ターナー色彩株式会社

審査員の言葉 大賞未来賞最優秀専門学校賞最優秀高等学校賞優秀賞入選募集要項2011TURNER AWARD

審査員の言葉

O JUN(画家・東京藝術大学准教授)
昨年まではこのコンペティションを鑑賞する側だったが今年は審査員として関わらせていただきました。その印象と感想を述べます。その前に大きな事を言わせてもらえば、ぼくは、あらゆる芸術は「自由」に向かって開かれていくものだと思います。個人の自由からぼくたち人間の自由まで「自由」の幅と深さはさまざまですが先ずは個人の自由とは何かを徹底的に問い詰めあらゆる方法を試すことが必要だと思います。複雑なことも単純なことも徹底的にすることです。そのためにしてはいけないことは何一つない。たとえば絵の世界は、なかなかぼくたちの思い通りにさせてくれない、あるいは描かせてくれないものが多く待ち構えています。材質のこと。技法のこと。イメージのこと。これらをしっかり身につけると自由獲得の最大最強の武器になりますが、同時に下手に扱えば自分をがんじがらめにして自由を奪う、これほど怖い相手もいない。かくも自由への道のりは遠いのです。幾つか気になった作品に一言ずつ。大賞の増田将大さんの作品は3点組みの風景画。昨年の作品も全体霧がかかった画面であったが部分的にライトを当てると隠されていた図像が現れる仕掛けがあった。オモシロいけどツマラナイ。今作品は部分的に点描描きが浮いていたり空から人が降ってきたりして意味がわからない、けれど面白い。それがわかろうとわかるまいと全部描いて見えていることが大事。安部悠介さんの「自画像」。モノクロームな絵だが明るい。筆にキレがあって勢いがある。“エッジのキイタ”と言いたいところだが全体の形がやや平凡。首、トルソの形態が画面の矩形に抑え込まれて納まっているからだ。野尻龍太郎さんの絵。或る種の近未来予想図。しぶとく描いてはいるがキノコ雲の形状はこれでよいのか?絵の中の「形」をもっと探すべき。頭(イメージ)だけで描き過ぎでは。川平遼平さんの作品はトリプティションで祭壇画の形式の絵。少年が胸の前で拝受する小さな人形がご神体だろうか?呆けた表情が面白い。全体は粗い造りで始末に困る。けれど、張り合わせた層がめくれ上がったり角が擦れたり破れているところは野蛮で素敵だ。ここにも神様は宿ってはいないか…?。村松年晴さんの「出逢い」は図像とも図形ともつかない絵、あるいは配位置図。白黒だけで描かれていて素っ気ないのにどこか温度を感じる。加藤真歩さんの「少女A」。地の侘びた茶は古色を帯び、やまと絵を想わせる。それを背景にセーラー服が浮いている。ただ、セーラー服の輪郭に沿ってカッターで切ったような切れ込みが所々に入っている。絵には効果としては全く効いていないがこれはどういう意味だろう?かろうじて入選にとどまったが、ぼくが一番気になった作品だ。全体の印象は、デザイン系の人はまだ、画面と図像の関係を見取っているように思います。そのうえで画材、技法が選択されイメージが整理されている。絵画系はそこが弱い。そろそろヘタなお話も大概にして「絵」を描いてもらえないか。お話がヘタというのは徹底的に自分を追い詰めてないからだと思います。出来合いの物語を自分の手癖だけで描いている人がほとんどな気がします。それでは勝負にならない。自分の自由と絵の自由ががっぷり四つに組めない。 “私は絵を描くことが好きでたまらない”を懐深くお守りにして「私」と「絵」のルチャリブレを全身で闘ってください。
切明 浩志(イラストレーション 前編集長、玄光社)
貫く----この言葉が審査中にふいに浮かんだ。これは増田将大さん大賞受賞の決定後、再度巨大な作品を仰ぎ見ていた時のこと。増田さんは去年も未来賞を獲得。2年連続の応募でついに頂点を射止めた。2回とも応募作は作風(印刷やネットでは見づらい弱点を孕みながら)が一貫している。画面をモチーフに呼応させて必然的に広げ、部分的に点描の試みも入れるマイナーチェンジをしつつ、全体ではぶれずにスタイルを貫いたのが、個人的には気持ちが良かった。 今の世の中は情報過多で、ウケる物、格好いい物、かわいい物等々刺激物が過剰に提示される。そんな中で、自分のスタイルを強く確立し、維持することは益々大変になってきた。若いからこそ変わる勇気も大事、でも貫くこと、何が自分の芯かを見極めることももっと大切な気がしている。
さて審査時に審査員が何を見ているか。コンペ等でより上を目指す応募者には気になるところだろう。以下はあくまで今回の私個人の視点。まず
1「表現したい物を的確に形に出来るテクニック」。やはり仕上がりの精度は大事だ。次に
2「作品に向けられた時間」。これは構想も含めて。画面の密度も含めて掛けた時間が作品の濃度に反映されるものだと思っている。
3「作家の生きてきたきちんとした時間が作品に反映されているか」
2と3のジャッジは非常に主観も入りやすく、微妙に絡み合っていて、しかも抽象的で難しい問題だ。比較基準もない。それを見極めようと、審査中は見る側も必死だ。審査員も試されている。今回、賞を獲った人は自信を持って、選外の人はさらに上に行けることを信じて、今の自分を越える作品に挑み続けて欲しい。皆さんのさらなるご活躍をお祈りいたします。
もう一つ加えるなら未来賞の川平遼佑さんと、優秀賞の岡本泰介+古戸麻琴両氏は応募規定ギリギリ(もしかすると既定外?!)の中で他人と違うことをしてやろうという向かってくる姿勢が良かった。物を作るってこういうことだと、こちらも背筋が伸びる思いがした。ぜひ展示会場で実物を確認して見て欲しい。
大島 賛都(美術評論家)
今回の審査の際、事務局から、応募総数が昨年より減ったという話しがあった。それでも900点に近い作品が集まっているわけで、一般的に見て、決して低調な公募展ということにはならないだろう。ただその理由を考えてみると、最近の入賞作品において、いわゆる現代美術系の作品が増え、入賞者の所属校も東京芸大や多摩美などの「有力美大」が多くなったために、レベルアップを感じて出し控えた、ということが考えられなくもない。そもそも公募展の目的は、すぐれた作品を見出して顕彰する以外に、賞を介して良い作品が生み出される土壌を提供することでもあると思うのだが、私は個人的に、全国からこれだけの数の応募があること自体すばらしいと思うし、また、このアワードが示している方向性は、今日本で絵画を描くことの意義に照らし合わせてみて、決して間違っていないと考えている。応募数の減少は、逆に過渡期的なものとして、この賞の意義がより広く浸透し始めていることの証であるように感じる。
ただその一方で、今年の作品を見てみると、突き抜けるような個性が感じられる作品が減り、全体として一定のレンジの技法に収斂しているような印象も受けた。技術を研究し視覚的な洗練性を追求することは非常に重要であるが、絵画は芸術として時代の価値観へのチャレンジも求められているはずだ。ぜひここから世界に飛び立っていくような個性の出現を期待したい。
大賞は、昨年未来賞を獲得している増田将大の3連作「mist」となった。薄もやを通して眺められた日常を、「なにかの想い」を裏づけに丁寧に書き込んでいくテーマは昨年とほぼ共通しているが、今回は、そこに「なんらかの規則性」に基づき風景の一角を小さなドットで上書きしていくという趣向が加えられている。その規則性の意味不明性が、逆に、絵画的現実を強調しているように見えて興味深かった。また、微妙な階調で推移する色が、格段に美しくなったと思う。
今年から新たに設けられた最優秀高等学校賞を受賞した肥高茉実の「私と猫」は、まだ十代とは思えぬ構えたような落ち着きが感じられ、高校生の応募者の中で異彩を放っていた。1970年代のコンセプチュアルアートに通じる記号的な構図と意図的に汚された余白に、微細なタッチの点描で自画像と猫の顔を対比的に描きこむという組み合わせは意外性があり、そこに作家独自の世界観が感じ取れる。今後様々な芸術と出会い、その感覚にさらに磨きをがかかっていくことを期待したい。
今回未来賞となった野尻龍太郎の「Beginning of the End」は、一次審査の段階から個人的に強い印象を受けた作品であった。画面の大半を占める巨大なキノコ雲は、原子力の脅威を象徴するものなのか。その頂点には神らしき像が光り輝き、天空は割れて砕け、周囲には無数の白い鳩が飛び交う。私たちの未来は世界終焉のカタストロフィーの到来を待ち侘びる中でのみ約束されうるという、力強い画面とは裏腹の無力感が画面全体を覆う。大賞とはならなかったが、提示された世界観も含め、非常に興味深い作品であると思った。


天明屋 尚(美術家)
今年のTURNER AWARD 2012は、昨年と比べると、全体として落ち着いた作品が揃った印象でした。大賞の増田将大の作品は、昨年も入賞していたので私の中では印象に残っており、大きな3連作と言う事もあって、存在感があったように思います。昨年の作品はライトを画面に照らすと、違う描写が見える仕掛けがしてありましたが、今回の作品では、そういった小さい技巧に頼ることなく、ストレートな絵画作品だった点が好感が持てました。また、以前にはなかった部分的な箇所に点描描写が加わり、それが画面全体に不思議な効果を醸し出していて、新たな発展がこれから期待できそうです。と、褒めてばかりではどうかと思うので、敢えて苦言を言わせてもらえば、ただの風景画では成立しないので色のトーンを落としたのだが、それでは色のトーンが綺麗なだけで作品として成立しなかったので、仕方なく点描を追加したとも言えますよね。ライトが点描に変わっただけとも言えなくもないので、欲を言えば作品としての本質というか強度が欲しい所ではあります。でも、大賞ですよ、おめでとうございます。未来賞の安部悠介「自画像」は、他の2名の審査員の方々はおしていましたが、キュビズム作品をどうも連想してしまい、新しさを感じられなかった為、今ひとつ素直に作品の良さを受け入れることができませんでした。一方、未来賞の川平遼介「パンツの神様」は、私の中では大賞と同列で良かった作品です。素材や形状、色彩、構図、モチーフの存在感など、申し分ありません。段ボールの汚し加減と、ビビットな色彩のすすけた絵肌がとても効果的に作品を操作しています。この方向性でもっと彼の作品を見てみたい。タイトルの「パンツの神様」も興味をそそられました。他に印象に残った作品は、未来賞の佐々木信平「涙石」。色感がとても良く心地いい作品で、ヤギなのでしょうか石の中に見え隠れするそのゆらゆらした見え方も面白かった。バックのマチエールもモチーフとマッチし、よい相乗効果が出ていました。その他では、最優秀高等学校賞の肥高茉実「私と猫」。まさか、高校生の作品だとは思いませんでした。最後の最後まで残り、ベスト8に残った作品です。とても完成度がある作品だと思います。大賞作品にみられた一部の点描表現よりもさらに細かい描写が印象的で、人物と猫の色の対比もとても効果的です。これからがとても楽しみですね。ここに上げていない作品の方が多いわけですが、他の方々も今までの表現方法に囚われる事なく、これからもっと、のびのび作品制作をして行ってほしいと願っています。未来の可能性は無限大なのですから!