Golden History

コンピュータのないアーティストはバイナリーファイルのない魚のようなものか?
あるいは、なぜコンピュータを毛嫌いするアーティストがいるのか?

   

ベニー・シャボーイ

世の常として、物事には二つの面があります。studioNOTESを創設した編集者兼出版者でもある画家兼彫刻家のベニー・シャボーイは、なぜ一部のアーティストが主要な情報源としてコンピュータを使おうとしないのかを説明します。

パソコンが出始めたころ、絶対にはまらないぞと心に決めました。コンピュータがすばらしいという考えには同感でしたし、実際、私には理科系の素地があり、子どものころ初歩的なバージョンを作ったこともあります。しかし、私には制作すべき作品(主に組合わせ)があり、コンピュータを使うと気が散るかもしれないと考えたのです。ある日、隣人が捨てようとしていた古いシステムを2台持って来て、彫刻に使える部品があるかもしれないと言ってくれましたが、そんな時間的余裕はなく、ちょっと見るだけと思って1台の電源を入れたのは数ヵ月後のことでした。ああ、何たることか。コンピュータが魅力的だという私の推測はやはり正しかったのです。そして、その後23年、他のことにはほとんど手をつけられないまま過ごしました。しかし、学んだことは多く、後悔はしていません。現在、アーティストを対象とした定期刊行物と著作物の編集者兼出版者として、自己創造的な日々の仕事のほとんどの時間コンピュータを使って過ごしています。

仕事で多くのアーティストにインタビューしたり、話をしたりするうちに、私ほど意志薄弱でも不運でもない人々に出くわしました。そうした小数派は純粋な意思、強烈な個性、センスの良さ、テクノロジー恐怖症あるいは単なる資金不足から、この呪われた機械を使わずにすませてきたのです。その中には、何事も手で行なうべきだと考える人がいます。機械だと仕事は速いかもしれないが、精神や思考や人との直接のつながりに欠けると言うのです。そのような人々は高速道路を急いで走るよりも森の中を歩くのでしょう。あるいは、ラルフ・ヘンリー・デービスが警告したようにしばし立ち止まって、眺めさえするでしょう。「人生はつまらない、心配ばかりで、立ち止まってじっと見つめる暇がないとしたら。」と彼は100年前に手で書いたのです。

コンピュータに道徳的または哲学的な異議を唱えるアーティストもいます。以前、コンピュータが悪だとわかったので絶対に使わないというアーティストと話をしたことがあります。彼は、コンピュータの用途が戦争の道具であり(たとえば、熱感知コンピュータ誘導ミサイルは、人間の居所を探し当て、こっぱみじんに吹き飛ばす)、人間のあらゆる動きを追跡する機械であると言いました。「コンピュータには触りたくないし、関わりあいたくないよ」

単にお金がないという理由でコンピュータを持たないアーティストの話を聞くこともあります。しかし、彼らはヤフーなど無料の電子メールアカウントを持ち、公共図書館でコンピュータを使ってもっぱら電子メールを送受信しているかもしれません。彼らはコンピュータを使うこと自体に反対ではないのですが、どちらかというと所持品も所得も持たないライフスタイルを自らに課する哲学があるのかもしれません。

お金も時間もあり、気が散ることを心配しているわけでもないが、単に必要性を感じないというアーティストも知っています。哲学的理由から、ある程度反対しているのだと思われるのではないでしょうか。メルボルン卿が「絶対に必要なものでなかったなら、これほどばかばかしいものはなかった」と言ったのは、コンピュータの使用に関してではありませんでしたが、このタイプの人々も同意見なのでしょう。

このようなアーティストは大抵中年過ぎで、自分のやり方に固執したり、現状で手一杯だったりします。23年前にインタビューしたウィリアム・T・ウィリー(www.crownpoint.com/artists/wiley)は、世界情勢に関する作品を制作しているにもかかわらずコンピュータは必要ないと言っていました。代わりに、彼が風景と呼んでいる進歩的なラジオ局から素材を手に入れるのを好み、ラジオを聴きながら絵を描いています。他にも、新進気鋭のアーティストやベテランのアーティストで、コンピュータを使うメリットは認めるものの、習熟曲線をたどるために時間と手間をかける価値はないと考える人もいます。

最後に、たとえばブーティング、クラッシュ、バーニング、リッピング、クッキー、スパム、マウス、フィッシング、不正な操作、アクセス禁止、重大エラーなどというものと日常的に関わるような未知の世界でやっていく自信がないと(正しいのか間違っているのかわかりませんが)信じているような機械恐怖症(少なくとも自称テクノ音痴)もいます。

考えてみると、彼らは正しいのかもしれません。自尊心のあるアーティストなら、なぜそんなものと関わりたいと思うでしょう?

ベニー・シャボーイが運営するサイト:
(www.studionotes.org/ejournal.html)
Art Opportunities Monthly
 (www.ArtOpportunitiesMonthly.com)
The Art Opportunities Book: Finding and Winning (www.ArtOpportunitiesBook.com).
カリフォルニア州ベニシア在住。メールアドレス:ben@studionotes.org

タイトル訳注

Is an Artist Without a Computer like a Fish Without a Binary File?

1970年代のフェミニスト運動活動家グロリア・スタイネムの言葉;A woman without a man is like a fish without a bicycle.(男のいない女は、自転車のない魚のようなものだ=魚に自転車が不要なように、女には男は不要だ)に引っ掛け、bicyclebinary fileに置き換えたもので、「魚にバイナリーファイルが不要なように、アーティストにはコンピュータは不要なのか?」という意味。