ベロシティ:
ラリー・プーンズ
SAGGジム・ウォルシュ 2011年8月



'Move over nice dog....'
Move It On Over,
Hank Williams 1947


ベロシティは1975年から2009年にかけてのラリー・プーンズの作品展で、ニューヨーク・シティにある彼のスタジオを訪問したような感覚に近づけており、将来開かれる多くの展覧会もおそらくそうなるでしょう。プーンズのスタジオでは、完成した絵画が10枚あるいはそれ以上に、多くは制作年度よりもむしろ大きさによって積み重ねられています。ベロシティは、スタジオを訪問すれば見られたかもしれない光景を観客に垣間見せてくれます。描いたばかりの絵の横に1970年代の絵があるかもしれません。向い側の壁には、その間の時代を埋める絵が見えるかもしれません。その目的は、時には単なる都合上ということもありますが、プーンズの作品をこのように保管することで絵と絵が交わす絵画的対話の類似点や相違点を表現することです。ベロシティはスタジオ生活の創造神と小さな渦を前面に押し出しています。

アーティストとしてのラリー・プーンズは力強く、仕事熱心で、今日的です。50年に及ぶ絵画人生において作品の制作方法と外観を変え続けてきました。自分にも観客にも妥協しませんでした。わかっているだけでも片手では足りない回数の期間、絵画漬けの日々を過ごした彼の作品は、何気なく見ると宣言的挑戦に見えます。アーティストの作品は目立たないがその時々の変化があると静かに主張する芸術界への挑戦です。
プーンズの作品は、昔、学んだ音楽に多くを依存しています。特に、交響曲、室内楽、ヒルビリー音楽といったジャンルのすべてについて、プーンズは聴衆を啓発するために喜んでその深い造詣を分け与えるでしょう。可能であれば、読者は音楽に関することならプーンズとの関係をどうぞ活用してください(詩や内燃エンジンの手入れについても質問してください。その話題について質問してよかったと思うでしょう)。しかし、プーンズによるハンク・ウィリアムスとベートーベンの比較では、音楽の生み出す情緒的で技術的な部分を独自の観点で包み込んでいることが強調されています。音楽には、作曲家と演奏者と聴衆にとって有益な専門用語があります。絵は、どんなにがんばっても、いかなる理由があろうと、説明の実用性に欠けています。音楽におけるテンポとムードの記号は絵に関する豊かな物語風の注釈よりも実務的で目的があります。1982年の「P.D.」のようなプーンズの作品は「交響曲的」であり、アクリル絵具が相互に織りなす「投げ」の蓄積であると論じることができます。「P.D.」は、大きなスケール(93 ? x 183 ?)(約238 x 466 cm)と、表面の浅浮き彫りの上に小さく溜まる絵具の複雑さにより、観客の胸をときめかせ、釘づけにします。

ベロシティに見られるように、「P.D.」だけでなく1985年の「ログ・トレイン」や1975年の「無題」は、長いキャンバスの囲いに大量の液体アクリルを投げかけるという荒っぽい常識はずれの、ほとんど非現実的な手法で制作されたシグナチャーシリーズの作品です。当時、プーンズは、絵具そのものを絵画として存在させるために、絵具が重力を感じ、その存在を示し、液体から個体へと変形することを必要としていました。

ログ・トレイン 1985年、キャンバスにアクリル、78.25" x 90"(約199 x 229 cm)、
ロレッタ・ハワード・ギャラリーの提供

30年後、2003年の「グラム・パーソンズまで2万マイル」や2009年の「モカ・ディック」などの作品では再び筆を使っています。塗りたての絵具がキャンバスを流れ落ちる軌道は消え去り、代わりにあらゆる方向に向かって描いたフィンガーペインティングが重力により解放された様子になっています。プーンズは作品を全く大事にせず(絵が倒れたとき「そこをどけてくれ」と言ったことで有名でした)、塗った絵具を基礎まではがしてしまいました。


グラム・パーソンズまで2万マイル 2003、キャンバスにアクリル、66" x 160.5"(約168 x 408 cm)、
ダネーゼの提供


プーンズの芸術において、スローイングペイント、大胆な規模、絵具を注ぎ込み調和させる手法の魅力は抗しがたいものですが、根本的な事実が残されます。ラリー・プーンズにとって、変化とリスクと達成はすべて色に奉仕するためになされてきました。ヴァザーリが記した「デザインと色」にあるように、プーンズはベネチア側の(色がすべてであるという)立場をとるに思われます。

Golden Artist Colors社


戻る