海の向こうのどこか

By Amy McKinnon

ウルトラマリンブルーはしばらくの間、実際には何年も、何十年も、何世紀もの間、ビクともしない、不動の、ポジションやステータスに惑わされない柱として存在してきましたし、今もそれに変わりありません。ウルトラマリンブルーは、6~7世紀から現代にいたるまで、当社の新しいQoRウォーターカラー製品(国内未発売)も含めて、あらゆる時代のパレットにおいて突出した地位を享受してきました。この遍在性は気づかれていないかもしれませんし、あらゆるパレットに存在するためあたり前のように感じられているかもしれません。しかし、水彩絵具のその色が目に入ったとき、心は深い海や、夜明け前の空や、古代の墓へと旅をします。水彩絵具はその乾いた仕上がりゆえに、ウルトラマリンブルーを乾燥顔料と同じくらい生き生きと、暗くくすませることなく表現します。分かっている限り、ウルトラマリンブルーが初めて使われたのはアフガニスタンのバーミヤンにある石窟寺院の壁画であり、仏画の背景を彩りました。地理的に、この壁画のある場所は、ラピスラズリという青い鉱脈が発掘されたサレサングに非常に近い所です。

色そのものと、その貴重性、希少性、輝きが、宗教画における宗教的人物の地位を直接表しています。ルネッサンス時代には、抽出や取得が最も困難で最も高価な色は、当時最も崇拝された人のための色とされていました。聖母マリアがいつも神聖な青を身に纏っているのはそのためです。当時、ウルトラマリンブルーは高価であったため画家のパレットに必ずあったわけではなく、パトロンが絵画制作を依頼する時に注文していました。マリアが描かれていない未完成作品があるのはそのためです。ウルトラマリンブルーは中国の絵画や、ペルシャのミニチュア彩色画や、インドの壁画やイタリアの彩飾写本の宗教的パネルにも使われていました。

ラピスラズリは採掘後、粉末にされ、溶融ワックスや樹脂や油と混ぜられ、布で包まれ、灰汁(あく)と一緒に揉まれました。それによって青い粒子が放出され、混合物から分離したのです。残念ながら、鉱物を粉末にするだけでは、青白いほとんど無色の顔料しかできません。

私たちが今日ウルトラマリンブルーと呼んで使っているものは化学的にラピスラズリと同じものです。最初は、ゲーテがイタリアのパレルモ近くの石灰窯の壁に青い付着物として発見し、数年後タサートがフランスのサンゴバンにあるガラス工場のソーダ窯で見つけ、化学分析から大きな類似性が明らかになり、合成による安価なウルトラマリンブルー開発のコンテストが開かれました。1928年、本物のラピスラズリで作った顔料が1ポンド3,000~5,000フランもしたのに対し、1ポンド400フランの顔料生産を完成させたギメに賞金が授与されました。

ウルトラマリンブルーはアルミノケイ酸ナトリウムの多硫化物です。成分は、ナトリウム、アルミニウム、硫黄、二酸化ケイ素であり、製造用に使用される原材料には無水硫酸ナトリウムまたは無水炭酸ナトリウム、陶土、細砂、硫黄です。工程と発色を促進するために成分は鉄が含まれていない純粋なものでなければなりません。空気のない環境において、るつぼで何時間も加熱することで緑色が生まれます。その後、粉末にして洗浄し、再加熱すると青色が現れます。時間と温度を変えて1回の加熱で発色させるための異なる生産工程も存在します。シリカと硫黄の比率と等級は、ウルトラマリンブルーの酸に対する反応度に直接影響を及ぼします。

ウルトラマリンブルーの大きい粒子は深い青色を生み、小さい粒子は大きな着色力を提供します。顔料の粒子は丸く、規則的な形状とサイズですが、天然ラピスラズリの粒子はそれよりはるかに大きく、不規則で、高い透明性を持っています。合成ウルトラマリンブルーの粒子は不透明に見えますが、天然も合成も屈折率に大きな差はありません。

ウルトラマリンブルーは優れた耐光性を持っていますが、酸(特に都市部の二酸化硫黄と酸性煙霧)に曝されると色あせるため、外壁への使用は避けた方がよいでしょう。透明性とマットな光沢は世界中のパレットに色の深さと豊かさを誇示します。無数の場面において他の色と美しく混ざり合うことで、パレットを飛躍的に拡大し、あらゆる空のもとで至る所に見られる必要な存在になります。

Golden Artist Colors社


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