並外れた下地材
アクリルディスパージョン下地:あるいはジェッソ

By Bill Berthel


本記事は、アクリルディスパージョン下地についての用語と理解、下地材の性質、そしてそれらの性質が絵画においてどのように機能するかを示そうというものです。未だ理解されていない、下地材の品質規格の開発とその必要性を示すことになるでしょう。

用語
「ジェッソ」または「アクリルジェッソ」といわれる現代の画材は、より正確には「アクリルディスパージョングラウンド(アクリル分散体下地)」と呼ばれます。アクリルディスパージョンとは、専門家用アクリル絵具で一般に使われる樹脂を指します。長年、多くの人が「アクリルエマルジョン」と呼んできましたが、これは正確ではなく(米国の)画材ではエマルジョンというよりはアクリルディスパージョンと呼ぶようになっています。本記事では、専門用語の明確性と使用上の問題から、「ジェッソ」という用語は本来の伝統的な意味での石灰とニカワを使った下地に限定します。

「アーティスト・ハンドブック」(ラルフ・メイヤー第五版、改定最新版)にある次の定義は、ジェッソに関する優れた資料です。

ジェッソとは、粘性のある、あるいは液状の材料で、様々な表面に塗付して、絵具やギルド、その他の装飾技法に適した性状をそれらの表面に与えるためのものである

メイヤーはさらにジェッソの一般的な組成を記しています:

組成は、石灰、白亜、パリス消石膏などの不活性白色顔料と、(動物蛋白質)ニカワ、ゼラチン、カゼインなどの水性バインダー(結合剤=樹脂)を混合したものである。

本記事では、多くの基底材に塗付して下地調整するために広く使われている現在の材料を「アクリルディスパージョン下地材」(以下略してアクリル下地材)と呼ぶことにします。最初は混乱するでしょうが、それはメーカーも同じで、ゴールデン社でも商品を「ジェッソ」あるいは「アクリル・ジェッソ」と呼んでいます。

確認:ジェッソはニカワ、ゼラチン、カゼインなどを使ったもの、アクリル下地材は、アクリル樹脂を使ったもの。

また(英語では)「キャンバスにジェッソする(to gesso、地塗り)」とよくいいます。この表現は、アクリル下地材を「ジェッソする(gessoing)」ことについて議論する場合に混乱を起こすでしょう。「ジェッソする」とは、炭酸カルシウムとニカワによる材料の意味が強いのです。新しい用語として、「下塗り(priming)」というアイデアと言葉の使い方を考え、アクリル下地材を使って基底材を準備する場合の作業を表すことにしましょう。下塗りとは、基底材に新たな塗装を施す作業です。下塗りがより適した表現ですから、今まで「ジェッソする、地塗りする」といっていたことを、これからはこの用語を使うことにします。

しかし理解しておかなければならないことは、市場においては用語やコミュニケーションをすぐに変更することはできません。ゴールデン社も、市場における情報の混乱や衝突をすぐに回避することはできません。ラベルや資料において、アクリル下地材がジェッソの意味となるまでには、長い期間がかかるでしょう。私たちは本記事においてこの変更を行う機会を得ましたので、より明確で技術的に正確な用語を作り出すことになるでしょう。

下地の目的
キャンバスや麻、紙、木、その他のほとんどの基底材は、描画の前に新たな下地の準備を必要とします。下地の準備は、作品の美的要求や使われる描画材料、使われる基底材の特性によって異なります。一般に、溶剤あるいは油絵具を使う際の技術的要求事項に比べると、水性の絵具を使う場合に下地を保護する必要性はずっと単純です。サイズ(ニカワなどの地塗り)や下塗り、絵具などからしみ出す水分がある種の下地に影響を与えることがあり、それは紙をたわませたり、繊維を収縮させたりします。しかし、油絵具からキャンバスを保護する必要性に比べると、絵画寿命への影響は異なります。

作品の美的価値が許す範囲内での正しいサイズと下地調整は、多くの基底材つまり美術作品のためになります。
サイズや下塗りの層を施すのは、基底材を保護し安定にし均一にして絵具や他の画材を受け入れるためです。本記事ではサイズの全ての性質については述べませんが、大切なことはサイズは普通は基底材に直接塗られるものだということです。「サイズは支持体の表面に浸透しながらも独立した層を作らない。一方で下地材は明確な層であり絵具が固着できるようにザラつきがあり基底材の吸収性をより均一にする(ペインターズ・ハンドブック/Mark David Gottesegen著)」

絵画とは、一般に多種類の画材や材料から成るものです。この考え方を「マルチメディア・アート」や「ミクストメディア・アート」と混同しないでください。そうではなく、ほとんどの絵画は様々な材料から出来ていると考えるべきなのです。綿や麻などの生地を張った伝統的な絵画形式を考えてみても、木枠は別に考えたとして、次のような関係を考えなければなりません:生地とサイズは密接な関係があり、最も基礎となる下地を形成しています。サイズと下塗りは次の層として続き、物理的にも化学的にも適合していなければなりません。次に着色する絵具の層があり、これが最も明瞭な絵画の部分であり、また絵画の構造を支える役割もします。そして最後に、遮断コートやワニスのような保護層が施された場合には、それも絵画の不可欠な要素と考える必要があります。このような複雑な組み合わせを考えると、それぞれの材料の関係、どのように塗られたか、時間の経過に伴う動き、それぞれの性質の経時変化などを理解することが、絵画の寿命と安定性を確実にすることになります。

アクリルディスパージョン下地材の性質
恐らく、元々は「アクリルジェッソ」を作る目的は伝統的なジェッソと同じようなものを提供することだったのでしょう。油彩画家やアクリル画家のためにジェッソの性質を模倣するニーズという当初の絞られた目的が、アクリルの持つ計り知れない多様性によって自然に広がっていったのは、しごく当然に思われます。下塗り(プライマー)やジェッソについての新しい考え方では、油彩画を前提としたジェッソをアクリルに当てはめる必要はありません。アクリルによって与えられる性質は、伝統的なジェッソが持つ様々な欠点である、脆い性質、硬い基底材への使用制限、ジェッソを作る際の混合や調整の不便さを解決し、必要最小限のテクニックで塗れるようにすることから始まりました。

アクリルは数ある材料の一つとしては様々な性能を提供します。これほど多様な可能性を持つ画材は他にないでしょう。多様であるが故に、メーカー技術者は非常に特殊な品質性能を持つユニークな画材をたくさん作り出すことが出来ます。アクリルは非常にソフトで柔軟なものから、折り曲げた時に簡単に割れるような非常に硬くて脆いものまでの拡がりを持っています。多くの顔料や添加剤とうまく配合できるアクリルもある一方で、限界のあるものもあります。ここでは、下地に関連したアクリルの性質に議論を限定します。ただしアクリル下地材の他の使い方や下地としても使える多くのアクリル製品があることを考えれば、限定した議論は完全なではありません。

顔料体積濃度(PVC)
アクリルが顔料や体質顔料といった固形分をどれだけ包含しているかを、技術用語で顔料体積濃度(PVC)といいます。アクリルは一種類の材料としては幅広いPVCを提供します。ある種のアクリルは他のものより高いPVC許容性があります。アクリルにどのような固形分をどれだけ混ぜるかということは、ザラつきや光沢、不透明性、発色、柔軟性などの性質に直接影響します。ユーザーはPVCを特性の一つとは考えないでしょうが、これは油やアルキドなどの他の樹脂との関係を理解する上では、重要な概念です。他の樹脂では固形分の包含の仕方が異なるため、アクリルと比べるとその特性や性能が異なります。

ザラつき(食いつき)

物理的な接着は、主として「ザラつき(食いつき)」と一般にいわれる「鍵と鍵穴(lock and key)」機構によります。ザラつきの多い表面はその上に塗った絵具がその面に物理的に整合するのに適した微細なテクスチャーを持っています。塗った絵具が、ザラついた下地と整合して親和性のある界面を形成すると、メカニカルな接着性がよくなります。反対にガラスのように非常に滑らかで光沢のある表面はザラつきがなく、サンドブラストやエッチングをしない限り最低限の物理的接着しか与えません。下地のザラつきは、作者の最終結果を阻害しないように均一で一定している必要があります。

写真:碁盤目接着性試験
右:滑らかな下地では、油絵具は簡単に剥離する。
左:ザラつき面は油絵具の接着が良い。

柔軟性
柔軟な基底材を使う場合、ひび割れや絵具の剥離などの欠陥を避けるには、描画材料や下地材にも柔軟性が必要とされるでしょう。アクリルディスパージョン下地は、一般に基底材の柔軟性を維持するとともにひび割れを起こさないように比較的柔軟なアクリル樹脂で配合されています。下地の柔軟性は、綿キャンバス生地上のアクリル絵具やメディウムの物理的な変化によく追随し、よく適しています。下地の柔軟性は、描画の終わった基底材を張ったり張りなおしたりする上で重要です。油絵具と併用する場合、特に油絵具は時間が経つにつれて硬く脆くなっていくので、アクリル下地の柔軟性について懸念があることを述べておかなければなりません。アクリル下地は、亜麻仁油の下塗りや絵具に比べるとずっと長期間柔軟性を保ちます。サイズを塗ったりアクリル下地材を重ね塗りしたりしてキャンバスを硬くしない限り、この材料では油彩画が必要とする硬さを基底材に与えることが出来ないでしょう。

白さ
画家にとっても作品にとっても美的見地から下地の色は大切です。一定に着色された下地は、描画中の色知覚と混色に対する影響を最小限にするという点で重要です。色(一般に白)はアーティストにとって視覚的な参照点になります。さもないと、混乱したり正確な色使いができません。また均一に着色された表面は最終的な作品の仕上がりに対して一貫性を与えることも同じく大切です。アクリル下地材は容易にアクリル絵具が混ぜられるので、アーティストにとって可能性が広がります。白色下地のもう一つの見えにくい特色は、一般に基底材よりも色の安定性がよいということです。多くの基底材、特に植物繊維(綿や麻)や木あるいは紙のようにセルロースを含むものは、時間とともに黄変や変色する傾向があります。下地材はこうした変色による作品の美観への影響を防ぎます。

吸収性

アクリル下地材は他の下地材と同じく、絵具がある程度浸透するように、またウォッシュから制作を始めることもできるように、十分な吸収性を持っています。吸収性と接着性は相互関係があります。それは樹脂の多いアクリル絵具が基底材や下地材に物理的に浸透することで絵具の固着性がよくなるからです。さらに重要なことは、油絵具を使う場合、十分な亜麻仁油を吸収しながらも、絵具層の油分が不足しないことです。ウォッシュの場合は、標準的な下地はかなりの量のウォッシュとその重ね塗りが可能です。しかしながら、下地材が持つ吸収性は配合により調整できます。ゴールデンのアブソーベントプライマーのような下地材はウォッシュの浸透性が非常に大きくなっています。

写真:下地層への亜麻仁油の浸透は、アクリルジェッソなどの下地への接着をよくする。

支持体由来の変色(SID)

SIDと省略される現象は、基底材に含まれる水溶性成分が下地材や絵具を塗ることで滲みだして移動し、乾燥する際に下地材や絵具層に定着してしまうことです。アクリル絵具の乾燥は、主として水分と他の揮発成分の蒸発によります。蒸発の際に起こる毛管現象により、基底材から絵具層へ水溶成分が移動し、一般には黄色から褐色の変色が起こります。SIDは、白や明るい色、あるいは透明なゲルやメディウムで目立ちます。

下地材はSIDを防ぐこともありますが、出来ない場合もあります。多くの下地材は防げません。GAC100などによるサイジングはSIDの影響を小さくします。ゴールデンのテクニカルサポートでは、GAC100によるサイズの後、ホワイトジェッソを少なくとも3回塗ることを提案しています。グレードのわからない綿布や麻、ハードボード、ある種の木材など、水溶成分が多く含まれると思われる基底材の場合は、さらに塗り重ねることをお勧めします。また綿や麻を予め洗っておくと、SIDによる黄変を大幅に減らすことが出来ます。

写真:SID=下地由来の変色。変色原因の水溶性不純物は支持体から下地材を通って浸み出し、写真の半分に見られるようにアクリル塗膜に閉じ込められる。残りの半分には、浸み出しを抑える下地材とサイズの組み合わせを塗ってある。


油のブロック

アクリル下地材における油の吸収性に関連しますが、油が完全に基底材まで浸透してはいけません。特にキャンバスに描画する場合は大切なことで、亜麻仁油は酸化することで酸性度が上がるために綿布のキャンバスが「焼けて」しまうからです。多くの下地材は油を完全にブロックすることは出来ないので、綿キャンバスの保護にはサイズが必要です。SIDに対する推奨事項は油浸透の保護にも当てはまります。

写真:不十分な下地処理のために、裏側に油が通って滲んでいる。

他の下地材:「ジェッソ」を超えて
アクリル絵具は融通性と多様性に富むため、普通は下地と考えられないような製品を下地として利用できる大きな可能性があります。一般に専門家用アクリル絵具は柔軟で互いによく接着するので、他の画材で見られるような禁則事項が事実上なくなります。種々のゲルやモデリングペースト、メディウム、そして各種アクリル絵具は、多くの場合下地材として利用できます。

さらに特別に配合された注目すべきアクリル下地材があります。それぞれの製品は、ある種の作品や新しい作風の実験において価値のある特色を提供します。

アブソーベントプライマー
元来は水彩紙の吸収性を再現する目的ですが、アブソーベントプライマーは多くのユニークな用途に使われています。特殊な成分により高い吸収性があり、アクリル絵具や水彩絵具あるいは他の薄めたウォッシュに対し水彩のような効果が得られます。この製品が適切に接着するためには、下地処理した基底材が必要です。

パステル用アクリル下地材
様々な基底材をパステルペーパーのような表面に転換するために作られたこの下地材は、とてもユニークな製品です。特殊機能性成分で最適な粒子サイズや形状に配合され、パステルや色鉛筆、絵具その他のドローイング材料に適した下地を作り出します。

半透明下地材
本製品はまだ「実験的」なもので、ゴールデンのカスタムラボでのみ作られる特注品です。ドローイングや描画下地に適していると考えられます。ゴールデン社では、特殊機能性成分配合を最適化することで透明性の高い、実質的に透明で食いつきがよく、描画材やドローイング材料に適した下地としました。鉛筆や木炭、パステル、絵具などの明瞭な線描や混合技法が可能になります。

品質規格の開発
絵画の総合的な安定性と成功に対してサイズや下地材が重要であるとすれば、それら材料の特定関係や品質を定義する規格がすでにあると考えるのは当然でしょう。ASTM D01.57「専門家用絵具および関連製品」小委員会は過去30年にわたっていくつかの規格を開発し、その多くは私たちの産業界に普及しています。画材ASTM小委員会は、様々な分野のメーカー、消費者、教育者、学生および科学者や他のエキスパートなどの一般関係者から構成されています。参加者のダイナミックな構成は共同作業を促進し、全ての参加者に役立つ価値ある規格の開発を確かなものにします。ASTM耐光性規格や慢性毒性規格D4236の表示を見ることなく絵具のチューブを買うことはなくなっていることでしょう。これらの規格は、少なくともこれら画材についての共通用語と最低限の品質をアーティストに保証するために開発されました。そこには特定の製品や類似製品についての望ましい品質が達成されていることを確認するための試験方法が記載されています。ASTM(アメリカ材料・試験協会インターナショナル)はゴールデン社も酸化している規格開発・制定団体です。

現在、ジェッソや下地材についての品質規格がないということを理解しておく必要があります。建築用下地材の規格は美術用の下地を開発する際に参考になりますが、画材メーカーにとっての特定のガイドラインや規格はありません。このような基礎となる製品についての品質規格がないという事実は、そうした材料に頼るアーティストに対し不親切です。ASTM D01.57「専門家用絵具および関連製品」小委員会を通じて、ゴールデン社はアクリル下地材料に特に関与しており、最初の品質規格を制定すべく主導的立場を果たしています。ゴールデン社は小委員会の同僚や競合他社との多大な協力を得てこの作業を進めていることをお知らせしなければなりません。

アクリル下地材の品質規格の焦点は、下地材の最も重要な性能に対応することを見極め確証することです。前述の性能は品質試験法のテストと開発において考えられたものです。規格開発は時間のかかるプロセスです。試験と作業は注意深く行われ、十分な精度を確認するために繰り返されます。規格文書の最終承認には小委員会での投票が必要です。従って評価のために試験の科学的アプローチと試験内容の公表が不可欠です。実験の設計は小委員会で事前承認され、時間をかけてプロセスが進展します。
顔料固形分粒子が不均一なために、表面が不均一になっている。 品質の良いアクリルジェッソでは、均一な表面とザラつきがある。

現在、一般に入手できる「ジェッソ」のかなり包括的な品質調査が行われています。この調査は、ザラつき、光沢、粘度などのいくつかの性能にばらつきが大きいことを明らかにしました。品質規格によって市場にある製品を全て同等にする必要はありませんが、著しい差というものは非常に大切な性能と品質の指標であるかもしれないし、そうでないかもしれません。下地材が固めのクリーム程度の柔らかさであったりペーストのように固かったりするのは、それなりの理由やニーズがあるのでしょう。しかしながら、絵具のメカニカルな接着は下地材のザラつきに依存しますから、ザラつきの程度を確定し規格化することは必要と思われます。

共通用語が承認され理解されれば、作品寿命や品質の改善のために現在の製品や用法を前進させられるだけでなく、確固とした規格を通じてその改善を確実にするための探求を続けることが出来ます。新規の下地材やより多くの下地処理済みキャンバスが市場に現れている現状から、これらの規格に対する美術界からの支持や要求はかつてなく重要になっています。規格開発はゆっくり注意深く行われるものですが、アーティストや私たちの共有遺産に奉仕するためには時間や資源をかける価値があります。あなたの絵画の成功は、「下地」の上に横たわっているのです。

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