東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。95年ニューヨーク市立大学ブルックリン・カレッジ美術学部修士課程修了。2002〜03年文化庁派遣芸術家在外研修員。04〜05年オランダのレジデンスEKWCに3カ月間滞在。主な個展に、2000年ギャラリーなつか(東京)、02年ギャラリー・アート倉庫(東京)、03年ギャラリーイセヨシ(東京)、05年「Blue/Blue」シゲコ・ ボークmuプロジェクト(ワシントンD.C.)など。3月26日まで、東京オペラシティアートギャラリー「project N」開催中。2月20日から3月4日まで、ギャラリーなつかでグループ展を開催予定


コバルトブルーとディオキサジンパープルを混色しメディウムを加えたものを塗る

刷毛で波のようなマチエールをつけて画面に表情を与えた

雷雲 2005 キャンバスにアクリル絵具
97.2×194.2 cm*


雷雲(部分)*

春眠 2005 キャンバスにアクリル絵 145.6×145.6cm*
空中を舞うぬいぐるみ。飛んでいる途中か、落下している途中か、どちらなのかはわからないが、それらは止まった時間の中にある。ただその止まった時間は、永久に続くものというより、パンっと手を叩けば、せきを切ったように流れ出す映像の一コマのようだ。次の瞬間、クマはものすごいスピードで空の彼方へ飛んでいき、アヒルや羊はバラバラと地面に叩きつけられるかもしれない。未来の動きを封じこめたテンションが画面に張り詰め次の展開を待っている。

小林浩の描く絵は、写真的(映像的)だ。それは、浮遊するぬいぐるみがストップモーションの映像あるいは高速シャッターで切り取った写真の一コマを連想させるから、あるいは彼が下絵をつくる段階でカメラを使っているから、という理由からだけではない。

「写真的なイメージに惹かれるというのでしょうか。画面のつくり方とか、自分の絵の中に写真的なイメージの影響があることが否定できないと思ったんです。だから制作プロセスに写真を使って、もっとその部分を意識的に絵の中に取り込んで強調するようにしました」。

彼は下絵のための写真を撮る時、ぬいぐるみを糸で吊るして空中に配置し構図を決め、より「絵になる=写真的なイメージになる」カタチに構成する。制作の中でもこの段階がもっとも重要だという。合成はせず、実際に配置したモチーフを写真に撮り、それをコンピュータに取り込み下絵をつくり、絵画にする。写真的なイメージを写真で再現するわけだ。このことが彼の絵が写真的である理由である。

「写真の特徴って、意図しなかったものも偶然写り込んでくるところだと思うんですよ。整理されてないイメージとでもいうのでしょうか。繰り返し見ていると、どうでもいいディテールが気になってきて、それがイメージ全体のリアリティーを新たにつくっていることに気づく」。

意図せず写り込んでくるディテール。それはコンピューター上で画像を操作して行くなかでも発見される。色調分解して得られるモザイク調のイメージ。下絵となるそれも、写真や映像となってはじめて見えてくる「ディテール=写真的イメージ」として、積極的に絵に取り込まれる。

そして小林の絵の一番の特徴は、そのディテールの描き方にある。印刷物ではわかりにくいが、一見ぬいぐるみの毛の質感などを細かな筆致で描き込んだスーパーリアルな絵画に見えるが、実際の絵を間近で見ると、ぬいぐるみの陰影が色調ごとにはっきりと輪郭線でかたどられ、色分けされている。それぞれのカタチは垂らし込みという技法で絵具を画面に盛るように描かれているため均一な厚みがあり、まるでパズルのピースを並べたような立体感がある。白地に青紫のモノクロームでアクリル特有のツルツルしたマチエールは、オランダ滞在時に陶器作品に挑戦した経験が多少影響しているのかもしれないが、どこか陶器のような雰囲気を感じさせる。

「メディウムを混ぜて絵具の層に厚みを持たせることで発色がよくなるんです。こういったディテールが、全体の見えているものに影響してくる。イメージの強さにつながっていると思うんです」。

近くで見るとその抽象性や物質性が強く印象に残るが、不思議なことに、それらが立体感や空間の奥行きといった絵画的イリュージョンを阻害することなく、「一枚の絵」として成立している。イリュージョンと物質性、どちらか一つに特化させる絵が多いなか、小林はこの二つを当たり前に共存させる。この点が彼の絵の興味深いところだ。

「浮いているように見えるとか、ぬいぐるみがまるでそこにあるように見えるとか、そういうイリュージョン的な空間を描くのはある意味古くさいですよね。でもそういう絵画の持ってる古い感覚って悪くない、逆におもしろいと思うんです。繰り返されすぎて陳腐化されてしまったのかもしれないですけど、絵の中に空間を描くことって単純そうで奥が深いですよ」。

アトリエの壁には、工芸的な緻密さを持つ彼の作品と並んで、子どもが描いたような荒いタッチのブタやクマの絵がかかっていた。全く対極的な二つの画風から彼の絵に対する姿勢を垣間見た気がした。数年前までの平面的な背景を持つポップな色彩あふれる作品から、最近のモノクロームで三次元空間を強く意識した絵への変化。取材時に目にした試作では、色彩が再び戻っていた。スタイルにこだわらず彼はただ絵に忠実でいようとしている。そのためには画風の変化も厭わない。古典的だろうが新しかろうが関係ない。彼は常に絵画の可能性を探究している。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
ディオキサジンパープル DIOXAZINE PURPLE [90-C]
「僕の絵は、青を基調にしているので、青系の絵具をよく使うんですが、とくにディオキサジンパープルをコバルトブルーに混色したものをひんぱんに使ってます。赤みのあるこの色を混ぜると温かみのある青になるので気に入ってます。メディウムを混ぜるとさらに発色がよくなって色に強さが加わるんです」。