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審査員の言葉 大賞未来賞入選学校賞募集要項2011TURNER AWARD

審査員の言葉

大島賛都(美術評論家)
昨年に引き続き、1 次審査から関わらせていただいた。昨年と同様、今年も従来この賞に多く応募がなされてきた作品の傾向にこだわることなく、より広い視点で審査にのぞんだ。その際、おぼろげながら心の中で、端的に、たとえば海外のアートフェアで何の先入観もなくその作品と出会ったとしたら、自分が面白いと思えるかどうか、といったことを想定しながら見ていた。

昨今の日本における若いアーティストを取り巻く環境は厳しい。プロの作家として生きていくことが簡単ではないことは、良くわかる。ただ、海外に目を向ければ、この賞の応募者たちと同じ世代の若者たちの中から、素晴らしい才能をもったアーティストたちが次々と現れ、国際的なアートシーンは活性化し続けている。この違いは何か? 下世話に聞こえるだろうが、私はまず、国際的に活況を呈するアートフェアもしくはアートマーケットが立脚しているところの、アートに関わる人々(美術館、クリティック、メディアなどを含め)が共有する集合的な意識や価値観へと繋がることが、極めて大切なのだと思う。言い換えればこの国のアート教育にはそうした視座を介在させない 。その事を審査の中で痛感した。そして同時にこうした賞こそが、そうした架け橋的な役割を果たすべきであろうとも強く感じた。

そんな中、いくつかの大変興味深い作品があった。まず未来賞の長田奈緒による「yamato」および「ziploc」である。拍子抜けするほど無意味な日常物を、余白をたっぷりとった画面に徹底した軽やかさで描いている。驚くのはその希薄な描出が、圧倒的な視覚的存在感を生み出していることだ。美しさの新たな視点を提示しているようにも思える。こうした新しい「日本的なる感覚」をもっと発信してもいい。

大賞の橋口美佐の作品はそれとはあらゆる面で対極にある。人間にとって最も身近であり、かつ異質な存在である自分の身体を過剰なまでの熾烈さで描いている。身体の内部はおぞましい。だがそれは最も深い慈しみをもって接せられるべきものでもあるはずだ。彼女の作品からそうした思いと、だからこそ美しく描かざるを得ない緊迫感が感じられ、表現として日本の規格を超えた類稀なるスケール感を感じた。セオリーから逸脱した描き方をめぐり意見が割れたが、大賞はこの作品以外に無いと私は思った。
天明屋 尚(美術家)
今年で審査させて頂くのが3年目となりましたが、その3年間で作品のレベルは一番高かったように思います。サイズも大きな作品が多く、3、4点といった連作が目立ち応募者の意気込みがこちらにも伝わり、審査に力が入りました。特に今年は東京藝大生が多いのも特徴の一つで、昨年大賞を東京藝大生が受賞されたことで応募される方が増えたのでしょう。そのこともあってか、作品の質の底上げがなされたのかもしれません。1,021点の作品の中から最終的には2作家に絞られ、橋口美佐さんに3票、長田奈緒さんに1票と多摩美術大学の橋口美佐さんが大賞を受賞されましたが、未来賞は5人中4人が東京藝大生が受賞する結果となり、東京藝大旋風を巻きお越したとも言える結果となりました。

大賞に輝いた橋口美佐さんの作品は、ごちゃごちゃした画面構成が何故か心地よく、普通だと内蔵の臓器を描く場合、グロテスクで暗い雰囲気になりがちな所を、それとは真逆にビビッドな色彩で描くことによって、明るく楽しい印象を残した作品になっているのが効果的でした。そこが、他の作品を寄せ付けない何とも言えない存在感を放っていて私の中では圧勝でしたね。それと争った長田奈緒さんの作品は、橋口美佐さんの作品とは対極的で、バックの白地を巧く生かし日本的な美意識の間を重視して、ともすると間抜けになってしまいがちな所を、空間の取り方が絶妙なさじ加減でなされているのが良かったのだと思います。モチーフの選択も連作の2作品とも器(ケース)で、中身のからっぽさが空虚さをさらに際立たせていました。色感も爽やかな色彩で好感がもてました。

今後、ここに入賞された方々が10年、20年、30年と作品を創ることを辞めずに、創り続けて行ってくれることを願っています。
切明浩志(イラストレーション 編集長)
機会があって絵の審査をさせて頂く時に「何かぶっ飛ぶような、とんでもない、すんごい作品に出合いたいと思って観てます」と言ったりしている。若い描き手に向けトークする場合も同様のことを言っている自分がいる。

実態はどうかというと、中々どうして、そういう出合いは「ない」に等しい。これまで自分なりにたくさんの「名画(と言われるもの)」や「斬新な絵(と言われるもの)」、その他を観てきたし、今はネットで簡単に世界中の絵が検索できる。それゆえ絵に対する驚きが少々麻痺しているのだろう。

そんな日常の中で、しかし今回の大賞作品には驚いた。大変良い。この欄はコンペ全体を俯瞰した総評を求められているのかもしれないが、敢えて大賞だけを褒めたい。この作品に出合えたことを素直に喜びたい。

大賞作は、人体の要素や中身、分泌物? を解体し再構成していて、人体を題材にしながらも部分で描いているのは模様とも抽象とも言える。絵を細かく切り取ると本当にきれいな色と形のハーモニーだ。転じて画面全体を観るとすごい爆発のような、派手派手しい汚物のような何とも言えない世界を形成している。画材もいろんな物を組み合わせていて、部分的に盛り上がりもある。このパワーは観る人によって好き嫌いがはっきり分かれるかもしれない。そんな問題作ぶりもいい。

橋口さんは、人体に材を取った作品がもう1点入賞している。作品の大きさ、ディテール、マチエール、部分の美と全体の調和、2作品の対比…その全てを発表会場に行って生(原画)で観てぜひ感じて欲しい。

そして次へ行こう。この橋口美佐さんも、来年以降の出品を狙う人達も、これを超える作品を目指して欲しい。大賞として発表になった瞬間、それは越えるべきハードルになっていると思う。それにしても作家は23歳、末恐ろしい。




中村政人(アーティスト・東京藝術大学准教授)
全体的には、震災の影響が色濃く感じられた審査となった。特に制作の動機や表現を成立させているテーマ性がまだ定まらずナイーブな内向的視点で作品を制作しているタイプの人は、3.11 以後表現することに動揺、躊躇しているように見受けられた。メディアから受ける衝撃的な情報の強さにたいし、それまでの価値観では素直に画面に向かえなく、その動揺を隠すように直接的な震災のイメージをぶつけていくように表現している。結果、震災の悲惨さ強さを安易に引用した作品となってしまい、街にあふれた震災情報の残像をなぞってしまうことになっている。強いイメージを受け止めるには、それなりの体力と覚悟、精神力が必要である。作品として発表する事と習作的にそのイメージを試してみる事を区別してほしい。その意味では、習作的な作品が多く見応えのある作品は少なかった。時間をかけじっくりと作品化する事に挑戦してほしい。

気になった作品では、長田奈緒さんの「yamato」「ziploc」が特に印象に残った。モチーフの選び方、その対象を見つめる視点が新鮮である。z iplocを使った時のパコッと開きピタッと閉まる時の一瞬の清潔感と安心感というか、その言語化しにくい日常感覚を絶妙に表現している。鮮やかな透明感あるブルーの色彩や工業製品特有のミニマルで薄いプラスチックの存在感をしっかりと描ききっている。「yamato」もチューブの鮮やかでケミカルな色彩とやわらなか形態は、日本的量産品特有の視覚性と軽やかな存在感を帯びている。このようなモチーフを表現しようとするためには、他にも同様な視点で選ばれたものや、対象があると想定でき長田さんのアーティストとしての資質の豊かさを感じる。また、図像を定着するための技術力にも好感が持てる。エンボス加工など様々なテクニックを駆使しているように見えるがその事を感じさせない清潔な画面意識が魅力的である。さらなる表現の展開に期待したい。他には、増田将大さんの「静岡ランドスケープ」「ゴミ拾い」はモチーフがブラックライトで可視化する二重構造になっていて震災後の見えない日常の危機感を感じさせる作品として好感が持てる。本山智香子さんの「Concealment/隠し場所」「Locked Unlocked/閉ざされた 開かれた」は、そのトロンプイユ的絵画性が謎解きをするように画面を探索させ、また繊細な鉛筆での描写が心地よく私たちの視線を丁寧に誘導する力作である。

ターナーアワードだけではないが、公募展に応募するという事を良く考えてほしい。締め切り間際に何となく描いたものを慌てて出品するのではなく、また、学校の課題で描いた同じサイズ、同じようなテーマ性の作品ではなく、アーティストとして作家生命をかけた一点で勝負してほしい。じっくりと考え抜いた切実な作品を期待したい。