ターナー色彩株式会社

 



石井芳征=取材・文 池田晶紀=写真(*作品図版を除く)

アオイキキイロイキ2005 木パネルにアクリル絵具、染料 91×182cm


おぎそ・みずえ Mizue Ogiso
1971年東京生まれ。94年日本大学芸術学部美術学科卒業。96年東京芸術大学大学院美術研究科修了。個展に96年なびす画廊(東京)、2002年「Project N 12」東京オペラシティアートギャラリー(東京)、05年「The straight story」FAD's Art Space(東京)。グループ展に、03年「地雷展2」ドラックアウトスタジオ(東京)、「代官山アートフェア2003」ヒルサイドフォーラム(東京)他多数。コミッションワークに、05年坂町立図書館(広島県安芸郡坂町)、杏林大学病院(東京都三鷹市)、Tガーデンスクエア(東京都江戸川区)などがある。12月22ー24日にart & river bank( 東京)で開催される「depositors meeting」に参加予定(www.art-and-river-bank.net

右上●厚みのあるパネルの側面にも絵は続いている
右下●近作の修正を施す。木地を活かす部分は、オイルステイン(カラーニス)を使う
左上●机の上に並ぶ習作。作品のミニチュア版のようでかわいい
左下●床に転がっているのは、作品の切リ抜き。杏の木がモチーフと
なっている。撮影場所は、立川にある共同アトリエ「スーパープレーン」



2軒の家(手前と奥) 2005 木パネルにアクリル絵具、オイルパステル、染料 91×91cm

2軒の家(隣同士) 2005 木パネルにアクリル絵具、オイルパステル、染料 91×91cm


虹の居場所 2005 木パネルにアクリル絵具、オイルパステル 80×90×1.2cm

ミチシルベ 2005 坂町立図書館 設計=竹中工務店 
アートプロデュース=TAKリアルティ

フットサルをはじめた。10年ぶりに立つピッチは、土ぼこりの舞う校庭ではなく、デパートの屋上にある人工芝のコートだ。ネットの向こう側で、色とりどりのユニフォームが動き回っている。さっきまでいた街頭やデパートの洋服売り場とは、あきらかに別の時間が、その場所には流れている。ホイッスルの音、黄色いボール、緑色の人工芝、飲みかけのポカリスエット、デパートの屋上に配置されたそれらの何気ないディテールが、非日常的な時間に人を誘うスイッチなのだ。

小木曽瑞枝の描く絵には、スイッチがある。ふっと足を一歩踏み出して、それまで流れていた日常の時間から外れ、別の景色が見えてくる、さりげなく視点を切り変えるスイッチが、彼女の絵には用意されている。

「テーブルクロスに染みを発見して、それを発見したことで、そこにあるものが妙にクローズアップされて、その存在自体が意識化されるような瞬間、そういうハプニングとか日常の小さい機微なんかが、作品をつくるきっかけになってます」。

テーブルクロスの染みやタンスに残った剥がれたシールの跡、普段は目も留めないし、存在自体に気づかないような、日常のディテール。しかしそれらと不意に目が合った瞬間、なかったものが、あるものに変わる。なかった時間や空間が、目の前に現れる。たとえそれが一瞬のことで、きわめて主観的な体験だとしても、その人にとっての事実であることには変わりはない。小木曽の作品に触れると、そんなもう一つの時間や空間が、ムズムズと動き出してくる。

「あくまでも、モチーフそのものではなく、シチュエーション、流れている空気感だとか言葉にできないようなものを表現したい。それは、初期の頃から変わらないですね。見えないところ、些細なこと、ちょっと中心的な関心から外れたものを拾い上げるというのがテーマです」。

小木曽の作品は、別の視点の存在を気づかせるという点で一貫しているが、これまで形を変え、様々なバリエーションが試みられている。平面作品から立体まで。支持体は、和紙をはじめ透明なセロハンテープ、キャンバス、パネルなどを使い、モチーフも、マルや点などの抽象的な形から具象的な風景まで描いている。「この時期は、人に見せることを考えるよりも、手が先に動く感じで、つくるスピードの方が速かった」と本人が言うように、未発表の作品も多い。一歩進んでは戻り、また別の道を見出しては、前に進んでいく。しかしどの作品を見てもテーマはブレていない。彼女の絵には、柔軟さと頑固さが共存する。

「訪れたことのない場所に行く時って、自分がどこか異邦人みたいな感じで。外の風景はキラキラ憧れのように映るけど、そこには自分の匂いがないし距離がある。自分がちょっと浮遊した存在に感じて……」。

地方に旅することが多かった時の経験から、移り変わる車窓の風景を連作(二つの視点)で描いた《2軒の家》。正面から見ると平面的な木のシルエットだが、横に回ってみると虹がひっそり存在している《虹の居場所》。近作でもやはり、別の視点への転換、もう一つの時間へのスイッチが、変わらず表現されている。

ただ一つ、初期の作品と比べて変化があるとすれば、近作はより空間を意識した「絵」になっているという点だ。初期の作品も大きなサイズで、絵に包まれる感覚を与え、見る人と作品の間に視覚的な広がり(空間)をもたらすものだが、近作で露わになる空間は、絵の外側、絵が置かれ見る人がいる場所、日常の空間だ。絵を見るのではなく、絵とある。絵も、私も、履いている靴も、床板もこの場所にいっしょにいる。

絵でないものも絵になる。スイッチはどこにでも存在する。そんな感覚になる。こうした変化は、今年になって彼女が手がけた図書館や病院のためのコミッションワークでの経験によるところが大きい。

「機能というと、堅い言い方になってしまうけど、その空間における周囲との関係や内包する意味などについて、いつも以上に意識したのは確かです」。おそらくこれから先も、柔軟で頑固な小木曽の絵は、変わりながら変わらず、ゆっくり進んでいく。表現は継続の中からしか生まれないということだろう。

「絵画を否定するとかじゃなくて。絵画の中での最終地点、そこだけに収まらないようなものにしていきたいっていうのがあります。広げていくことで、私がやっていることの意味も、より掘り下げられていくと思うんです」。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
コバルトテール COBALT TEAL [62-C]
「コバルトテールは、私がよく使う水色のオイルパステルの色とかなり近い色なんですけど、同じ色でも、パステルとアクリルで素材感が違うので、ニュアンスに差を出す時によく使っています。染料、グアッシュ、オイルパステル、いろんな画材を使ってその素材感の違いを見せるんですけど、平面的な色面を描く場合には、ムラなく塗れるアクリル絵具の方がいいですね」。