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 テクニカルサポートクローズアップ:
スコット・ベネット(アーティスト)
 

マーク・ゴールデン:ずっとアーティスト志望だったのですか?

スコット・ベネット:子供のころからいつも絵を描いていました。6歳の頃から画家志望だったのかどうかわかりませんが、アートに関わっていたいという気持ちはずっとありました。

マーク:ご両親は応援してくれましたか?

スコット:はい。応援してくれました。ジョン・ナージのお絵描きセットのようなものをねだり、紙と鉛筆と画材がいつも身近にある状況でした。

マーク:早くから花と植物をみごとに表現し、写実的な絵を創作しましたね。

スコット:ご覧になった作品は食虫植物のボタニカルアートですが、これはもっと後に始めたものです。20代前半でした。しかし、こうした植物に魅せられたのはまだ7歳か8歳の子供の頃でした。本の挿絵に満足できなかったので、実際の植物を見て自分でスケッチしたり、絵を描いたりしていました。野に咲く植物の写真が撮りたくてあちこちへ出かけることもありました。植物に興味があったので、それを表現するために絵を描くようになったのは当然のなりゆきでした。

マーク:それらの絵は、抽象画の大作に取り組んでいた時に制作されたのですか。

スコット:そうです。

マーク:それはすごい。相前後して制作されたのだろうと思っていました。高校性になってもまだアートに力を入れていたのですか?

スコット:そうです。中学3年生のときにアクリル絵具に関連する実に造形的な経験をしました。美術の先生が絵に意欲的で、当時まだ珍しかったアクリルの絵具とメディウムの知識を持っていたのです。紙とアクリルのメディウムを使ってテクスチャーのある面を作らせてくれました。つまり紙のコラージュです。この経験が今に受け継がれているのですが、アクリルの絵具とメディウムの働きを初めて知ったのはその時でした。

マーク:高校を卒業してすぐシラキュース大学に進学したのですか?

スコット:ええ。美術部に進学しましたが、絵を専攻したわけではありません。絵に向いているとわかったのは卒業後のことです。

マーク:何を専攻したのですか?

スコット:共感覚教育です。当時、美術教育学部はそう呼ばれていました。教授と理念が魅力的に思えました。その理念は、子供にデッサンや絵を教える必要はないというものでした。子供は自分でうまくやれるのです。大人がすべきことは、子供の持つ本来の能力を支える環境を整えることです。共感覚教育を学んだことで、創作の本質を知的に探究することができました。いくつかの異なる分野を浅く勉強したり、深く掘り下げたりするうちに自分にとって最も魅力あるものを見つけました。卒業後、国中を旅してたくさんの絵を描き始めました。帰郷後、数ヵ月間両親の家にいたのですが、そのとき寝室に小さなスタジオを作りました。ベッドを壁に立てかけ、床にビニールシートを敷き、キャンバスを板に打ち付けて、アクリル絵具を滴らせる日々でした。まもなく、シラキュースに戻り、意欲ある画家仲間と付き合いました。他のアーティストと親交を持つ必要があったので、地下室のあるアパートを借りて最初のスタジオにしました。まとまった画材を初めて購入したのもそのときです。ボクーのアクリル絵具を何クオートも買い、大きな容器に入ったRhoplex AC234(訳注:アクリル樹脂原料)も買いました。絵具を大量に注ぎ込み、塗り広げる日々の始まりです。

マーク:卒業後このようなアーティスト仲間を見つけたことは進路を決めるうえでとても重要だったのではないでしょうか?

スコット:間違いなくそうです。だから戻ったのです。作品を見てもらう必要がありました。見る目があると思える人や、共に成長し、共感できると思える人に。

マーク: ある段階でこのグループ以外の人に作品を見せたのですね。

スコット: 1980年、美術評論家であり作家でもあるクレメント・グリーンバーグを紹介され、作品を見てもらうようになりました。友人のマーク・ローシュと共にロール状に巻いた絵をいくつもトラックに積んでノーウィッチの彼を訪ね、じっくり話をし、絵を見てもらいました。この上なく有益で貴重なひと時でした。作品をクレメントの目に触れさせることはすばらしい経験で、多くのことを学びました。訪れるたびにいつも得るものがありました。

マーク:それはすばらしい。では、当社に来られたのもそうした旅の一つだったのですね。

スコット:1980年の初めての旅のことは鮮明に覚えています。生涯忘れないでしょう。砂利道で車を止めると、その先にかわいい小さい家と牛舎と素晴らしい風景がありました。サムとあなたが出迎えてくれましたね。サムが自慢の絵具について話したのを覚えています。「感想を聞かせてくれたまえ。これが我々の作ったゲルメディウムだ。さまざまな粘度と画面ができる。この絵具にこれだけの顔料がすべて入っているんだよ」という風に。そのときアデルがサンドイッチを作ってくれたかどうかは覚えていませんが、そういうことはよくあったことです。絵具を買い、昼食を取りながら話をしました。すばらしい思い出です。その時の気持ちを忘れたことはありません。自分のやっていることに興味を持ち、面白いと感じてくれる人がいて、すばらしい絵具を作っていた。この最初の訪問は私の生涯の思い出になるでしょう。

マーク:アーティストが工場に足を運び、私たちの仕事に心から興味を示してくれたことにどれほど興奮したか覚えています。あなたが来てくれて感激しました。スコット、あなたは当社の創業間もない時から当社の絵具を使い始め、さまざまな製品に実に詳しく、いつも絵具の使用に関する貴重な意見を与えてくれます。その経緯を教えてもらえますか?ある時から多くの材料を使い始めたのですね。

スコット:ゲルメディウムを使ったのは初めてでした。濃厚なアクリルエマルションですね。何ガロンも、時には5ガロン容器で購入することができたため、それまでには全くできなかった新たな制作方法が可能になりました。絵具の膜を厚くできることや、配合を変えた時に起きる現象に魅力を感じました。12フィート(約3.65メートル)四方のかなり大きな絵画プラットフォームがありましたので、キャンバスを床面に打ち付け、同時に複数の絵に取り掛かりました。大量の絵具を注ぎ入れ、粘度の低い部分に粘度の高い部分を混ぜ入れて使うこともしました。結果を見るために材料を限界まで押し広げました。

マーク:作業の大部分は抽象的であり、具象表現ではなかったのですね?

スコット:すべて抽象的でした。実際に私の出発点は抽象的な非具象画なのです。かなり初歩的なツールをたくさん使い、筆はめったに使いませんでした。その期間はずっと、絵具を注ぎ、広げていました。

マーク:では、何もかもが発明だったでしょうね。マークをつけたり、このように透明と半透明で制作したり、このような新しい材料を使った制作方法のレパートリー全体を構築したり・・・

スコット:その通りです。アクリル絵具の扱い方と存在した要因を学ぶことの連続でした。高校卒業後、水彩画家としてスタートしたため、アクリルへの移行は、いわば自然な流れに思えました。正しいと思えることなら何でもやってみたかったのです。当時はスプレーを使った実験をしていました。非常に水分の多い液体絵具の上に何度もスプレーすると、一種のひび割れや亀裂が生じたものでした。この見事な色の亀裂は、絵具とゲルを塗り重ねて柔らかく盛り上げた上にスプレーして作ったものです。乾燥すると、表面の皮が開き、この見事な色の亀裂ができるのです。これがきっかけで、表面欠陥と考えられるもの(今日、技術分野で表面欠陥と呼ぶもの)ができ、それを作品に使うことに夢中になった時期がありました。

マーク:それらを達成した経緯を上手に話す能力と、それまでに構築してきた真の知識基盤を発展させたのですね。これらの働きや、材料の相互作用は、絵具を使った作業と技術がなしえる一種の錬金術です。だから、あなたが技術面を学び、国中でプレゼンテーションをしたいと言うのを聞いたとき、心に響くものがありました。

スコット:ええ。最初の旅は1990年のアルバータ州のエドモントン行きでした。

マーク:これらのツールを他の人と共有しながら教えているとき、その調査、すなわち材料の調査ともっと技術的な面のことですが、それはあなたの制作にどのような影響を及ぼしましたか?

スコット:わかっていることは、確実にそれまでより早い段階で新たに生まれる製品に気づき、技術知識をベースにして、アクリル絵具についてスタジオで役に立つと思う点にたくさん気づくということです。

マーク:技術的資源を提供する役割を自分の絵の世界から常に分離できていたのですね。自分の美意識に合うものを本当に選ぶことができていたのだと思います。

スコット:そうですね。利用可能なものに対する意識が高くなったために、あらゆるものを使いたいという傾向が生まれやすいのかもしれません。

マーク:他のことも教えていましたが、それは、他にどんなツールがあるのか、またアーティストがどのように使いこなすのかを知ることもある面で必要だったからですね。

スコット:他のアーティストに話しかけ、彼らが絵具でやろうとしていることを見るのは楽しいものです。アーティストから電話をもらったりこちらからメールを送ったりするのもいつも楽しいのですが、重要なことは、自分が経験豊富であるとわかっていることです。だから、彼らを手助けし、その経験を伝えることができるのです。実際、1日のうちスタジオにいる間は自分の知識のことは考えていません。ただ描くのみです。しかし、ときどき、これほど長い間アクリル絵具とメディウムを使って経験を蓄積できたことは、なんと幸運なのかと実感します。ゴールデン社の一員であることは、単にすばらしい会社に就職したというだけでなく、様々な理由でとても幸運な状況でした。技術的知識はスタジオでの専門知識を高めてくれます。

マーク:スコット、これほど多くのすてきな手紙とメールがあなたに返信されていることを知り嬉しく思います。1人のアーティストとして彼らのニーズに配慮し、対応してくれていることに感謝します。あなたほどのスキルを持つアーティストが他のアーティストたちに対応してもらえる以上のことはできなかった思います。その情報を提供できることはユーザーに対する大きなサービスです。ウェブサイトでは見つからないし、他の場所でも見つけられないということもあるでしょう。しかし、どんな質問であっても、答えてくれる人がいるのですから。スコット、あなたはある段階で、このような機械的な見方や説明や抽象性に満ちた自分の世界と、他の制作手法全体を考え出すために作ってきたマークメーキングのすべてをまとめるために努力したのですね。

スコット:1974年頃から1981年頃にかけて非具象画を描いていたとき、具象的な絵の制作も始めました。そのとき、どちらかに的を絞ろうと決めました。風景画や静物画を描き、それを追求するつもりなら、専らその方面に集中する必要があると感じました。だから、しばらくの間、非具象画を描くのをやめたのです。新たに抽象画や非具象画を描き始めたのは2年前のことです。それまでは風景画や静物画や新たなシリーズの抽象画を制作しながら、前進と後退を繰り返す日々が続きました。そして再び、過去にやっていた一種のマークメーキング、すなわちアクリル絵具を代用の方法やツールと組み合わせて扱うルーズで伝統的な手法に魅力を感じたのです。注ぎ、押しつけ、こすりつけ、伝統的な筆遣いと思われる方法で絵具の上に重ねるといった方法を組み合わせています。そして結局、画家として独自の方法を確立できたのです。

Golden Artist Colors社
 

 スコット・ベネットについて知りたい方や、作品を見たい方は下記のウェブサイトをご覧ください。
www.scottbennettart.com
 
または
http://SBennett.NeoImages.net
 

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