ターナー色彩株式会社

 



石井芳征=取材・文 池田晶紀=写真(*作品図版を除く)

姉妹 2005 キャンバスペーパーに鉛筆・アクリル絵具 16×23cm

右●制作途中だった作品。《やまなみ》キャンバスに鉛筆・アクリル絵具、60.5×73cm
左●ミステリー小説の中でも、特にエラリー・クイーンの作品が好きだという



かさはら・りえこ Rieko Kasahara
1979年長野県生まれ。横浜在住。日本大学芸術学部文芸学科在学中から本格的に制作を始め、同大学中退後、個展・グループ展をはじめさまざまな場所で作品を発表。現在は、ウェブサイトにて作品を取り扱い中
http://ryusei.moo.jp


架笠原の絵はブルー系の色調のものが多い。グアッシュのブルーもよく使う

鉛筆の線をうっすら残して色を重ねる。か細い輪郭線がモチーフの未成熟な感じにマッチしている

春の森 2004 ケント紙に鉛筆・アクリル絵具
73.5×52cm*


ベイ・ブリッジ 2004 キャンバスボードにアクリル絵具
41×32cm*


ひまわり2005 キャンバスペーパーに鉛筆・アクリル絵具
23×16cm

花散里 2005 キャンバスにアクリル絵具 47×54cm

どこなのか全く場所を特定できない不思議な空間に、無表情で佇んでいる少女たち。人形のように透明な目は、覗き込んでも何も跳ね返してこない。彼女たちはお互い同じ空間にいながら、まるで別々の世界に生きているかのように見える。お互い視線を交わすこともなく、見えない壁が間に存在しているのか、相手の存在に気づいている様子もない。同じ空間にいても、彼 女たちは繋がっていない。

笠原梨絵子が本格的に絵を始めたのは、大学在学中。文芸学科に席を置いていたが、しだいに言葉の世界よりも絵の世界に惹きつけられ、この道に進んだ。はじめはパステルを使って少女の絵を描いていたが、現在では専らアクリル絵具を使用。

「パステルを使っていた頃は、衝動的に描いてました。嫌なことがあったらグワーッと勢いで描いてしまうみたいに。でももっと論理的に描きたいというのもあって、アクリル絵具で描くようになりました。画材の違いというのはやっぱり大きいと思います」。

初期から現在まで彼女の作品を見渡してみると、「子供の頃からの手癖」だという少女のモチーフ(いっしょに動物が描かれている絵も多い)は一貫しているが、画風の変化に気づく。最も目立つのは、背景が描かれるようになった点だ。初期の「衝動的に描いていた」絵は、背景はなく紙の白い地をそのまま残している。色や線はモチーフのためだけに使われ、少女のキャラクター的要素が、強く全面に出ている。しかし、しだいに空や海なども描かれるようになり、絵は一つの場面となり、主役の少女は背景の中に収まり、キャラクター性は後退していく。まだ制作途中ではあるが、最新作《やまなみ》では、また別の展開を見せ、直線を使って遠近法的表現が採用され、空間に奥行きを与える試みがなされている。

こうした画風の変化、三次元的な空間の表現は、笠原によれば「論理的に描いた」その結果ということだが、しかし彼女の絵を見て、それを「論理的」と感じる人がどれだけいるだろう。むしろ笠原の絵の特徴である、論理性とは程遠い、あの不思議な空間の歪みが、より強調されているように思えてならない。

プールの飛び込み台のような構造物、ストライプ模様の床が、遠近法的な奥行きを出す一方、山と空がそのベクトルを壁となって唐突に遮断する。近景と遠景をなめらかに繋ぐはずの「間」はなく、1本の木がそのわずかな隙間に頼りなく立つ。複数の空間が融合することなく接ぎ木のようにくっついている。以前の作品にあった背景と人物がゆらゆら溶けあっていた無重力な空間は、笠原のいう論理(重力とリジッドな形)によって、歪んだまま固定され、繋がっていない少女たちはその中で完全に孤立している。

「ストイックなものに憧れるというか……。『人生ゲーム』の車(コマ)に乗せる棒みたいな人形とか、TVゲーム(『ロマンシングサガ』、『サラダの国のトマト姫』)のお城やダンジョンのマップとかを見てカッコいいと思うんです。それと昔からミステリー小説が好きで。特にエラリー・クイーンの作品。本格派ミステリーで、殺人事件があって、犯人がいて、トリックがあって、探偵がそれを解決していく。人間の内面を描くとかそういうものよりも、展開の組立て方、ロジックの綺麗さに惹かれるんです」。

笠原の作品は「美術」の匂いがしない。絵の原体験は、絵画ではなく児童小説のイラストレーション。美術部に所属しながら、デッサンは嫌いでほとんど描いたことがなく、今の作品と同じような絵を描いていた彼女は、色面構成や画面構成といった絵画のロジックではなく、ゲームやミステリー小説にあるロジックの綺麗さやカッコよさからインスピレーションを受け、その感覚を絵に再現しようとする。

「ドラマ性に頼らない……。たまにはこういうちゃんとしたこと言っておかないと(笑)。絵の人物をできるだけ記号に近づけたいんです。形を極力単純にして、もっと色を表現できたらいいなと思います。技術的にも、道具をうまく使いこなせるようになれば、変に小細工しないでいいと思うし、もっと上に行けるかな……」。

ミステリー小説や『サラダの国のトマト姫』といったマイナーなゲームを、遠近法的空間を描く動機にしている人間が、他のどこにいるだろうか。しかし結果的に、そんな美術からずいぶん離れての遠回りが、彼女独自のあの不思議な絵を形にするのである。

◎いしい・よしゆき[美術ライター]
セルリアンブルー、クローム CERULEAN BLUE, CHROMIUM[74-C]
「空を塗る時は、このセルリアンブルーをそのまま使ってます。1度塗りでもいいし、重ね塗りをして色の濃さを変えると、時間帯の違う空が簡単に表現できるんです。ムラなく塗れるので、平面的な空を描くのにはちょうどいいですね。白と混色しても分離せず欲しい水色ができるので重宝してます」。