Friedel Dzubasの記念碑的作品

James Walsh

20世紀中頃には、ニューヨークシティのダウンタウンで戦後放置されていた広々した商業ロフトが利用されるようになり、それまでのアーティストスタジオという概念、すなわち「屋根裏部屋」はロフトに取って代わられました。製造業がニューヨークから出て行った代わりにアーティストがこの空間に入って来たのです。キャンバスを壁に直接打ち付けてこの広大なスタジオを利用したため、あるいはキャンバスを床に直接固定する方法をJackson Pollockから学んだため、イーゼルは不要になりました。

ヨーロッパから逃げて来た外国人アーティストと全米からニューヨークに来たアメリカ人アーティストが集まってできたのがニューヨーク・スクールです。

抽象表現主義者の絵が高く評価されるようになり、そこから生まれた自発性、即時性、直接性の糸が絵画の全く新しいスケール、色の広がり、テーマとなるスタイルを紡ぎ出しました。この環境において、Friedel Dzubasは、作品の大規模性に取り組むことにより自らに挑んだ著名なアーティストの1人でした。Frank Stella、Larry Poons、Jules Olitski、Al Heldも同時代のアーティストであり、彼らは個人的なものから記念碑的なものまでさまざまな規模で制作を行うことができました。

1950年代、Dzubasは油絵具でエネルギー溢れる抽象画を描いており、1951年の九番通り展示会やその後のステーブルギャラリー展示会など、草創期におけるダウンタウンアーティストの中心的な展示会のメンバーになりました。

2014年9月13日から2015年3月28日まで披露される「Friedel Dzubas記念碑的作品」と題されたThe SAGGでの展示会では、高さ10フィート近く、幅20フィートを超える大規模な絵画を数点展示します。これらの作品は「運搬可能な」絵画、すなわち分解し、展示会用に再び組み立てられる絵画の物理的限界と格闘するという意味でのDzubasの業績を示す重要な基準になります。こうした作品の規模の大きさは、Dzubasの制作能力にプレッシャーを与えましたが、それと同じくらい画廊や美術館の壁の展示可能なスペースにもプレッシャーを与えています。今回展示する絵画と同規模であるDzubas最大の作品「クロッシング」はボストンのShawmut Bankに長年飾られていますが、驚くなかれ、長さ57フィートです。

戦後の画家の典型的習慣にはやや反しますが、Dzubasは大きな作品を描く前に小さな習作を制作していました。幸運にもThe SAGGは、今回展示する大作の一つである「プロセッション」と題された作品のためにDzubasが制作した習作も展示することができます。「プロセッションのための習作」は13?×31インチですが、完成品の「プロセッション」は長さ24フィートです。どちらの作品もMagnaミネラルスピリットアクリリックスで制作されています。Magnaは1940年代後半に絵具技術者であったSam GoldenがBocour Artist Colorsという彼の会社で開発したものです。Magnaはプロ用として初めてのアクリル絵具であり、水ではなくミネラルスピリットと混ぜて使われました。Jackson Pollockは発売当初からMagnaを採用したアーティストの1人でした。

最初のMagna絵具と1980年以降にGolden Artist Colors, Inc.が製造したミネラルスピリットアクリリックスは、速乾性で、明るい色で、Dzubasにとってメリットであったにちがいなく、彼は薄くジェッソを塗った面にミネラルスピリットを浸みこませ、この絵具を塗ったものです。この手法によりDzubasは多数の濃色部分のエッジを羽のように広げることで彼のテーマとなる面を作ることができたのです。こうした独自の形状のハーモニーが人気を呼び、彼は長方形の構造の中に全くオリジナルの絵画解像度を表現することができました。

「Friedel Dzubas記念碑的作品」展示会は、制作工程がとても楽観的であり自由であった時代を回顧します。Dzubasはあらゆるスケールリレーションと表現の可能性に越えて作品を作りました。それは床一面の絵であり、見る者はその世界に浸らずにはいられません。

Golden Artist Colors社


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