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テクニカルサポート マイク・タウンゼンドのクローズアップ

 
マイク・タウンゼントは、1997年から当社のテクニカル
サポートサービスチームに所属しています。
 
マーク・ゴールデン
:マイク、画家になりたいと思ったのはいつですか?

マイク・タウンゼンド:早くから思っていました。10代の頃ですね。絵を描いたり、何かを作ったり、新しいことを学ぶことはいつも楽しかったし、特にマンガが好きでした。

マーク:マンガを模写したり、描いたりしていたのですか?

マイク:絵をじっくり見て、見た通りに描いていました。描画方法が面白いので大好きだったマンガが常にいくつかありました。イラスト部分が実に魅力的でした。昔の新聞によくあった線処理も見ていました。当時は線処理だけで陰影や強調を表現する必要があったのです。8年生になる頃には、美術の授業で取れるものはすべて取っていました。美術の授業は終わるのがとても速く感じられ、いつも息抜きになっていましたね。

マーク:高校卒業後すぐ美術学校に行ったのですか?

マイク:当時はまだスポーツに熱中しつつ、美術で何かをしたいとも思っていたので、両立できる学校を探そうとして、結局、マンスフィールド大学に行くことにしたのです。

マーク:マンスフィールドは教育分野に強い学校です。美術教師になろうと思ったのですか?

マイク:美術教師になるためにマンスフィールドに行ったわけではありませんが、その環境で過ごしたことは、ゴールデン社で仕事をする時にとても役立ちました。材料をわかりやすく伝える方法を教わりましたから。画家と電話で話す時やメールで返信する時、複雑な材料について明確で簡潔な情報に言い換える際に過去の経験が役立ちました。ゴールデン社では、「これが答えです」で終わることは決してありませんでした。「これが答えです。そして、この答えに到達した経緯はこうです。皆さんが自分でやってみる時にお勧めできる最良の方法はこれです」となるよう、いつも心がけていました。
ゴールデン社では、単に原稿を読むのではありません。テクニカルシートを引き出し、それを見て、一語一語復唱することなどめったにありません。そういう仕事ではないのです。可能な情報、さまざまなシナリオをすべて提供します。

マーク:つまり、誰もが少しずつ違う状況にあることを認識したうえで、ニーズごとに、アーティストごとに対応しているのですね。

マイク:ええ。皆、違います。どうなりそうだと思うかという先入観をもって電話に出ることはできないと何年もの間認識してきました。その状況について何でも知っているとは決して想定しません。

マーク:世界最高レベルの才能と創造力に溢れる人々と話すことになるのですね。とてもユニークな立場です。

マイク:おっしゃる通りです!10年以上、このサービスを提供してきましたので、関わった電話やメールの数は膨大です。話をしたアーティストは実に驚くほど多様です。おそらく、それが楽しくもあり、この会社にいたい理由でもあるのでしょう。電話を取る時、電話の向こうにいるのが誰なのか、全くわからないのです。

マーク:卒業した時、典型的なアーティスト生活、つまり夜に絵を描き、昼間は別の仕事をするといった生活をしていたのですか?

マイク:どうしようか考えていました。3回生と4回生のとき、広告を専攻していました。その道に進もうとしていたからです。ビンガムトンあたりにはあまりチャンスがないと知っていたので、ニューヨークに行こうと考えるようになりました。PAC Signsという地元の看板会社で働いていた時、昼休みだったと思いますが、新聞の求人広告を読み始め、それから、要するに、結局ニューベルリンに面接を受けに行ったのです。

マーク:何年のことですか?

マイク:1989年でした。求人は、品質管理に関する研究室の技術者でした。芸術的素養は、あるに越したことはないが、必要ではないとのことでした。
ニューヨーク州北部にある画材メーカーというのは、面白いと思いました。そんな会社があるとは知りませんでした。難しすぎてできそうもない仕事だとは思いませんでしたし、絵具に関わることができます。それも動機のひとつでした。
品質管理からスタートしたことが、絵具の特性や、良い絵具と悪い絵具の原因を学ぶのに役立ちました。

マーク:シルクスクリーンとエアブラシにも独自の技能を持った人が入社してくれてよかった。ちょうど入社した時、シルクスクリーンとエアブラシ絵具の両方に関するプロジェクトがあったので、その知識を活かすことができました。

マイク:その通りです。実際、以前のミーティングを覚えています。そのとき、大学でエアブラシをやっていたので、その分野の経験があるという話をしたところ、製品を使ってみて、感想を聞かせてほしいと頼まれました。製品開発の必要性だけでなく、テスト方法を考える必要性もあったからです。エアブラシメディウムの製法や、使い方のマニュアルさえ、ありませんでした。

マーク:プロジェクト完了後、プロジェクトに関するテクニカルサポート情報も書いてくれましたね。社内のエアブラシ専門家でした。研究室での仕事からお客様の電話対応に多くの時間を費やす仕事へと、時間をかけて切り換わっていったのですか?

マイク:ええ。徐々に移行しました。一夜にしてできたわけではありません。技術関連の電話やメールに対する適切なプロセスを確立し、製品と用途の情報シートを作るまで、共同で作業にあたりました。

マーク:フルタイムでテクニカルサポート担当になったのはいつですか?

 
テクニカルサポートサービスチームの一員として、テスト
結果を話し合うマイク・タウンゼント(左)とユリシーズ・
ジャクソン(右)。
 
マイク
:1997年です。

マーク:製品ラベルすべてに当社の電話番号を表示しようと決めた直後のことでしたね。そうすれば、お客様は電話で担当者本人と話ができるだろうと。
そして、13年経って、ここでの最も面白い変化、あるいはテクニカルサポートを通じて仕事をした中で最も面白いプロジェクトは何でしたか?

マイク:多くのさまざまな局面を経験したおかげで、仕事は常に新鮮で楽しく、もっと仕事がしたいという気持ちでいられました。ファイバーグラスアニマルに関する電話が来始めたときは、関連するテクニカルシートがなかったため、新たな学習チャンスであるという意味で面白かったですね。初めてのことばかりでした。この話題に関する電話とメールの頻度は増える一方でしたので、その知識を得る必要があると思いました。お客様が情報を必要とする以上、私たちはそれを提供すべきです。これが多くのテクニカルシートの基礎であると思います。ニーズがある限り、対応しました。たとえ、そのために適切なテストと研究を行う資源を諦めなければならなかったとしてもです。そんなことは問題ではありませんでした。お客様に可能な限り最も価値のある、正確な情報を提供するために必要なことは何でもしました。たとえ、そのために社外で資源を探さなければならなかったとしてもです。それが仕事であり、ここで働く醍醐味なのです。

マーク:多くのお客様と話し、独自の製品をつくる他の会社とやり取りすることで得られる情報を共有できること、その情報をすべての人と共有できること、そのことは大きな貢献でしたね。

マイク:その通りです。

マーク:最近、社内でテクニカルサポートアプリケーションルームを新たに設置する際、その支援に尽力してくれたそうですが、テクニカルサポートのスタッフはどんな風に使っているのですか?

マイク:デスクから離れたささやかなオアシスです。テクニカルサポートのスタッフが材料の作業や独自のテストを行い、来社したアーティストと時間を過ごし、当社の画材について説明するための独立した場所になっています。
その場所で作業に取り組もうとする時、もちろん研究室のテストを念頭に入れたうえで、アーティストの視点に立って行います。その空間を使って、アーティストが実際に製品を使おうとする時におそらくこんな方法を取るだろうという実例を研究室に提供します。研究室が出した結果に質問する、あるいは研究室が提供した情報を補強するために、これ以上の方法があるでしょうか?

マーク:マイク、ユリシーズと取り組んでいる新プロジェクト、すなわちYouTubeRで流す技術ビデオの制作について話してくれますか?

マイク:現実的な話ですね。アーティストはとても視覚的です。文字で書けば通常7ページくらいになりそうなことを2分で理解してもらえるのは、すばらしいことです。
とても楽しいものに仕上がっています。しかし、洗練されたハリウッド映画を制作することが目標ではないことも、皆、理解しています。 情報をすばやく明確に伝える努力をしています。アーティストの感想は実に肯定的で、やりがいがあります。店舗や業者にも、それぞれの書類や説明書にこのビデオを組み込み始めてもらっています。すでにこの話題に触れているブログもいくつかあります。

マーク:会社でたくさんの仕事があっても、絵をやめてはいないのですね。当社の一員であること、全社的なテクニカルサポートの一員であることにより、あなたの絵は変わり、影響を受けましたか?

マイク:間違いなく、影響を受けました。スタジオアートの版画、油絵、そして彫刻の考え方からスタートし、この会社に来てプロ用アクリル絵具の仕事をしたことは私にとって画期的な経験でした。ここで働き、材料を発見し、研究室で作業し、ある材料を文字通り最初に - 特注製品でさえも発注者より先に - 使う画家であることは、刺激的で、感動的でした!
材料のテストと実験ができることはとても楽しいことでした。ここで20年近く働いていますが、それは20年に及ぶ教育と知識と発見であり、この会社に来なければ決して得られなかったものであり、それも感動のひとつです。過去20年間、特に父親になった後、最も難しかったことは、ゴールデン社で得たすべての知識を習得し、それを自分の作品に取り入れ、絵と創作に戻る時間を見つけることでした。

マーク:貴重な時間をありがとう、マイク。皆、あなたがテクニカルサポートのパイオニアとして私たちすべてのために成し遂げてくれたことを誇りに思い、私自身も、あなたがこの業務を会社の基礎とすべく尽力してくれていることに感謝します。


Golden Artist Colors社


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