長く孤独な年 キャンバス アクリル絵具 170×254cm

ステイシー・ブロックのクローズアップ

マーク・ゴールデン:アーティストになりたいと思ったのはいつのことか教えていただけますか?

ステイシー・ブロック:
生まれた時からです。生来の画家で、他の何かになりたいと思ったことはありません。

マーク:
家庭や、中学、高校など学校で具体的な指導者やインスピレーションに出会いましたか?

ステイシー:父は昔も今もドゥーワップのミュージシャンで、母は劇場通いをしていました。母は英語と演劇の教師で、私の記憶では演出もしていたと思います。しかし、家族の中でビジュアルアーティストは私だけです。

マーク:では、クリエイティブな才能は家庭で養われたのですね?

ステイシー:そうです。両親は全面的に応援してくれました。私はスポーツにも何にも興味を持ったことがなく、美術の授業を受けるのが楽しみでした。両親は常に放課後の美術教室や土曜日の美術教室に通わせてくれました。ほとんどが絵画でした。

マーク:高校でもそうでしたか?

ステイシー:はい。作品の制作を中断したことはありません。高校の美術プログラムは中身の濃いもので、その意味ではラッキーでした。宝石製作の授業も楽しかったです。素晴しい先生方がいましたし、美術と音楽の授業も充実していました。ですから、その両方から多くを学ぶことができたのです。

マーク:ステイシー、あなたが通っていた高校はそういった類のリソースを持つ美術の専門学校だったのですか?

ステイシー:
いいえ。誇りを持って言いますが、通っていたのは公立高校です。たまたま学校のシステムが素晴らしく、美術に力を入れていたのです。当時を振り返ると、それ以上のことをしていたわけではないと思います。ただ、学校へ行くと、美術への取り組みが活発で、生徒は美術への興味を追求することが推奨されていました。自分で選ぶことができたのです。美術か音楽を強制されていたわけではありません。

マーク:学校はどこにありましたか?

ステイシー:ニューヨーク州ロックランド郡のスプリングバレーです。

マーク:その後大学へ進まれたのですか?

ステイシー:はい。ハートフォード大学のハートフォード・アートスクールへ進学し、絵画を選考しました。陶芸も幅広く勉強しました。

マーク:ところで、得意な科目は何でしたか?

ステイシー:得意な科目は英語と数学でした。大学時代は英語の授業をたくさん受けました。文学や詩や文芸を通じて素晴しい教授陣と日々を過ごすことができました。好きな授業はもちろん絵画と陶芸でした。それまで陶芸をやったことはありませんでしたが、すぐに好きになりました。

マーク:卒業後は何をしましたか?

ステイシー:卒業から2週間後にシアトルに行き、3年間そこで過ごしました。実をいうとコネチカットから離れたかったのです。学校は好きでしたが、それと同じくらい、その地域から離れたいと思っていました。もっと刺激がほしかったし、自分の人生を始めたかったのです。結局、非常にクリエイティブな街に住むことになりました。車も必要ないし、お金をかけずに生活できる街です。6ヵ月働いたら、6ヵ月は仕事を離れ、その間に作品を制作していました。

マーク:それからニューヨークに戻ったのですか?

ステイシー:いいえ。マサチューセッツ州のノーサンプトンに引っ越しました。大学時代の友達がそこにレコーディングスタジオを持っていたので、彼らと音楽を作るために戻ったのです。そこに住んでいた1年半は音楽に専念し、その後ニューヨーク市に戻りました。

マーク:演奏していた楽器は何ですか?歌の方はどうですか?

ステイシー:ベースを弾き、歌も歌います。

マーク:どのような種類の音楽でしたか?

ステイシー:そうですね、パンクロックを聴いて育ちましたので、否応なくその影響を受けています。そのジャンルでしたが、他の好きな音楽からも影響を受けていました。ヘビメタの影響もあります。50年代のガレージロックや子供の頃から聞いていたドゥーワップもそうです。好きなものをすべて融合した音楽でした。ふとした時に影響が現れます。たまたま現れるのですね。

マーク:素晴しいですね。その音楽を聴くことはできますか?

ステイシー:レコードがあります。シングルを出しましたが、私が持っているのはMP3方式です。レコードを集めているのでアナログでレコード盤に録音しました。今でもレコードを集めています。レコードの方が音が良いと思います。だから私はオーディオファンです。

マーク:音楽時代の後の話を教えていただけますか?

ステイシー:そうですね。ニューヨークに戻り、再び絵の制作を始めました。とても大きな作品を描いていたため、350平方フィートのアパートで生活するのは大変でした。大きな作品を描くのは無理だと思い、結局、制作のためのスペースを見つけ、協同組合で継続的な講座を受けることにし、絵を描く場所を得ることができました。そこからブルックリンで陶芸教室にも通い始め、スタジオを活用して陶芸も行うことができました。

マーク:では、ニューヨーク暮らしの時はずっと、絵画と陶芸との間を行ったり来たりしていたのですね。

ステイシー:ええ、そうです。同時に両方やっていました。今でも両立しています。2つの間で切り替えるのです。こちらからそちらへと切り替える時に小休止するのも楽しみです。

マーク:絵を描く時に好きな画材は何ですか?

ステイシー:アクリルです。この20年以上アクリルで制作してきました。

マーク:なぜですか?

ステイシー:アクリルの即時性が気に入っているからです。油絵具の場合は、ミスをしたときに何日も乾くのを待って見直さなければならないし、単純に塗り重ねることができなくて、もし重ねると色が濁ってしまうことにも絶対に我慢できません。アクリルは手早く作業ができます。20分で乾燥し、手直しができます。その迅速性も好きですし、媒体として水を使うことも気に入っています。

マーク:その間、画家一筋でしたか?

ステイシー:いいえ。フルタイムで他の仕事もしていました。それでも、空いた時間やスペースを利用して作品を作ることを大切だと思っていました。来る日も来る日も制作です。見る人がいなくても気にしません。それでも作らなければならないのです。いつもそんなふうに感じていました。

マーク:ニューヨークのニューベルリンにあるゴールデン・アーティスト・カラーズに来られた経緯をお聞きしてもいいですか?

ステイシー:この会社がこの土地にあるのを知ったとき、私は積極的に仕事を探しました。就職の方法は重要ではありませんでした。何年もゴールデン社の絵具を使ってきて、すごい製品だと思っていましたので、この会社に関わることができたという事実だけで驚くべきことでした。

マーク:それはよかった。テクニカルグループに入られた時に手掛けたプロジェクトであなたにとって最も刺激的だったものまたは最もワクワクしたものはありますか?

ステイシー:すべて刺激的です。テクニカルサポート・アンド・アプリケーションズにおける私の立場は驚くべきものです。未経験のこともすべてやらなければいけませんし、純粋にアーティストとして使用する立場だけでなくラボの立場も学ばなければならないからです。独りで描くだけなら決して使わなかったと思うような製品、特にメディウムと補助剤をすべて経験することができます。こうした製品すべてに触れ、あらゆる側面を試し、学ぶチャンスがありますので、他の人がうまく使えるようお手伝いすることができます。信じられないチャンスです。

マーク:ステイシー、それこそがワーキングアーティストとテクニカルグループで働く人々から私が学んだことの一つです。すなわち、想像もしなかった方法で仕事が制作キャリアに影響するのです。

ステイシー:まったくその通りです。アーティストとしてここで働く人のうち、私が話をしたことのある人は皆、ここで働くようになってから作品に変化が生じたように思えます。私の作品も既に変化しました。

マーク:どんなふうに変わったか教えていただけますか?

ステイシー:最大の変化はメディウムと補助剤が加わった時に起こりました。画材店に陳列されたGOLDEN製品は美しいのですが、メディウムと補助剤にいたっては白い容器に入った白い製品であったことに本当に混乱しました。それらを知り、その能力を見ることができた今、自分の作品に使い始めました。今はインターフェアランスカラーや、メディウムとテクスチャーを加えることに夢中で、作品が抜本的に変わりました。

マーク:ありがとう、ステイシー。本号であなたを紹介することができ、今伺ったお話をお客様と共有することができて本当にうれしく思います。

ステイシー・ブロックと彼女の作品についてもっと知りたい方はwww.stacybrock.comをご参照ください。


孤独 磁器 30.5×2.5 cm

 

Golden Artist Colors社


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