ターナー色彩株式会社

WEBマガジン「アクリル絵具の現場」

vol04:森井宏青

CHAOS

ーオープンアクリリックスの可能性

私は様々な画材、技法を使います。油彩・水彩・フレスコの応用技法・ダンマル、アラビアゴムの応用技法・・など。しかし私は、決して多くのテクニックを求めている訳ではありません。それらは個人の創作の必然の結果として身に付いて来たものです。そのひとつとして、私はアクリル絵の具にも大きな可能性を感じています。私にとって水溶性アクリルの魅力は、支持体を傷めず、極めて高い透明感で顔料を定着させることができ、水で希釈できるということに尽きます。エマルジョンと顔料、そして希釈する水分量をコントロールすることで、如何様にも素材感を表せます。このことにより、支持体の質感を最大限に生かした表現が可能となるのです。

ただし、この画材は特に保守的な油彩画のプロ達から批判にさらされ続けています。
絵画材料としてのアクリル絵の具の不運は、安易な油絵の具の代用品として紹介されたことでしょう。多くの画家たちが[水溶性、速乾の油絵の具の代用品]として、水溶性アクリル絵の具を油絵の具と同様のテクニックで使用しました。その為、アクリル特有の性質を理解できず、短所ばかりを感じ、失望したのです。

水分の蒸発により塗布した絵の具がヒケる、厚塗りした際のアクリル特有の合成樹脂的質感、それらは、かたくなな油彩画家たちには受け入れられませんでした。特に日本においては輸入文化である西洋画に対して西洋以上に保守的な思い入れが強いために、この可能性豊かな比較的新しい画材は、[まがい物・邪道]のレッテルを貼られてしまっているのです。そしてろくに西洋画の歴史も無いこの国において、油彩絵画の「本質論」や「普遍性」を語る際の反面材料として用いられているのです。あらゆる画材の自由な表現世界を愛する者にとって、これはたいへん奇妙で、残念なことです。

新素材(とは言っても一世紀以上の歴史を持つのですが)の価値を最大限に享受するためには、古典技法を知った上で、それを軽々と越えた創造的感性と新しい視点を持ち合わせねばなりません。アクリル絵の具の可能性を全面的に受け入れた戦後の海外のコンテンポラリーアーティストたちの作品には、それ故の軽快さ、爽快さがあります。

私達作家は、偏見無く画材の可能性に向き合い、幅広い好奇心で創作のための新素材を育ててゆかねばなりません。ジョセフ・ウィリアム・ターナーは、画材メーカーの絵具開発に強い関心をもち、耐久性に疑問点のある実験段階の新色をも、メーカーから奪い去ったと言います。「耐久性を考えるのはメーカーの仕事。今現在の使いこなしを工夫するのが作家の仕事。余計な心配は無用だ!」と一括したそうです。歴史があり実績のある画材のみを有難がり「普遍性」を語るのではなく、個の表現にとって本当に必要な材料を探求し、育てる精神が彼にはあったというエピソードです。

私はゴールデンアクリリックスのオープンアクリリックスシリーズに大きな期待を寄せています。[乾燥の遅いアクリル絵の具]というキャッチフレーズは多くの作家たちには少々わかりづらいものです。油絵の具にとって乾燥が遅いことは、個性であり、必ずしも短所ではありません。また、アクリル絵の具にとって乾燥が速いのは持ち味。なぜ今、乾燥の遅いアクリル絵の具が必要だというのでしょう?

オープンアクリリックスの最も大きな美点は、伸びがあり、程よい乾燥速度で、油絵の具の使用感と違和感を覚えることなく水で扱える、ということでしょう。塗面の際は直ぐに乾いてしまうことなく、加筆した色彩になじみ、滑らかなグラデーションを生み出します。ぬったりとした筆触は油彩のそれに近いものです。パレットに出された絵の具も一日くらいは油絵の具のように、乾燥しません。また、乾燥後の質感も今までのアクリルのようなビニール質のものとは違います。それが生の紙、布地にそのまま使用できるのです。水溶性の画材に親しんできた日本人の感性と、洋画の表現技法の間をつないでくれる今までに無い新しい画材です。私はこの絵の具を単にアクリル絵の具の一種として紹介するべきではないと感じています。既存画材の常識を打ち破り、心地よく突き抜けてゆく新素材です。

私の創作テーマは日本の水辺の生命の営みです。幼少期から北欧の自然と美術に深く影響を受け続けてきた私は近年、北欧での水辺のリサーチから創作活動をしております。そこに常に感じるのは大気の湿度や自然、生態系です。それらが作品に染み込んでくれるように、絵の具を支持体に溶け込ませてゆきます。たっぷりと水を含ませた布地に広がるオープンアクリリックスは奥深い世界をつくってくれます。決して今までの画材では成し得なかった制作プロセスと表現世界を、これからも追求したいと思っています。


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