Golden History

数多くの専門家がロンドンのテイト・モダンで開かれたシンポジウム「近代絵具を紐解く(the Modern Paints Uncovered Symposium)」に出席し、近代材料に関する研究を聴講した。

Photo courtesy of Andrew Dunkley,Tate Photograph

Modern Paints Uncovered Symposium

at Tate Modern in London

シンポジウム 近代絵具を紐解く
ロンドン、テイト・モダンにて

By Mark Goldenマーク・ゴールデン

ロンドンのテイト・モダンで最近開催されたシンポジウム「近代絵具を紐解く(Modern Paints UncoveredMPU)」は、ゲッティー保存修復協会、ワシントン・ナショナルギャラリー、テイトが、修復科学者や修復家が近代画材について行っている現在の様々な研究をまとめ、これらの絵具に関する重要事項や適切な保存手順の開発に内在する問題を提起したものです。

こうした近代画材の保存に関連した事項の大半は未だに不明瞭であり、さらなる検証が必要とされています。MPUシンポジウムの意図するものは、研究がどこにありどの方向に向かっているのかを調査すること、修復家に新しい情報を提供すること、そして最終的には作品の寿命を懸念するアーティストに正確な情報を提供することです。多くのテーマが扱われましたが、シンポジウムでは主として、分析方法の改善、近代絵具の物理特性と表面特性の理解、アクリルエマルション絵具の洗浄処理による効果の評価という3つの課題に絞っています。

シンポジウムのフォローアップとして、また近代絵具(特にアクリル絵具)についてさらに理解を深めるために、ゴールデン社はこの課題にまさに取り組んでいる4人の方々を電話会議にお招きし、彼らの研究と探査がこの分野に何を意味するかを話し合っていただきました。

参加者は、まずロンドンにあるテイトの主席修復科学者であり「近代絵具を紐解く」のホストであるトム・ラーナー博士(Dr. Tom Learner)です。博士はまたロンドンのテイト、ロサンジェルスのゲッティー、ワシントンDCのナショナルギャラリーによる研究共同体の主任研究者です。オンタリオのキングストンから参加してくださったのはアリソン・マレー博士(Dr. Alison Murray)です。「美術に対するカナダのナンバーワン化学者」といわれているマレー博士はクイーンズ大学における絵画保存修復プログラムの主任修復科学者であり教授でもあります。そしてアクリル絵画と下地の保存における最適クリーニング処理に関する研究プログラムを指揮しています。そこではメカニカルな試験データ、化学分析、表面解析を含む情報を集積しています。ニューヨーク州バッファローからは、本パネル3人目の修復科学者グレゴリー・スミス博士(Dr. Gregory Smith)です。博士はバッファロー州立大学の保存修復科学Andrew W. Mellon教授であり、その前にはナショナルギャラリーにおけるアクリル分散系研究の主任調査員でした。最後に、ゴールデンの技術部長ジム・ヘイズ(Jim Hayes)も議論に参加します。彼はゴールデンにおいて20年にわたりすべての研究開発機能を管理してきました。またカスタム・ラボを率いてアーティストや修復分野のために特注の製品開発もしています。この会議の主要な部分が以下に要約されています。会議の全文を読みたい方は、当社のウェブサイトwww.goldenpaints.comをご覧ください。

Mark Golden(MG):、アクリル絵画をいかに扱うかという議論により、私たちのファインアート社会を真に橋架けする協力ができることをうれしく思います。

この達成を手助けしていただくために、ロンドンのテイト・モダンにおける上級修復科学者であるトム・ラーナー博士、クイーンズ大学保存修復プログラム助教授のアリソン・マレー博士、バッファロー州立大学の保存修復科学Andrew W. Mellon教授であるグレッグ・スミス博士、そして最後に私の同僚でありゴールデン社の技術部長であるジム・ヘイズに参加していだたいています。おはようございます、あるいはこんにちは、みなさん。

MG:アリソン、よろしいでしょうか。修復家と修復科学者の違いを説明願います。

Dr. Alison Murray (AM): 修復家は実際の処置や予防的保存を行います。彼らは絵画や対象物に関する歴史や背景を理解しなければなりません。修復科学者は、例えば化学や工学の科学の知識背景を持っています。彼らは修復家の作業に関連した実践的な研究や分析に興味を持っています。修復科学者は対象物が贋作であるかどうかをみるために材料を識別することもあるでしょう。ですから、修復科学者は実際の処置はしませんが、修復家の行うことを理解しいつでも彼らに必要な科学情報を提供しようとします。

MG:ジム、君はこれまで修復界との仕事をかなりしてきていますね。自分の仕事をする上で彼らと共同できる利点を話してもらえますか。

Jim Hayes (JH): 主な利点は修復界が私たち自身の延長線上にあるということを実感することです。彼らは現実の世界で使われた私たちの製品や、最終の作品の性質に対し製品が与える影響を見ることになります、良きにつけ悪しきにつけ。この関係は有益な情報を生み出し、責任あるメーカーとしてはそれを利用してこれらの弱点を克服すべく絵具の品質改良に努めます。また修復界との共同においては、近代材料分野で選ばれた非常に有能な科学者に出会えるだけでなく、彼らの設備や機材も利用できることは素晴らしいことだと思います。それは、こうした材料をさらに深いレベルで分析し理解する上で重要なことです。

MG:トム、私の理解が正しければ、あなたはテイトでのご自分のグループを含む、ナショナルギャラリーとゲッティー保存修復協会による共同研究体の指導を依頼されていますね。できれば、それらのグループが共にこうした近代材料を取り巻く重要な疑問に答えるようになったプロセスをお話いただけますか。

Dr. Tom Learner (TL): いいですよ。この10年の初期段階でかなり大切な会合がいくつかありました。2000年にパリ、2001年にニューヨークです。どちらの会合もみなが集まるための資金を必要とし、その多くはアンドリューW.メロン基金が援助しました。この基金はこの分野や他の分野での研究資金や研究支援に多大な貢献をしています。しかし同時にCGI、つまりゲッティー保存修復協会もニューヨークの会合を共催しました。

ですから両会合では、近代プラスチックからインスタレーションアート、あるいはインクジェットプリンターの染料から近代絵具に至る、あらゆる種類の異なる材料に関する修復関連事項と研究の必要性について議論がありました。私が見たところ、我々は職業柄、近代材料全般に関する修復問題の多くを見極める能力が大いにあるようだが、そこから進んでこうした問題を扱う研究を組織だって行う能力には欠けるようでした。我々は問題の大きさに圧倒されて、そのすべてに取り組もうという意識に支配されていたので、解決資源に優先順位をつける必要があると感じたのですが、それは不可能な仕事でした。つまり、あるアーティストの作品あるいはあるタイプの材料が、別のアーティストあるいはタイプの材料よりもニーズが高いなどということはどうやって決められるのでしょう。それはとても主観的な問題です。

だから、私が感じたのは、何らかの解決策を見出すためのグループの必要性であり、我々が取り掛かろうとするものが必ずしも大いに研究を必要とするタイプの材料をベースにしたものではないことを判断することです。大いに研究を必要とするというはつまり我々の目の前で剥落してしまうようなものという意味です。そうではなく、とても素早く達成できるようなものをベースとしたいと思いますし、また私や会合に出席した人たちの持つ背景を考えると、近代絵具の研究には大きな可能性があると感じたのです。絵具に注目するそれ以外の理由は、画面というものは、大半のコレクションにおいて明らかにそして大いに重要であるということです。

ナショナルギャラリーやGCIにこの考えを提案したのはこの私です。そしてどちらもイエスといってくれました。これは飛び切りの冒険だし、シンポジウム(それについては後ほど話すことになるでしょう)は、全くの話、3年の間に研究が到達した蓄積という意味での道標でした。近代絵具の調査というのは単なる共同というものではありません、もちろん。アリソンのクイーンズでのグループやヨーロッパや北米の他のグループは同じように作業をしてきましたので、専門分野のシンポジウムを開いて研究がどこまで進んでいるのかを皆が見られるようにし、考察がどちらへ向かおうとしているかを確認し、さらにもっと対話を進められればと・・・。

MG: アリソン、確かあなたのところでは少なくとも90年代半ばからクイーンズで近代材料の研究をしていますね。あなたや生徒たちが進めてきた研究分野について話してもらえますか?

AM: クイーンズでは修復および修復科学の生徒たちと作業をしてきました。生徒の知識や興味に合わせて異なった研究プロジェクトを作るようにしています。科学的な見地としては、私たちのアプローチは問題を違った角度から見つめてきました。メカニカルな試験を行って、材料の剛性や強度の理解を深めたり、あらゆる化学変化を調べたり、材料の表面を観察して粗さ、光沢、色の変化がないかを判断したりしました。色々と異なる手段で問題へのアプローチを試みています。これまでのところ、異なったアクリル絵具や下地を調べ、材料そのものの理解に努め、またこれら材料の性質が、年月あるいは温度や相対湿度の変化に対しどのように変化するかを理解しようとしています。絵具や下地が水にさらされたときに何が起こるかが知りたいので、綿棒で拭いたり浸漬試験をしました。

様々な材料が受ける、異なった変化を定量しようとしました。そして異なる変数を捉えたかあるいは理解できたのです。例えば、様々なメーカーのアクリル絵具は明らかに成分が違いますし、それは固有のものでまた時と共に変更されます。顔料が違えば絵具の性質も変わります。私たちは、このように非常に多くのパラメーターがあることを念頭に置いて、この傾向についてコメントしたいと思います。

この傾向を見ていると、ある結論に到達できますが、なすべきことがもっとあります。もし変更を知ったら、それがどの程度重要なものなのかを問わなければなりません。テストサンプルを用いるだけでなく実際の作品の処置も見ていますし、また生徒と作業するだけでなく実際の修復家とも作業を進めています。これはプロジェクトの二番目の部分で、こうした様々な科学的テクニックを材料に適用していますが、修復家に有益になるように私たちの成果をどう統合できるか、考えなければなりません。

MG: グレッグ、あなたの仕事はアクリルメディウム研究のベースラインを作る上で特に重要だと思います。機器開発や材料の新しい分析法までも関係してくるでしょう。その特別なゴールが何故重要だったのか、そしてアクリルメディウムを理解する上でのその価値を、アーティストにとってということでしょうが、説明していただけますか。

Dr. Greg Smith (GS): いいですよ。ある面ではアリソンが説明したことに対するフラストレーションから発したものです。チューブから絞り出した絵具を見るとき、メーカーごとの材料に関する違いや未知数の何と多いこと、顔料や他のすべての成分です。自分の成すことが何なのかを理解することが難しくなっています。ですから、一歩さがってより簡単で単純なもの、多くの未知数を取り除いたものから始め、基本的なバインダー材料から始めたのです、つまりアクリルエマルションです。

ですから多くの作業はローム&ハースのアクリル分散体とヨーロッパのアクリルエマルションメーカーのいくつかに関するものです。エマルションが単体でどんな挙動をするかを理解し、できれば市場にある専門家用絵具全てに適用できるようにデータを一般化したいと思いました。そしてもちろん、配合が複雑になればなるほど、絵具の挙動は何らかの変化をすることも理解しようとしました。その点で、ジムが私のために特別に作ってくれた配合は計り知れないほど貴重なものです。成分の分かっている絵具を作ることで、市販絵具を使うときのあまたの不確実性を回避できるのです。

こうした研究をするために、まず何らかの分析手順を開発してアクリルエマルションの成分を決定できるようにしようと考えました。次いで、それが基盤整備となって、市販絵具や他の近代材料に適用できるようになります。

現在、データ蓄積やこれらのエマルションの挙動がどんなものかの理解を始めたところです。これからの課題は観察してきた挙動をさらに意味づけすることです。例としてシンポジウムでは、界面活性剤(以下、活性剤)とその表面への移動、およびそれが視覚的透明感(光学的清澄性)や接着性、塵埃付着にいかに影響するかについて多くを語りました。私の仕事の多くは、これら(活性剤)を取り除いた時に何が起こるか、絵具層がどのように影響されるかということです。活性剤は塗膜に対し可塑効果を持っているので、それを除去した場合、塗膜はより硬くなるということが分かっています。

ここで大きな疑問は、つまり観察した変化について、それがどのくらい意味があるかということです。表面を洗うことはアクリル絵画にとってよいことなのか?明らかなのは、視覚的透明感が問題ならば、それを改善する手段は表面を洗うことだけです。しかしながら、表面から活性剤を除去した場合、それは表面硬度に影響するのか、表面の塵埃付着性はどうなのか?アクリルが持っていると一般にいわれている静電気に影響するのか?現在、エマルション塗膜のこうした現実的な性質を測定しようと技術手段を開発しているところです。

MG: この質問はもう少し後でしようと思っていたんですが、活性剤の理解についてかなりの研究がなされたということなので、今訊いてみたいと思います。多分これはフェアな質問ではないと思いますが、保存に関する倫理についてです。修復界で起きている議論は、画面からの成分除去という問題に決着をつけるだろう、ということについてどう思われますか。

TL: 喜んで私から始めましょう、みなさんがこの問題には一家言がおありと思いますが。この議論には、修復科学者だけでなく、修復家、学芸員、アーティストを含めなければなりません。しかし非常に多くの研究がこの課題の科学的調査に向かおうとしている今、修復家がこの議論をしていることはよいことです。さて、もし修復科学者が次のようなことを示したとしましょう、例えば、活性剤がそうした絵画塗膜の表面に実際に現れたとして、それはクリーニングによって除去できること、そしてもし除去した場合に結果としての塗膜が十分な柔軟性を保っているという点でそれほど問題ではないとする、だから除去によって起こり得る変化は他の原因で起こり得る変化に比べればずっと小さいということを示したとします。もしこのようなことが実証されたなら、除去すべきかどうかは倫理的な問題となります。

個人的には、これはただアクリル塗膜の成分の一つについて心配するというよりもっと広く考えるべきだと思っています。特に修復家はそれ以外の場合に、元の成分を除去することがあるからです。明白な比較例として油絵具があります。1920年代から1940年代初期のワニスをかけていない油彩画にはかなり共通した問題があるのですが、それは結晶の発生です。油絵具から生じるエフロレッセンス(花咲き現象)であり、大抵は色が決まっていて、その絵具画面上に生成して作品の美観を急激にそして大いに損なうことになります。現状では、そのメカニズムや原因はまだ十分には分かっていませんが、湿気の勾配(差)に関係するという理論も確かにあります。あるいは顔料の濡れを改善するために油絵具に加えられた添加剤に関係するのかもしれません。しかし原因がなんであろうと、結晶が脂肪酸であることは分かっています。これは分析で確認できます。そしてそれは元の油絵具の一部であったものが、画面内の油のネットワークから分離し塗膜表面に移行してきたもので、それが視覚的な問題を引き起こしているのです。先ほどいいましたように、大抵は非常に大きな視覚的問題となります。そして、中には疑問を持つ修復家もいますが、単純に表面から結晶を刷毛で落とすことはごく当たり前に行われています。大体は刷毛で簡単に落ちますから、画面にダメージを与えることはありません。時には全部落とすことができないこともありますが、大半は落とせますし、最後の除去に微量の水を使うことを考えるかもしれません。あるいは若干の熱を与えて結晶を溶解させ画面内に戻すことを考えるかもしれません。しかし何をするにしろ、塗膜から元の成分を取り除くことには違いありません。そしてこれはかまわないようです、倫理面の話ですが、修復家にとってということです。もし誰かがこのような処理を学会で取り上げたとしても、立ち上がって元の材料を取り除く無責任さを非難する人などいないでしょう。

ですから、同じような規範がアクリル絵具にも適用されるべきだと思います。だからもし活性剤が絵具の一部であったものの、現実的な目的は最早なくなってしまい、視覚的問題を起こしているとか、あるいは、例えば、塵埃が付着しやすくなるような問題が起こっているとか。そうするとアクリル画を水で洗浄することは許容できるという主張の有力なケースであると思います、この場合、活性剤はとても効果的に取り除かれることが今では分かっています。

しかしですね、面白いのは、シンポジウムでは、私の記憶が正しければ科学者はそれぞれに様々な意見を持っているのを聞きました。ある人は「ノー、水で洗浄してはいけない。活性剤を取り除いてしまうからね。」というものから、「イエス、水で洗浄してもかまわないね、そしてイエス、活性剤は取り除かれるだろうが、それがどうした。それで絵具が変化することはほとんどないのだから。」という意見まで様々です。だからこう思うのです、この業界は現実的にならなければならない、しかしこの業界の全ての部分を巻き込まなければならない、科学者だけでは駄目だと。

GS: では、私も少々付け加えましょう。材料を取り除くということについて、トムは変化は非常に小さいだろうから、問題にはならないだろうといっていました。これはもう少し突っ込んで考えなければならないことの一つです。このような成分を取り除くことは絵画にとってよいことかもしれない、例えば塵埃の付着量です。これはアクリル絵画にとって水性洗浄はある種の予防処置になるのかもしれない。こうしたことについて考えることは、「元の」成分を取り除くのはよいことかどうかという議論に影響するでしょう。

TL: 確かにそのとおり。そして修復家はそこで非常に重要な役割を担うのです。アクリル絵画は、水性処理で洗浄され、または乾式処理で洗浄されています。だからある場合は活性剤が表面から除去されます、たとえ目で見て分からなくてもですね。そして別の洗浄の場合は恐らくは取り除かれていない。だから既に異なる処理を施された絵画があるわけで、これは実に、私の中の修復家が言うのですが、常に保存修復研究の有益で重要な部分なのです。この点はシンポジウムのまさに最後に提起されたのですが、修復家はどっかり座って待っていたり、OKといわれたことだけをしていたりでは駄目だ、何か科学者が特定の処理が100%安全だとお墨付きを与えようというのでは駄目だということです。そんなことは起こるはずもないし、万が一あったとしても全ての修復家が同じことをあらゆる絵画に施すことになって、後年、処理が成功なのか判断する道がほとんどなくなってしまうことにしかならないのです。

ご存知の通り、科学的な研究は進んでいますが、問題や不確定なことが山積しているのが常です。 例えば、自然な経年変化を人工的な手段で再現するのは非常に難しく不正確なものです。つまり、「自然な経年変化」をどう定義するのか。熱帯環境の中でほとんど湿度管理もなしに壁にかけておくことか、それとも美術館の非常に厳格に管理された環境にかけられている絵画と同じように光/UVフィルターをすることか。当然、違うでしょう。同様に、我々が材料に行っている試験を実際の絵画作品に適用する場合も大きな問題が存在します。グレッグは、彼の無着色アクリルメディウムにおける研究は、絵具配合における顔料の存在下では大きく変わるだろうといいました。しかし着色サンプルを見た場合でも、テストパネルは実際の絵画におけるものとは相当に異なるでしょう、そこでは塗膜は薄められたものだったり、増量されたものだったり、混ぜられていたり・・・様々なことが起こったことでしょう。

ですから、処理の後にその絵画がどうなるのかモニターすること、そして科学的と同時に実証的に学ぶことが非常に大切なのです。これが意味するのは、あるアクリル絵画が他のものと比較しての正確な履歴が分かるような、修復家による適正な記録の重要性の高さです・・・例えば、この絵画は20年という期間中に水性洗浄を2回受けたが、こちらは受けていない、だからそれぞれ既知の洗浄処理履歴に基づいて観察された変化を比較できるだろう、というようなことです。

MG: トム、この素晴らしいシンポジウム「近代絵具を紐解く」のオーガナイザーとして、何を達成しようと考えたのでしょうか?

TL: すべてのことを私がしたわけではありません。ゲッティー保存修復協会、ナショナルギャラリーとの共同として、三つの機関の間でどのように情報を引き出すかを常に相談してきたのですから。

私の主目的は、真に価値のあるプレゼンテーションを広げること、つまり科学的研究から実践的修復までのそれらの二つのグループ間、あるいはそれ以外の絵具メーカー、教育者といったグループ間での対話を可能にするためであり、彼らの心を本当に開かせるためなのです。修復家たちに彼らの実践的な処理をプレゼンしてもらうためには、大きな圧力をかけなければなりませんでした。この話題に関してはいくらでも語ることができますが、修復家が彼らのなしたことについて語ろうとしないということをいかに克服するかが、その時点での私の大きな懸念でした。実際の流れは予防措置に向かってきています、それはもちろん、問題を修復することより予防することの方が素晴らしいことです。しかし、予防措置が適切でなかったり、あるいは手遅れの場合があります・・・そして修復家がそれについての処理を先延ばしにすればするほど、現場を進展させることは困難になります。しかし何人かの講演者に処理に関する発表を納得させることができ、これが私にとってのシンポジウムのハイライトでした。

修復家は彼らの視点から、なされている研究のレベルと内容を少しでもよく知ってもらい、彼ら自身ももっと役割を担えると感じてもらいたいと思います。そして科学者には、修復家たちが何を問題と感じているか、本当の実践的な問題について語ることに耳を傾けて欲しいと思います。

MG: 素晴らしい時間と素晴らしい論文が多かった格別なイベントでした。ジム、君にとって際立ったイベントや研究はありましたか。

JH: そうですね、すべてのプレゼンテーションは明らかに立派で洞察に満ちたものだったといわなければなりませんが、私にとっていくつか際立ったものがありました。絵具メーカーとして素晴らしかったものの一つは、クリスチーナ・ヤング(Christina Young)が層間相互作用について発表し、アルキドの下にアクリルジェッソを使った場合、アルキドのヒビ割れ傾向が実際に減少したことを暗示する研究を見せたものです。よく知られているように、美術界や修復界ではアクリルジェッソがアルキドや油彩の下地として適切かどうかというのは、広く認められているわけではありません。アクリルジェッソのメーカーサイドとしては、アルキドや油彩の下地にアクリルジェッソを使うことは適切であると常に考えていますので、それを支持するクリスチーナの結果を見たのはうれしいことでした。もう一つの興味深い論文は、これもメーカーサイドとしてですが、ステファン・ツンビュール(Stefan Zumbühl)の水と溶剤の影響に関するものです・・・塗膜に対する影響です。水性処理による変化が無視小であることを示した画像は、水が修復家の絵画洗浄における素晴らしい道具になり得ることを支持すると感じました。

もう一つ「なるほど!」と思った瞬間は、修復家の方々が、彼らが何をしているか、どんな技術、実験的なものかどうかに関わらず、何をしているのか、そうしたことをオープンにする雰囲気です。彼らが水を使っていること、そしてそれをオープンフォーラムで議論したいと思っているという事実は新鮮でした。

MG: グレッグ、特に洞察に満ちた論文など何か・・・。

GS: ええ、トムがいったように、修復家がこうした近代作品に何を実際にしているかを語ったことは、非常に興味深いものでした。科学者としては、私が考えていたこと、こうだろうと思っていたが確信がなかったことも多く発表されました。講演でキーポイントになると思ったことをリストにしていますので、それを見てみますと・・・。

水溶性油絵具に関する発表は素晴らしかった。新しい画材として多くを聞きますが、どう使うのか、あるいは製品の化学的なことは知りませんでした。

ポール・ウィットモア(Paul Whitmore)の論文で、アクリルの薄膜中をいかに水が素早く拡散するかという論文は洞察に満ちたものでした、特に私たちのように浸漬処理を研究しているものにとってはですね。彼の報告では、5分という間に塗膜を完全に透過するということですが、これは私たちの浸漬処理の結果と大いに関係しますし、私たちが観察した非常に短い浸漬時間に起こったいくつかの急激な性質変化の説明になります。最後に、ジムとの共同論文を最終的に聞いたこと、つまり彼がやってきた様々なすべての実験について聞いたことは私の目を開かせるものでした。ゴールデンはその栄冠に安住せず、より優れた絵具体系を構築しようとしていることはよく知っていました。この論文には私も参加したのですが、プレゼンテーションで初めて研究結果のいくつかを見て、とても面白いと知ったのです。

MG: ありがとう、グレッグ。アリソン、同じ質問をしますが、特に洞察や意義のある議論や論文はありましたか。

AM: みなさんがおっしゃったことはその通りだと思います。私にとって意味のあることは、時にはランチの非公式な場だったり、討論後の会話だったりします。ブロンウィン・オームズビー(Bronwyn Ormsby)は素晴らしい研究成果を持ってきました・・・修復家に対し何らかの助言を考えるため、大量の作業結果を統合したものです。素晴らしかったのは、水は他の洗浄材料に比較して有望な選択だと聞いたことです。私のグループは水について多くの研究をしてきました・・・それは、まずいくつかの変数に絞り込まなければならなかったことと、そして他のグループが洗浄材料問題に取り組んでいたからです。私たちが行った作業が直接使えそうなのでよかったと思います。ポール・ウィットモアの水拡散に関する論文を、ステファン・ミカルスキー(Stefan Michalski)の油絵具に関する論文を読んだ後に聞いたのも興味深いと思いました。科学的な詳細や、修復家の実践的な作業について聞けたのもとてもよいことでした。まだまだカバーしなければならない分野があると感じますね。

MG: 修復科学者は少なくとも、これらある種の近代材料の処理に何らかの基本的な処理概念をもたらすと思いますか?、あるいは早すぎるでしょうか?。トム、処理について議論していた実際の修復家のことを話していましたね、このことから立ち上がってプレゼンをしようという新しい人が出てくると思いますか。

TL: まぁ、全くの話、そう望みますね。つまり、もしそうなれば素晴らしいことです。そして、お分かりのように、二つの部分があります、シンポジウムで成したかったことですが、第一には修復家が立ち上がって彼らの処理について語れるということを示すこと、これは出来ました。そして二番目は、同業者たちが大声で黙らせるようなことがないこと、これも出来ました。

これは、もし一歩さがって油彩画の洗浄についてどのくらい研究がよく進んでいるかを考えれば、背景を考える上で役に立つと思います。ほとんどの修復家が持っている基本的な理解は、60年代にネイザン・ストロウ(Nathan Stolow)の研究に遡ります、それは主としてスタンド・オイルの塗膜中にある非常に新しい(年月が経っていない)鉛白に注目したもので、そのうちのいくつかは人工的に劣化させていたようです。彼は一つの塗膜について、異なった溶剤による膨潤特性を観察しましたが、それによってティーズ・チャート(Teas Chart:溶解度を示した三角図表と思われる/訳注)を引くことができます。これはどの修復家にもおなじみのもので、異なる溶剤について、その極性などのパラメーターにより材料がどんな影響を受けるかを図示しています。これは天然ワニスを洗浄で落とす場合に、それぞれの溶剤が油彩画面に与える影響を視覚化する手段です。ティーズ・チャートは私たちの頭に埋め込まれています、特に油絵具が最も膨潤する部分についてはね、ですからその部分はいかなることがあっても避けようとします。

しかしそれは基本的には、彼らが油絵具の塗膜をどう洗浄しようかというときに考えることです。実際によく考えてみてください、これは実際の絵具ではないものに成されたいくつかの科学実験でしかなく、劣化も本物ではない、つまり昔のものではないのです。アクリル絵具について、我々は既にそれ以上に、より高度に進んでいます。しかし、実際の絵画を洗浄する際の工夫や理解、観察に対し科学が出来る手助けには、明らかな限界があるもの事実です。

ということで、我々はみな、ここで手元にある絵具の範囲しかできません。我々が注目できるのは、4種類か5種類の絵具でしょう、なぜなら非常に多くの変数を考えなければならないからで、これらの絵具には実に多くの成分が含まれているのです。すべてのブランド、アクリル絵具の全ての色を見るなんて不可能です。だから、会話が必要であり、多くの修復家が実際の場で色々と試す必要があります、もちろん道理にかなった範囲内ですが。私は彼らに無責任になれといっているのではありません。何であろうと修復家が決定をどのように下すかについて、基本的な考えに戻る必要があります。ですから、処理を行う前に小さな試験をたくさんするでしょうし、試行錯誤を通じて評価をするでしょう、そしてそれまで見たことを踏まえて決定を下すでしょう・・・その絵画に起こったすべてのこと、科学的研究から頭の中に入った全ての知識を踏まえて。しかし、修復家は決断を下さねばなりませんし、人が違えば決断も違うでしょう。この特殊なケース、アクリル絵画をいかに洗浄するかについて、研究は修復家たちの主要な恐れを和らげるだけの長きにわたっていると思います・・・洗浄に水を使う場合の最悪のシナリオは、例えばですが、そんなに悪いものではなくて、実際の話、絵画の裏打ちとか不適切なワニスというような過去の修復ミスほどに悪いところからは程遠いと思います。

MG: アリソンとグレッグに同じことを訊きたいのですが。あなたたちはそれぞれの大学で優秀な絵画修復家と作業をしていますね、そして彼らは固定観念を持って質問したに違いないと思うのですが・・・「OK、ではこれはどう処理したらいい、何をしたらいいのか考えを聞かせてくれ」 それにどう応えますか?グレッグ?

GS: OK。私に意見を求めるのは確かです、そこで修復家が困惑するのは、水は安全か、どのくらい使ったらよいか、そして接触時間はどのくらいまでか、という部分だと思います。これは科学分野で未だに議論されている部分であるため、修復家は何らかの確実な言葉を望んでいるにもかかわらず、誰を信じるべきか葛藤するままに放置されていると思います。

それと、修復家の聴衆の中には活性剤が何か、何故それが絵具に含まれるか、それを取り除くというのはどういう意味があるのか、そうしたことがよく分からない人もいるようでした。MPUではそれらをカバーしましたし、この集まりがより多くの人に対し、私たちがアクリルについて明らかにしたことや、何が最善の方策かを解明しようと研究していることについて知らしめたものと願っています。

個人的な意見としては、アクリルについて問題がある場合、それが視覚的透明性の問題であっても画面の汚れがひどいということであっても、何かをしなければなりません。私の感覚では、水が少々触れる程度は必ずしも悪いことではありません。これは確かに視覚的透明性を改善します。それは活性剤が十分に水溶性なので比較的わずかな水の接触と綿棒の回転で取り除かれるからです。活性剤が表面に浮き出ることと、それを除去することはアクリル塗膜を強くしガラス転移点をわずかに上げることが分かっています。観察した一般的な傾向によると、この材料を取り除くことは表面を改質し、アクリルを硬くし、そして塵埃の付着を減らすでしょう。

しかし、確かにもし表面から塵埃を取り除こうとするなら、表面に何かを成すことになります、それが水性処理でも溶剤処理でも、あるいは乾式処理であっても。そしてそれはたとえ活性剤を取り除かなくても表面に影響を与えることになります。少なくとも活性剤を移動させることになるでしょう。たった5年前を考えると、この点についてはほとんど知られておらず、表面がどんな影響を受けるかについて議論すら出来なかったと思います。誰もその情報を知らなかったのです。今では少なくとも前進していますし、理解も進んでいます。次の5年間にはより多くの情報が得られ、多くの合意があるだろうと信じています。しかし私たちが何をいおうとアクリル絵画は処理されますし、修復家から何が成功したかを聞くことは素晴らしいことです。何を意図したかに関わらず、どんなタイプの処理が成功したのか。それが塵を取り除くためにしろ、構造的な問題の処理であったにしろ。

MG: アリソン、あなたのグループは水による処理を随分と研究してきましたね。水を使うことや、それが何を意味するかということについて、修復家と保存修復に関わってきたと思うのですが。

AM: 私が本当に面白いと思ったのは、例えば、ここクイーンズのバーバラ・クレンパン(Barbara Klempan)絵画保存修復教授とのディスカッションなのですが、そこでは私たちの結果について語りました。例えば、研究で分かったのが、ウルトラマリンは、そうですね、チタニウムホワイトより敏感だということがあります。これを彼女に話すことができ、それは彼女が実際の修復作業で見出したことでもあると知ることができたのはよかったです。

私にとっては、これはギブ・アンド・テイクであって、耳を傾け知っていることを提供することです。私たちが見出したことが、修復家が修復作業の中で見出したことでもあるというのを知るのは喜ばしいことです。大学にいて素晴らしいのは、学生がある処理について疑問を持っているなら、研究プロジェクトに調査を盛り込むことがいつでも可能だということで、そうしたことはよくあるのです。

そして学生にとっては、答えの分からない疑問がたくさんあることを知ることが大切です、多くの研究をしてきたにも拘らずということです。教育的な推量をすることはできますが、それも絶対的なものではありません。非常に多くのプロジェクトをしてきました。例えば、ジュヌヴィエーヴ・ソルニエ(Geneviève Saulnier)とマリー−イヴ・ティボー(Marie-Eve Thibeault)による乾式洗浄法の研究や、トレイシー・クライン(Tracey Klein)によるアクリル絵画における問題と修復家によるその処理についての調査があります。ですから、それをちょっとぐるりと見回して、すべての答えがあるわけではないこと、それを期待することもできないことを確認できたのです。

GS: 会議で提示したことが他に一つあります。このような塗膜の洗浄処理の効果について話した場合、これまで明確に述べられたことがないのですが、それは少なくとも私が試験していた特別に配合された絵具において観察されたことの一つですが、顔料が表面から取れる傾向があることで、修復家が大いに懸念することに絡んでいます。これは必ずしもバインダーの問題ではありません。これは活性剤/顔料の相互作用の問題ではないか、表面では存在する活性剤濃度が高くなったために顔料が溶解するという問題ではないか。ここで使った絵具は顔料濃度が非常に高いものです。しかし、それ以外のことはないのか。アクリル絵具の成分の一つが顔料ロスを招きやすくするのか、それは例えば他の配合とか恐らくは他のバインダー系よりも起こりやすいのか。

TL: そうですね、それはまったく考えられていなかったことですね、確かに。しかし洗浄中に顔料粒子が取れるにはいくつかの理由があると思います。今言われたこともそうで、バインダー自体が影響されることよりは可能性が高いでしょう。同じメディウムでも色によって影響されやすさに差があるのをきっと見られたと思いますが、大抵は明らかに色/顔料に依存することです。私自身はテイトでこの5年間に実際にアクリル画の洗浄はしたことがないのですが、以前はそうした方面での保存に関わっていました。よくあるシナリオの一つは、アクリル画面から指紋を取り除く場合です。その場合、綿棒には顔料がつくのは全く見たくはないでしょう、絵具面から指紋だけを取りたいわけですが、大抵は色をこすり取ることなく出来たのです。確かに画面からの色が綿棒についてくることはありますが、基本的にはこれは修復家が異なる洗浄システムを最初に試験する際には留意している主要な事柄の一つです。

そしてもし、そうした試験箇所の一つから色が取れるのを見た場合、修復家はこの洗浄手段を使うのを止め別の方法を見つけようとするのが基本です。顔料の数ミクロンを犠牲にできるというようなことは、たとえその絵の最終的な外観に影響を与えないとしても、考えないと思います。綿棒に色がつくのを見れば警鐘が鳴り出します。元の顔料を取り除くことは修復における大きな禁忌の一つであり、顔料を取り除くということには、活性剤のように目に見えないものを取り除くことよりも明らかにずっと憂慮すべものがあります・・・たとえ一緒に取り除かれるだろう活性剤も、もちろん、元の成分であると知っていたとしても。これはオープンに議論されたことはありませんが、絵の端部にあるジェッソ部分に目に見えて指紋があるために全体のイメージを損なっている場合、多くの修復家は少量のアクリルジェッソは犠牲にするでしょう。もしその犠牲以外に方法が見つからず、その下にたくさんのジェッソがあってそうした上層の粒子を取り除いても違いが分からないならば、そうするでしょう。ですから疑いもなくそうしたことは起こっているのですが、こうしたことについて修復家にオープンに語らせることはしていないと思います、特に公的な場ではね。

そして実際、こう聞きたくなるのです・・・それはシンポジウムでのグレッグとジムの論文の最後に提起されたことは知っているのですが、ゴールデンや他のメーカーがアーティストに対する推奨として、絵が乾燥してから表面を洗えば、後に修復家がやりやすくなるかもしれないということをいうべきかどうか。それは私にとっては、もし彼らがそうしたいのなら全くかまわないことです、ただ恐らくはその際に剥がれやすい顔料に出くわすというリスクは常にありますが。ですから、例えば、もし表面を拭くとわずかながら取れやすいディープレッドの色があったとして、それが白あるいは他の淡い色の上に滲み出すリスクを冒すのかどうか。これが、こうしたアドバイスについて唯一懸念することです。そこで、激怒したアーティストがやってきて「これを洗うようにといわれたが、ディープレッドの色が白の上ににじみ出てしまって取れなくなってしまったじゃないか」といってきたらどうするのか。

MG: ジム、君は激怒したお客に対応しなければならないね。色がこすり取れたこと、表面を保護すること、それから水で洗浄することについてのアーティストへの提案は何かな。

JH: そうですね、残念ながら決して簡単なことではないですね、常に多くのファクターがありますから・・・塗膜の厚さ、テクスチャーのタイプと量、表面の光沢、薄め具合、他にどんなメディウムや添加剤が使われたのか、塗膜はどのくらい硬化していたのか、それから下地とその準備に伴うすべての可変要素などです。一般論としては、アーティストが絵具に全く手を加えておらず、塗膜も十分に硬化していても、常に色がこすり取れる可能性は十分にあります。私の考えでは、グレッグがいったように、これは活性剤が表面に浮き出て、そのために表面の耐水性が低下したことに大いに関係しているかも知れません。それは、顔料に対する活性剤の親和性とあいまって、少量の顔料が取れる可能性を大きくします。

TL: それと顔料濃度が高いこともあるのでは、ジム?

JH: ええ、確かに、顔料濃度を最大限にすれば可能性が高まるだけです。私たちが行ってきた試験すべてにおいては、色落ちは最小限でした。絵具メーカーから見ると、水洗浄の間に典型的な塗膜から除去されるだろう活性剤の量は取るに足りないもので、心配するほどのことはないでしょう。顧客との話ということなら、色がこすり取れるのは極端な場合に思えますし、もっと他の要因がありそうですから、問題解決に取り組んで何が原因だったのか、理解に努めるでしょう。

耐溶剤性が十分でない塗膜の上に除去可能なワニスをかけることについて、懸念があるのは知っています。またこの除去可能なワニスをかける利点が、塵やホコリなどを取り除きやすくすることだとも分かっています。この問題を十分に考えているアーティストに推奨する体系的なアプローチは、まず遮断コート(絶縁層)を画面に施すことで、これは除去できないアクリルであり、アーティストなり修復家なりが行うであろう洗浄処理に使われる溶剤に対してのバリアーの役割をします。この遮断コートはまた犠牲ワニスの除去を可能にする耐薬品性バリアーともなって、溶剤による画面への衝撃を最小限にします。犠牲ワニスには、ゴールデンのポリマーワニス(グロスワニス、マットワニス)や保存ワニス(Archival Varnish)、ミネラルスピリッツアクリルワニス(MSAワニス)があります。

MG: アリソン、何か新しい・・・研究について、会議から得られたものでもご興味のあるものでも、何をお考えかお応えいただけませんか。

AM: 当然ながら、例えばスミソニアンのマリオン・メクレンバーグ博士(Dr. Marion Mecklenburg)のような他の修復科学者たち、彼はメカニカルな試験が専門ですが、それからゴールデンアーティストカラー社などのメーカー、そして修復家たちと一緒に作業を進めたいと思っています。実際の絵画についてもっと研究したいと思います。クイーンズで私たちの修復プログラムがある建物は、アグネス・エサーリントン・アートセンター(the Agnes Etherington Art Centre)に隣接しており、センターにはモダンアートのコレクションがあります。いくつかの絵画については既にコンディションレポートを作っていますが、将来はこれらについて実際に作業を、実際の処理をしている修復家と共に、私たちの研究結果を使ってやってみたいです。また、私たちの学部には保存修復プログラム、スタジオアート(ヴィジュアルアート)、美術史があります。ですから理屈の上では、スタジオの流れと共に仕事をする多くの機会があるはずです、学生も学部も。こうした方面に手を染めたところですが、将来はもっと広げたいですね。

MG: グレッグ、新しい研究、新しい機会ということで、何がバッファロー州立大で行われていますか?

GS: そうですね、私が今、注目していることの一つは、ガラス転移点(Tg)の変化をまとめることで、熱量測定を通じてTgやあらゆる種類の温度特性を測るよい機器を持っています。経時変化や処理のタイプによってTg5から7度の変化するのを観察しました。ですから、そこで疑問となるのは、これは何を意味するのか・・・Tgの変化が例えば7度とは?これは現実的な意味で表面の強度や、表面の硬さにどう影響するのか。それを判定するためにミクロ硬度試験を行い、またそれが塗膜の塵埃付着性という観点から現実的に何を意味するのかをモニターするつもりです。比較的過酷で汚れた環境でのシミュレーションをして、表面における空気中の粒子の蓄積がどうなのかを見る予定です。また実際に表面に塵を引き付けるといわれている、いわゆる静電気がどうなるかも知りたいのです。これは会議で恐らく何度もいわれたことですが、こうしたポリマー絵具は静電的に荷電しているといいます。こうした意見は主として伝聞的な証拠から出たもので、実際に試験した人がいるのか私は知りません。多くの人がコメントしているからといって、伝聞がいくつあってもデータにはなりませんし、これらが静電気を帯びていると実際に示した人も、どのように帯びたかを示した人もいません・・・これは私の将来研究の一面でして、つまり塗膜がどのように挙動するかという観点からこうした変化が意味するものを考えていくことです。これ以外に私が注目することはもっと実践的です。水性処理が成分をどのように取り除くかの例を示したと思いますが、その成分はアクリル塗膜の黄変を促進します。ですから、様々なバインダーの遮断コートをした一連の実物模型を見ながら、その色の変化を、水処理の有無や経時変化、様々な環境条件に関連してモニターする予定です。もし黄変を起こす残存成分が絵画寿命の初期段階で綿棒やスポンジにより取り除けるなら、アーティストたちはそれを知りたいかもしれません。

MG: 本日はお時間をいただき本当にありがとうございました。素晴らしいひと時でした。よろしければ、まとめに入りたいと思いますが、シンポジウムで何を達成したかの要約でも、あるいはまとめるに当たっての他の話題でもよろしいですが・・・トム?

TL: 私は楽観しています。我々は本当に軌道に乗ったと思います。どんな新しい共同研究が素晴らしいかを考えてみると、もちろん、ローム&ハースが心を開いて彼らの情報すべてを公開してくれたらすごいでしょう・・・でもそれはあり得ない、分かっています。しかしそんなものなしに何とかやっていますし、この分野には非常に大きな関心が集まっており、本当に優秀で必要な専門技能を持った人々、必要とされる人が、純粋に実践的なサイドから非常に科学的なサイドまで関心を持っています。だからこれからの3年間に何の前進もないとしたら、その方が驚きでしょう。アリソンとグレッグから聞いたこと、そして私も多少なりとも語ったことは、現在注目されているアクリル絵具についてのいくつかの特別な事柄ですが、しかしまた非常に多くの作業が近代絵具の他の面に関する研究で進められています、それは分析法の改良とか物理特性の理解などです。アクリル絵具や活性剤が全てではありません・・・マーク、君の読者にとってはアクリル絵具は恐らく最も大切なものでしょうけどね。だから、そう、私は楽天的でして、研究は素晴らしい形になっていると思います。シンポジウムは、確かに私個人としては、私が答えたかったことはすべて答えたと思いますし、大きな天災でもない限り、この情勢は何年も進展を促し続けるでしょう。

GS: トム、素晴らしいシンポジウムをまとめあげ、おめでとう。私がいいたいことはこの大きなプロジェクト全体に、年に一度か二度、私たちがどのように共同してきたかです。こうして一緒になることが研究を推し進める上でいかに重要かが分かったのです。毎回集まるごとに、材料の理解や仕事に対する意欲が飛躍的に伸びるように感じました。トムやブロンウィン、マイケル・シリング(Michael Shilling)に会うことで、挑戦意欲のエネルギーを受けました。そしてシンポジウムでも全く同じことを感じ、帰路には新しい実験アイデアや現象調査、話し合いたいと思う人のリストでメモは一杯になりました。講演は素晴らしいもので、考えさせられました。

AM: 全くみなさんのおっしゃる通りです。シンポジウムで異なった研究グループと話し、参加者みんなと会えたことは素晴らしいことでした。私の生徒たちはこのシンポジウムから何が出てくるか、私が話すのを非常に楽しみにしているのが分かります。この夏一緒に研究した生徒や修復家になるトレーニングをしている生徒たちは、何が行われ何が可能なのかを学ぶことにとても興奮しています。この分野でたくさんの動きがあるのを感じます。

MG: ジム、何か最後に一言?

JH: シンポジウムは確実に驚くほどエネルギッシュな場であるし、既存、新規に関わらず素晴らしい共同の場でした。こうした方々とアクリル絵具についての研究を続けたいと思います。配合技術者、修復科学者、修復家それぞれの理解と教育のため、そして協力してアクリル絵具の保存修復の最良手段を決定するための研究です。私たちは、洗浄目的のために効果的かつ安全に水を使う方法を決定するため、修復家との協力を続けます。柔らかさとしなやかさのバランスを改善し、グループに機械技師を加えてどのくらいの硬さが硬すぎるのか、どのくらいの柔軟性がアクリル塗膜で必要とされるのかなどを決定したいと思っています。さらに機械技師は、油絵具や他の画材に使われるかもしれないアクリルジェッソの、相対的な柔軟性を決定する手助けができるでしょう。また原材料メーカーをフォーラムに迎え入れる努力も続け、この世界を受け入れ、このようなイベントに出席し、可能なレベルで参加するように彼らに働きかけていきます。

MG: OK、では、みなさんに感謝いたします、ご参加いただいたこと、今回だけでなく長年私たちに協力していただき、共に仕事をし、またそうした場にお招きいただきました。お話は本当に楽しいものでした、仕事も楽しみました、そしてこうした機会をもっと持てることを期待しています。

では、みなさん、どうもありがとうございました。

 

参加者について:

マーク・ゴールデン(Mark Golden)
Golden Artist Color社のCEOであるマーク・ゴールデン氏は20年以上にわたる業界経験に加えて最近、ニューヨーク芸術基金(NYFA)の役員に選出された。NYFAは個人作家のための基金と援助を提供する米国内の団体の中で最も大きなものの一つである。氏はまたニューヨーク芸術基金(NYFA2005年度インスピレーション賞の受賞者の一人に選ばれ、中部ニューヨーク工業会(MACNY)の2005年度栄誉の殿堂賞(Wall of Fame Award)を受賞した。1996年にはニューヨーク州年間中小企業人賞を受賞し、また全従業員を尊重する労働環境の提供という企業責任遂行の精神の模範となる創業活動家として、クリントン大統領に認定された。スミソニアン協会(ワシントンD.C)やゲッティー美術館(ロサンジェルス)、テイト・ギャラリー(ロンドン)、大学美術協会大会などで客員講師を勤めるとともに、全米ならびにヨーロッパ、日本の各地で講演を行っている。さらに、アクリル絵具および絵画の修復に関する技術論文をいくつか共著している。

ジム・ヘイズ(Jim Hayes)
ジム・ヘイズ氏はほぼ20年にわたりGolden Artist Colors社の技術部長を勤め、専門家用アクリル絵具製造における世界的リーダーである。1984年、イサカ大学で化学課程理学士号を受け、その後ペンシルヴァニア州立大学で化学課程理学修士号を取得した。Golden社の経営メンバーである氏は、社内の研究開発を指揮している。氏は優れたキャリアの中で、今では画材業界で欠くことのできないものとなっている数々の新製品の開発や改良に大きく貢献してきた。さらに、個人作家からの個別ニーズに応える特注品を開発するゴールデン・カスタムラボの責任者でもある。また顧客相談に応じる技術部も率いている。

著書もいくつかあり、最新のものは学会誌”Progress in Organic Coatings2005年版に「絵具−耐久性概論とその予備研究(Artist Paints An Overview and Preliminary Studies of Durability)/Jim Hayes, Frank Jones, Wenjing Mao, Paul Ziemer, Fei Xiao, Mark Golden共著」を寄稿している。また2003年には” Reviews in Conservation(修復レビュー)”に「アクリルエマルション絵具の修復考:文献レビュー(The Conservation Concerns for Acrylic Emulsion Paints: A Literature Review)/ Jim Hayes, Elizabeth Jablonski, Tom Learner, Mark Golden共著」を発表している。

トム・ラーナー博士(Dr. Tom Learner)
トム・ラーナー博士はロンドンのテイトにおける主席修復科学者であり、テイトには英国および海外20世紀美術の国立コレクションが保管されている。氏は1988年にオックスフォード大学にて化学課程修士号を受け、また1991年にはロンドン大学附属コートールド美術研究所からイーゼル絵画保存修復の修了書を受けている。その後、ゲッティー・インターンとしてワシントン・ナショナルギャラリーの絵画保存と科学研究部門で1年を過ごした。1992年、20世紀絵画材料の識別と特性分析のための分析法評価と確立のために、テイト・ギャラリーの保存修復部門に加わった。

化学博士号(論文タイトル「アクリル絵画材料の定性とその使用、保存、安定性に関する影響」)を1997年、ロンドン大学バークベック・カレッジで受ける。現在の研究主題は、分析法改善、近代絵具の物性調査、洗浄処理効果の評価、1960年代画家の材料と技法およびその選択理由に関する研究、近代絵具の経年変化特性、およびアーティストに対する最良手段のアドバイスである。次の2冊を含み多くの出版がある:「近代絵具の衝撃/Jo Crook共著、2000年」、「近代絵具の分析/2004年」。氏は、ロンドンのテイト・モダンにて2006年5月1619日に開催された「近代絵具を紐解く」シンポジウムの計画と技術委員会に従事した。

アリソン・マレー博士(Dr. Alison Murray)
アリソン・マレー博士はオンタリオ州キングストンのクイーンズ大学美術保存修復プログラムの准教授である。マックギル大学にて化学課程優等学士を受け、ジョンズホプキンス大学とスミソニアン研究所の合同プログラムにて、修復科学専門の材料科学工学修士号および博士号を受けている。氏はカナダ保存研究所(the Canadian Conservation Institute)の分析研究業務部門フェローシップ、およびサミュエル・クレス基金によるロンドン・ナショナルギャラリー科学部におけるフェローシップを有する。

アリソン・マレー氏は修復科学者で、アクリル絵具および下地に対する洗浄処理最適化の研究プログラムを指揮しており、研究はメカニカル試験データ、化学分析、表面分析を含む情報を統合するものである。他の研究や出版には、画材と技法の検証、顕微鏡・非破壊法・画像処理、およびその他の分析法による芸術作品の劣化調査がある。

これら異なるプロジェクトについて、アリソン・マレー氏は修復、修復科学、美術史、化学、物理工学、機械工学、化学工学といった様々な分野を持つ生徒と研究を行っている。この研究グループはカナダ自然科学工学研究会議(the Natural Sciences and Engineering Research Council of Canada :NSERC)、カナダ・イノベーション基金(Canadian Foundation for Innovation)、オンタリオ研究開発チャレンジ基金(Ontario Research and Development Challenge Fund)、クイーンズ大学、およびゴールデン・アーティスト・カラー社からの研究および機器支援に謝意を表している。

グレッグ・スミス博士(Dr. Greg Smith)
グレッグ・スミス博士は、センター・カレッジで人類学/社会学および化学の学士号を受け、その後デューク大学大学院にて物理/分析化学課程の修士号、博士号を受けている。大学院では、英国国立図書館およびヴィクトリア&アルバート(V&A)美術館における彩色写本の顔料劣化プロセスと色組み研究、ナショナル・シンクロトロン・ライトソース(the National Synchrotron Light Source:国立の放射光設備)におけるシンクロトロン赤外顕微鏡技術、およびナショナル・ギャラリーにおける専門家用アクリルエマルション絵具に関する洗浄研究の訓練を受けている。2004年に、スミス博士は始めてのアンドリューW.メロン保存化学助教授として、バッファロー州立大学の保存修復訓練プログラム部門に加わった。

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