キャシー・ジェニングスのクローズアップ

 

冬の港、日暮れのボート(シリーズ:メイン州、冬の港とスクーディック半島)コールドプレスの水彩画用紙に透明水彩絵具 26 3/4″ x 17 5/8″
c Cathy Jennings 1997
マーク・ゴールデン
:キャシー、絵の制作を始めたきっかけは何ですか?
キャシー・ジェニングス :目にするものを描いていなかった時代が全く思い出せないほどで、絶え間なくスケッチや絵を描いてきました。
マーク: そんな風に導いてくれた人生の師は誰だったのですか?ご両親ですか?先生ですか?
キャシー: 両親は教師で、常に私を応援し、励ましてくれました。母はパブリックスクールで学習障害を持つ子供たちに教えていました。父はリベラルな美術学校で宗教と道徳を教えていました。
マーク: 実にすばらしい組み合わせですね!学生時代も美術を続けていたのですか?
キャシー: 続けていました。通っていた公立高校は美術の授業に力を入れていました。主任教師は学校の近くに住んでいましたので、私も授業が始まる前に教室に入り、遅くまで残っていたものです。先生の影響もとても大きかったのですが、高校入学前に自分のやりたいことは絵画制作であることが分かっていました。
マーク: 学校では他の科目にも興味がありましたか?それとも美術一辺倒でしたか?
キャシー: 学ぶことはいつでも楽しかったですし、学生時代はギフテッドプログラムに参加していました。特に歴史と文学にも興味がありましたので、よく勉強しましたし、今もそうです。
マーク: やはりそうだったのですか。すばらしい文章を書かれるので、成長の過程で美術以外の教科にも興味を持たれていたに違いないと想像していました。高校卒業後は特に美術の勉強のために進学したのですか?
キャシー: いいえ。美術部に進もうと考えていましたが、概して学ぶことが好きでしたし、さまざまな学習に幅広く興味を持っていました。美術学校ではもう少し的が絞られがちです。リベラルな美術学校に行って、スタジオアートを専攻しつつ、希望通りに歴史、文学、科学などの講義も受けたいと思っていました。周囲の環境からも大きな影響を受けています。学校を見て回っていたとき、スミス・カレッジのキャンパスが一目で気に入り、結局そこに通い、スタジオアートを専攻することになりました。
マーク: 在学中、大きな影響を受けた学部や教師は?
キャシー: 特にはありません。全体の雰囲気と学習を支援する環境はあらゆる点で素晴らしい経験でした。
マーク: 卒業後はどのような道に進んだのですか?
キャシー: ペンシルバニア大学美術学部の大学院に入りました。風景画家になりたいと思っていたからです。当時、絵画の講義を担当していたニール・ウェリバー先生は風景画家でした。80年代中頃のことでしたが、当時、具象画は必ずしも学術分野で推奨されていたわけではありませんでした。具象画だけでなく風景画も勉強できる課程を苦労なく見つけることは重要でした。油絵と版画を学びました。
マーク: では、「私はアーティストです」と自信を持って言えるようになったのは大学院在籍中ですか?
キャシー: 「アーティスト」という言葉は好きでもあり、嫌いでもあります。自分では第一に画家であると思っています。おそらく二番目にアーティストでしょう。確かに大学院在籍中でした。
マーク: 2つの違い、すなわちどのように使い分けているか説明できますか?
キャシー: 材料、絵具、紙、キャンバス、描画技術がそれほど重要ではなかった時代がありました。制作物としての絵画もそれほど重要ではありませんでした。言葉と概念の方が重要だったのです。院生の頃は、視覚芸術の言葉の側面が注目された時代でした。
皆、自分の制作について、あらゆる種類の抽象的で小難しい説明をとうとうと語っていました。今でもそうです。アーティストや美術界や「アート」といった言葉と絵画現物とを結びつけることに苦労することがあります。絵を展示する目的はじっくり見てもらうことですから。言葉と絵の関連性が薄ければ、言葉によって物体の重要性は簡単に薄れてしまいます。私にとって絵画の根本は視覚であり、言葉はそれを支えるだけで、束縛すべきではありません。ですから、私は画家ですと言うときはある種、そのすべてから一歩離れて、絵と制作工程と技法に対する興味を再び主張していることになるのです。
マーク: それこそが制作技術に苦労しているアーティストにとってあなたが大きな助けになっている理由なのだと思います。我々は言葉のやり取りを創作しているわけではありませんし、絵画制作技術や作家が創作に成功することを妨げるものは別として、ある描画方法を弁護するために闘っているわけでもありません。だから、我々の仕事と、あなたがやるべきことを上手にやっている理由とは大きな関連があると思います。
少し話題を変えましょう。制作の始め方はありますか?写真を撮るとか、自然の中に出かけるとか、スケッチをするとか。制作に取り掛かるときの流れについて教えてください。
 
  9月初旬の日の出後の霧に煙る光景(シリーズ:森にて)ジェッソ処理した硬質板にアクリル絵具12″ x 12″
c Cathy Jennings 2013

キャシー:長年、風景を描くうちに、ある場所を対象とした一連の作品を制作する工程が生まれました。その場所に行って、できるだけ長い時間を過ごすのです。そこにいる間、水彩画やスケッチを描いたり、メモしたり、スケッチブックに書き込んだりします。ある意味で第二のスケッチブックとしてカメラを使います。
その場所で感じたことがすべてスタジオに帰り、作品を制作する環境を形成します。その場所での経験に語りかけることもあります。私はそれを主観的なリアリズムだと考えています。私の絵は非常に具象的でありつつ、自分自身を通じて、またその場所を繰り返し経験することによりろ過される傾向にあるからです。
マーク: スタジオで制作を始めるために行っている特別な習慣や儀式はありますか(お茶の入ったカップを手にするとか、音楽をかけるなど)?
キャシー: 現場にいる時は、イヤホンや音楽など、現場から切り離されるものは使いたくないと思っています。イーゼルを組み立て、絵具を準備すると自然に描くという行為に移行します。カリフォルニア州北部のトゥーリー湖で絵を描いていた時、マキバドリがイーゼルに止まり、レイヨウがやって来て、描いている私の後ろにずっと立っていました。描いている間、いろいろな意味でその場所とつながっているように感じます。イヤホンを使い、音楽をかけることはその妨げになります。ただし、スタジオにいるときは音楽を聞きます。お茶も昔からの儀式の一つです。マグカップにお茶を入れてスタジオに入ると、制作に移行しやすくなります。結局お茶を飲まなかったとしても、お茶を入れて運び、その温かい器を持つという儀式は制作工程の一部です。
マーク: キャリアの話に戻しましょう。大学院を出た後のステップはどのようなものでしたか?
キャシー: 美術学修士号を取得した後、ペンシルバニア州の森の小屋で暮らしていました。非常勤で絵を教え、刺繍ワッペンの会社でデザイナーとして働いていました。消防士が着る刺繍入りジャケットやボーイスカウトのジャンボリー用バッジのデザインやパターンを作っていました。この時期も作品の制作と展示を行っていました。先程のアーティスト対画家の話を覚えていますか?当時行なわれていたアートの話すべての背景にある理論について、十分に理解していなかったのだと判断しました。美術学修士課程は完全にスタジオが中心だったからです。そこで復学しようと決心しました。厳密な美術史を望んでいたのではありません。さまざまな意見を調査しました。私はペンシルバニアで育ち、マサチューセッツとペンシルバニアの学校に通いました。だから、他の地方を見てみたいと思ったのです。
テキサス工科大学で、美術史(演劇を少しと音楽を少し)と哲学(特に美学)に関する課程を見つけました。入学が許可され、博士課程で学び、学際的美術の博士号を取得して卒業しました。
マーク: 大きなチャンスでしたね。そこから作品の背景にある美学に関してもう少し理解を深める意欲を掻き立てられたのですね。
キャシー: はい、大きなステップでした。生活環境も変わりました。森林の多い北東部からのフラットで、埃っぽく、乾燥し、常に光に取り囲まれたテキサス州西部に移ったことは大きな変化でした。
その後、カリフォルニア州立大学チコ校で教鞭を取り、カリフォルニアの北部を体感し、大好きになりました。そこを離れた後、ニューメキシコ州東部のラボックにかなり近い場所で教職に就きました。そこの環境は私には合いませんでした。
マーク: なぜニューヨーク州北部の中心にある当社に来られたのですか?
キャシー: 求人広告を読んだ時、「私のために書かれた広告だ」と思いました。理想的な仕事だったからです。興味のあることがたくさん組み合わされていました。だから応募し、今この場にいます。これまでで最高の仕事だと言わなければなりません。
マーク: 当社で関わったプロジェクトの中で特に興味深かったものについて教えてください。
キャシー: 最も記憶に残っているのはQoR水彩絵具耐光性試験でした。美術学修士課程で水彩画に再び取り組み始めた時以来、使っている顔料の性質にとても興味を持っていましたし、パレットには耐光性に優れた絵具だけを使おうと注意を払っていました。水彩絵具に関するASTM耐光性評価表のことを知り、長い間更新されてこなかったことをとても残念に思っていました。そのプロセスに携わるチャンスを与えられたことは素晴らしいことです!
マーク: 油絵から水彩画に移行したのはいつですか?
キャシー: ペンシルバニアの大学院に在籍していたある日、ニール・ウェリバー先生がスタジオにやって来て突然「君は水彩画に挑戦すべきだと思う」と言ったのです。次は両親のもとを訪れた時、当時近くにあったディック・ブリックの大型店舗に行き、水彩画用紙を探し始めたところ、一目で好きになってしまいました。水彩絵具が好きになったのはその後でした。水彩画用紙と水彩絵具を手に入れ、制作を始めました。水彩画はかなり独学です。
マーク: では、しばらくの間水彩絵具で制作していたのですか?
キャシー: はい、80年代半ば以降十数年間、最もよく使った絵具でした。最近、油絵具に戻りましたが、今はアクリル絵具での制作も始めました。院生時代からずっと、水彩絵具は常に手元にあったお気に入りです。
マーク:材料と工程に関しお客様から電話やメールで質問が来ますが、対応された質問の中で最も興味深いやり取りはどのようなものでしたか? 

  10月の半島に射す午後の影(シリーズ:トゥーリー湖/溶岩層)ジェッソ処理した硬質板に油絵具12″ x 24″
c Cathy Jennings 2004
キャシー:油絵の支持体を適切に準備する方法に関心を持っておられた画家や、顆粒状水彩絵具と非顆粒状水彩絵具の違いに関心を持っておられた画家との会話は興味深いものでした。
ゴールデン基金のレジデンスに滞在するアーティストとの共同制作も本当に楽しい経験でした。彼らの多くが透明水彩絵具による制作に時間をかけてこなかったのは事実です。彼らにQoRを紹介し、いかに鮮やかな濃度の高い絵具であるか、また例えばアクリル絵具と比べて、透明水彩絵具と併用した時に顔料の個性がいかに明確になるかを見てもらったときは大変楽しかったです。
マーク: アーティストからの質問には電話でごく簡潔に回答しているようですね。しかし、貴方に来た感謝状がすべてを物語っています。スタジオでの作業に関して提供された情報に基づき明確な展望を得たアーティストからの手紙も読みました。お話ありがとうございます。
キャシーに関する詳しい情報については、下記のサイトをご参照ください:cjenningsgallery.com.
 

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